第三話 青黒き炎
床も壁も等しく足場として石造りの廊下を駆け抜ける
通路ではゴブリンを時々見るくらいだ
(さっきから窓が無い、ここは地下か?)
角を曲がり部屋は無視して、ひたすら階段を探して走り続ける。
さっきまで居た部屋でのやり取りを改めて思い返してみるが
意識に無意識のフィルターのようなものがかかって感情が抑制されていたような気もする
自分は冷静に振舞えていただろうか?
状況に流されていただけではなかっただろうか?
聞いておきたかった事はあれで良かったのか?
背中に当たる胸の感触はワッホゥーイ!
「亮平、真面目な顔をしているところ悪いが…何を考えている?」
「何でもありませんです大佐!」
(やっベー、なんで気付くんだよ。ポーカーフェイスは完璧だったはずなのに!)
それを言ったら背負っている人間の顔を、背負われている人間が見るのはまず無理なのだが…
階段を見つけて駆け上がり、途中に居たゴブリンは盾の上から勢いのまま全力で蹴り潰す
なおも走り続けていると、綾乃が小さくつぶやいた。
「見捨ててきて良かったんだろうか?」
それは人に聞くというより自分に問いかけるような言葉
元の世界では、恨みを買ってでも弱者のために戦ってきた彼女の言葉
こっちの世界に来て、目の前であっけないほど簡単に人が死ぬ所を見た
彼女も判ってはいるのだろう、次に休むことができるまでに、どれだけの戦いが有るか判らない今、強敵との戦闘は回避するべきだということは
そうでなければ次に死ぬのは自分達なのだと…
判っていても、それでも今まで過ごした日々が問いかけるのだ、"それでよかったのか?"と
「…あいつらが、異世界にまで助けを求めてきたというならその相手は俺だ。俺が判断して蹴ったんだ、お前が悩むことじゃない」
こんな言葉はなんの慰めにもならない、別の人に対して助けを求めていたのだとしても、本当に危ないと思うなら手を伸ばすのが彼女なのだから
だから、
「それに見ただろ?やつらの一人が消えるのを。あいつらは魔法使いだぜ、姿を消したり瞬間移動したりして、今頃みんな上手いこと逃げてるさ。それとも最初に消えたやつが背後から奇襲をかけて逆に倒してるかもしれないぜ。心配するだけ損だって」
心にも無い希望的観測を言っておどけてみせる
地下には少数しか居なかった魔物も、上の階には倍近く存在し、鈍色の甲冑を着た戦士達が魔物と戦ってる姿が見える
「あいつらだって、必死に生きてる。今は俺らもここを切り抜けることを考えよう」
背中に乗ったまま彼女は、軽く息を吸って、吐いた
「…ありがとう」
耳元で囁かれた言葉は、戦の中でも確かに聞こえた。
(実際は考えてる余裕なんて無いけどな!)
魔術師達を置き去りにした自分達にとって、どちらかが味方なんて事はありえない
少し進むと左手側正面に鈍色の鎧とオリーブの鎧、二種類の鎧を着た戦士達が互いに争いあう光景が見えた。戦いの激しさは今までの比ではない
(こっちが主戦場かよ!)
「オイ!お前達!そこで何をしている!」
声の方を振り向くと、他の兵より立派な鈍色の鎧の男を中心とした一団と目が合ってしまった
(まずい!)
「亮平!右手側5m先に窓がある!」
言葉を聞くやいなや、きびすを返し走り出そうとした俺に声がかかった
「待て」
その声にゾッとした俺は思わず振り向きかけるが、綾乃の声が叱咤する
「走れ!」
首筋をチリチリとした感覚が襲うが、全力で窓へと向かう
背後からはギィンという金属同士がぶつかる様な音が聞こえたが、そのまま窓を突き破って跳び出した。
逃亡した謎の二人組みに静止を促した男――ガルドは楽しげな笑みを浮かべていた。
「ふむ、逃がしたか」
「見たことの無い衣服でしたが何者でしょうか?」
「おそらくは、ベルドルフのやつが呼び出したものだろう。そこそこ使えそうだが戦局を覆すほどではなかったようだな」
「…しかし敵に使われるのはまずいのでは?」
「逃すくらいなら殺しておこうと思ったのだが…逃がしてしまった以上は仕方あるまい、放っておけ。それより我らも撤退戦をはじめるぞ!」
「「「ハッ!了解しました!」」」
(無事この戦を潜り抜けたら、いつか戦ってみたいものだ)
内心大きくなる笑みを隠し、ガルドは指揮官の顔に戻った。
この戦い、明らかに敗戦であるにもかかわらず彼の表情から不敵な笑みが消えることは無かった。
窓から飛び出した亮平達は外に居た兵士達を二人で蹴散らした。
実は綾乃の《防御力無効》は生物や霊体に有効な能力だが、綾乃自身が物理的な束縛を脱する訳ではないので、間に金属等を挟むと力が奥まで届かずに威力を十分に発揮できない
だから鎧を着た相手は俺が鬼の力でぶっ飛ばし、綾乃には殴りやすそうなやつを相手にしてもらった。
「ところでその木刀折れてないか?」
「さっきの隊長らしき男が投げた剣を叩き落したんだが、その一撃が致命的だったらしい、鉄心入りだったのだが…」
「入ってなかったらやばかったかもしれないってか?あの隊長、たぶんアースリザードより強いよな?」
「お爺様ほどではないと思うが、正直あの殺気は凄かった」
「…現実逃避はこのくらいにしてどうすっか?さすがに、この城壁の高さじゃ垂直跳びは無理だろ、10m近くないか?なんでこんなにたけーんだよ」
「だが、正規の出入り口は制圧されていると見たほうが良いだろ…亮平、壊せないか?」
「え、えぇぇぇ石の壁だぞ?たしかに、全力で物を壊そうとしたことは無いけどさ…」
だが他の手を思いつけない以上やるしかないようだ。
後方は綾乃に任せ、壁の前で精神を集中する
時間をかければより脱出が困難になる、壊せそうな手ごたえでも回数が必要であれば同じ事
(一撃で見極める!)
左足を前に、右足を引き、弓を引き絞るが如く腰を捻り右腕を捻り突き出すッ!
ゴォオオオオンーーーーー!!
「え゛?」
「さすが、やれば出来るじゃないか」
「いや待てよ、なんか俺の手、青黒く光ってたぞ!」
「魔法が使える世界なのだ、私達も何か使えるかもしれないな」
「とか話してる間に爆音聞きつけた兵士が集まってきたし!逃げるぞ!」
俺達は壊れた城壁の穴から跳び出し、残党狩りが行われている市街地へと駆け出した。