第十三話 隠れ里
クワレタ
食ワレタ?
誰ガ?
そこまで考えた瞬間、綾乃は閉じている扉を蹴り開けた
バンッ―――
「待ってください!」
「待て!」
フィーリアに縋り付かれ、ラインハルトに押さえつけられる
「この闇の中馬車の外に出て何になる!頭を冷やせ!」
「っ!・・・」
「ラインハルト様…」
「このまま追いかけたところでなにもできないことに変わりはありません」
「ですが彼は私の恩人です!ラインハルト様ほどの実力があれば…」
「…確かに炎狼を殺せる可能性はあります。ですが殺してしまっては隠れ家の意味が無くなる、少年一人のために生き残った臣下を餓死させる御積りですか?」
「っ…なにか、何か無いのですか!」
「………」
「わたしの…私の一撃なら炎狼を気絶させることができるかもしれない…」
「綾乃さんそれが本当なら素晴らしい力です、少なくとも私にはまねできるものではありません。ですがそれは遠距離から撃てますか?先程の姫様の話を聞く限りできないのでは?炎狼に近づくにつれ密度の濃くなる弾幕をかいくぐって接近できるほどの術者はこの場にいません。普通の人間が成体の《風を纏う炎弾》を受ければ手足は切断され、体は切り刻まれ炎により大火傷を負います、あなたが亮平君ととった戦法を再現することは不可能です」
「…」
「子狼とはいえ、その魔法さえ受けきった亮平君の頑丈さに期待しましょう、隠れ家に戻れば兵を派遣して探すことも可能になります」
「……」
「…アヤノ様」
うつむいたまま喋らなくなってしまった綾乃を心配したフィーリアは隣に寄り添い、座席に座るよう促した
それでもしばらくの間、綾乃はドアの外に広がる闇に向き合ったまま動くことはなかった。
それからしばらく走ると前方に黒々とした山が見え、それが覆いかぶさるように大きく見えるようになると前方に洞窟が見えた
馬車は明かりを小さくすると、速度を落としつつその洞窟へと入った
洞窟はゴツゴツとした岩肌が見え、天然にできたもののようで特に補強されているようには見えない
中に入った後は魔術師が作り出した明かりが前方を照らし、馬車はゆっくりと進んでいたが少しすると止まった
停車するとラインハルトが席を立ち車外へと出て行く
少し待つとなにか重いものが動くような音と共にラインハルトが戻ってきた
「姫様、もう少しで到着します。降車する準備を」
「…はい」
フィーリアの気分も沈んでいたが、隣に座る綾乃を案じる気持ちの方が大きかった
まだ知り合って半日なので言葉もそれほど多く交わしたわけではないが、背筋がピンッとした異国の美しい女性――そんな印象だった彼女が背を丸くして俯いたまま顔を上げようとしない
目と目で会話しているかのような二人の様子から、互いを強く信頼している事が傍目からもわかった
そんな人がいなくなったのだ、昨日優しかった両親を亡くしたフィーリアにとって、大切な人を失うというのは痛いほどわかる感情だった。
綾乃は座席に座った後も喋ることなく、ただただ二人の荷物の入ったバッグを抱えていた。
再び馬車が進むと、程なくして前方が明るくなっていることに気付く
その先は広めの空間があり、複数の松明が石造りの家々を照らしていた。
綾乃以外がその光景に程度の差こそあれ驚く中、フィーリアがラインハルトに尋ねた
「石造りの建物…どういうことなのですか?ラインハルト様、ここに見える石造りの家々は王城とも建築様式が違いますよね?そもそも、わが国の財政では資金が足りないから王城以外の家屋は木材が使われているのが常識なのでは?」
「私も実際目にするのは初めてなのですが、ここは昔ドワーフという亜人の集落があった場所のようなのです」
ラインハルトは窓の外の光景から視線を車内に戻し、フィーリアに向き直って話を続ける
「彼らが居なくなった理由は定かではありません。ガルド隊長の代になってから万が一の時、隠れ里として機能するように改修と補強を進めてきたと聞いております」
「そう、ですか…」
(やはり私は王族とはいえ姫だったのでしょう。ただ何も知らず両親に寄りかかって生きてきただけ…)
そんな自分が今から皆の上に立たなくてはならない、そう思うと肩へ圧し掛かる重みがよりいっそう重く感じるフィーリアだった
そんな様子を見かねたラインハルトは、馬車が停車すると声を掛けた
「大丈夫ですよ姫。貴女はちゃんと今日まで勉学に励んできました、貴女が良き統治者として立つまでは、我らがお守り致します」
そんな言葉と共に馬車の扉が外側から開かれ、外からも声がかかる
「姫、ご無事で何よりです。隠れ里に住む60名、各地に散った同胞300名、これより姫の手足となって祖国奪還のその日まで貴女を支え続けることを誓います!」
馬車の外には騎士、魔術師、兵士、執事、メイド、村人の格好をした者など様々な姿の者達が整然と並んでいた。
ラインハルトは言う
「貧しくとも、皆の笑いあえる国を目指した王に賛同するものは民の中にもいることでしょう。同胞は必ずこれからも増えていきます」
フィーリアは馬車の外へと踏み出し
「フィーリア・D・ヴェルジュ未だ若輩の身ではありますが、皆の期待に答えられるよう努めていきます」
臣下の激励に答えた。
夜も更けてきたので詳しい話は明日という事でその場は解散となった
亮平の捜索についてフィーリアがガルド隊長に相談したが、夜は炎狼が最も活発に動く時間なので不可能だと言われた。
フィーリアが綾乃を自分の寝室へと連れて行こうとすると、ガルド隊長が難色を示したが
臣下の激励でテンションの上がっていたフィーリアはそのまま押し通し、
急遽ベットをもう一つ運び入れたフィーリアの部屋で綾乃は眠ることになった。
明かりの小さくなった部屋
夜はさらに更け、隣のベッドに入ったフィーリアは既に寝ている
綾乃はぼんやりと天井を見上げていた
「また…なのか?」
「また私は…」
ベッドで寝ていると、今朝のことを思い出す
―――仲良くやっていこう相棒、キミと一緒ならきっとなんとかなると思える
あの時は隣に寝ていた亮平の指を握っていて、とても暖かいものに包まれているようなそんな気持ちだった
(あの後、ケンカして、仲直りして、歩きながら雑談して、フィーリアを助けて戦って、3人で話しながらステラに到着して…)
どうしてこうなったのだろう?
4月に二人で《異界》の中をさ迷い歩いた
あの場所は異世界とは違って、そこに居るだけで精神に負荷が掛かるような所だったけれど、二人で無事に抜け出すことができた
だから今回も、きっとなんとかなる
そんな風に思っていた。
今まであったことが浮かんでは消え、浮かんでは消える
胸が苦しくて切なくて
頭の中がぐちゃぐちゃになって、結局朝方になるまで眠ることはなかった。
早起きの綾乃にしては遅すぎる時間に起床し、顔を洗うとフィーリアの許に向かった
「亮平を探しに行くので、隠れ家を出入りする許可が欲しい」
「それは…もちろんかまいませんが…」
綾乃を不安そうな顔で見てくるフィーリア
「…べつに自棄になた訳じゃない、死体を見るまで諦める気はないだけだよ」
「…なにか、当てがあるのですか?」
「おそらく亮平が生きていればこの黒い箱に連絡が来るはず」
綾乃の言葉が終わった後も少し綾乃の顔を見つめた後
「サラ、モンスター除けの御守りを用意して、あと出入りの仕方も教えて差し上げて」
「かしこまりました姫様」
「綾乃様、どうか御気をつけて」
昨日は亮平が持っていた革のバッグを担ぎ、綾乃は洞窟の外へと踏み出した。
明日更新予定です