第9話 元万年二位の悪役令息
ずっと気を張っていたせいで流石に疲れてしまった。
パーティーの途中、フェリクスは久しぶりに学生時代の旧友を見つけたらしく、彼らの相手をしている間に私は休憩させてもらうことにした。
小宮殿に併設されている庭はホールからの明かりが届くものの、奥の茂みは夜の闇に染まっていて薄暗い。
その一角にあるガーデンチェアに腰を下ろし、深く息を吐き捨てる。
(つっかれたあ…………)
自分で言うのもあれだが、頑張った方じゃないだろうか。
フェリクスの顔を立てるとかどうでも良いのだが、仮にも私はオズモンド伯爵家夫人として招待されたのだ。貴族の妻として最低限の仕事はこなせたんじゃないか。
(それにフェリクスが嫌がらせで流していた私の悪評も、これである程度は無くなれば良いんだけど………)
妻であるアルテシアをエスコートせず、幼馴染のプリシラをパーティーに連れて行くフェリクス。そんな彼が自分を肯定的に見せるため「いかにアルテシアがエスコートするに値しない悪女であるか」ということを周りに吹聴してきたのだ。
まじで余計なことをしやがってと思うが、今日の振る舞いによってある程度誤解が解けたと願いたい。
「はあ…………」
その時ふと、少し離れた場所に設置されたガーデンチェアに座る人影に気付いた。
私と同じタイミングで深く溜め息を吐いた男。見るからに疲れ切った様子の草臥れたイケメンに「どこかで見覚えがあるな?」と首を傾げる。
すると私の視線に気付いたのか。
彼が顔を上げた瞬間、バチッと目が合ってしまった。
その瞬間、男が驚いた様子で立ち上がる。
「アルテシア・ルーヴェン………?」
「いえ、アルテシア・オズモンドですが………」
ルーヴェンは私の旧姓だ。
わざわざそちらの名前で言うということは王立学園時代の知り合いだろうか?
そう疑問に思った瞬間、ホールから漏れる照明の光で彼の顔がはっきりと浮かび上がった。
(小説『トゥルーエンドは貴方と共に』の悪役、グレン・バージェスだ………!)
少し野暮ったい黒髪にひょろりと高い身長。顔立ちは整っているものの、目元には隈もあってどこか陰険そうな印象を与える。
グレン・バージェスはフェリクスの王立学園時代からのライバル兼悪役で、常に学年一位のフェリクスと万年二位のグレンは何かと競い合っていた。
まだグレンの生家であるバージェス辺境伯家は評判が悪く、バージェス家の管理する最北の辺境地で領民達を生贄に悪魔召喚の儀式をしたり、原住民である部族の人達を迫害しているのではという悪い噂が絶えない。
そんなものだから学園の生徒達はいつもフェリクスの味方で、グレンはていの良い悪役として扱われていたのだ。
(確か完結後の追加エピソードで………フェリクスとアルテシアが両想いになった後に出てくるんだっけ)
病弱設定の幼馴染プリシラを屋敷から追い出した後、フェリクスとアルテシアは仲睦まじく暮らすのだが、新たな障害としてグレンが立ちはだかる。
同じく魔導具事業を行うグレンはフェリクスの会社を潰そうと目論むのだ。
王立学園時代自分の開発した魔導具の研究をフェリクスに横取りされたと訴え、オズモンド家を窮地に陥れようとするが───それは証拠不十分として裁判にて棄却。
そしてフェリクスを故意に害そうとしたとして、グレンは社交界及び魔導具事業の界隈から追放されるというエピソードだ。
またグレンはアルテシアに「あんな男のどこが良いんだ」とか「少し前まで幼馴染の女の尻を追いかけていたんだぞ」と執拗に嫌味を言い、フェリクスへの愛を揺らがして、離縁させようとするお邪魔虫的な存在でもある(それにフェリクスも嫉妬したりするのだ)
「えっと、久しぶりですね。グレン・バージェスですよね?同級生の………」
「…………ああ、俺のことを覚えているのか?」
「ええ、同じクラスだったじゃないですか」
正直今の段階で話したこともないが、ここであっさりと踵を返すのも失礼だろう。
とりあえず余所行きの笑みを浮かべて挨拶すれば、グレンは戸惑った様子でこちらに近付いてきた。
しかし人一人分離れた場所で立ち止まったのを見るに、夫のいる夫人に対しての距離感がわきまえられているのだろう。
「…………今日、フェリクスは君を連れて来たんだな」
「今回の主催はカリオストロ伯爵夫人でしょう? 身内でもない女性を連れて行くのは流石にできなかったそうですよ」
「ああ、そういうことか」
眉を寄せながらもグレンは納得した様子で頷く。
そんな彼の顔にどこか疲れが滲み出ていて、ふと尋ねてしまった。
「貴方も休憩ですか? 私は人の多さに疲れちゃって、ここで休んでいたんですけど………」
「俺も似たようなものさ。普段内地にいるから人が多いのは慣れない。だがそうも言ってられないしな。貴重な機会だからそれらしく振る舞うが、どうも…………」
そして眉を寄せて溜め息を吐く。
せっかく招待客の名前もチェックしていたんだがな、と弱った様子で苦笑するグレンに「分かる」と内心共感した。
緊張するから事前に勉強しておくんだけど、いざパーティーに参加すると全然うまくいかなくて落ち込んじゃうんだよね。私も元々人付き合いが苦手な方だから、その気持ちがよく分かる。
(フェリクスなんかはそういった事前勉強すらしてこないんだけどね………)
本人の気質かどうか知らないが、今回出席する招待客の予習を何もしてこなかったのだ。
しかしあの華やかな雰囲気と美貌、そして何の根拠もない余裕な態度から周囲は勝手にフェリクスを持ち上げる。
それもあって対人関係で苦労したことのないフェリクスは、こういった社交の場でも無自覚に一定の成果を出す。
多分そういうところを含めてグレンはフェリクスが嫌いなんだろうなと苦笑した。
するとその時、グレンが私の顔色を窺いながらも、嫌悪溢れるように吐き捨てた。
「……………フェリクスの妻である君に言うのもどうかと思うが、俺はあいつを軽蔑する。フェリクスはいつもあの傍若無人な幼馴染の令嬢を連れてきただろう? 君という存在がいながら失礼にも程がある」
「ええ、そうですよね。私もほとほと軽蔑しております」
「君はフェリクスのことを愛しているだろうが、もし耐えられなくなった時は周囲の者に相談するといい。見るに君は内に溜め込む癖が………」
しかしグレンは何かに気付いたのか、きょとんと首を傾げて私を見つめる。どうしたのだろうか。
「………………俺は君の愛するフェリクスを貶めているが、怒らないのか? 平手打ちされても仕方がないと思っていたんだが」
「フェリクス様に対して特に何も思っていないし、私も彼のことは酷い夫だと認識しているので、貴方のいうことはご尤もだなあとしか…………」
「そうなのか………?」
そうなんです。
正直もう隠すことではないし、フェリクスの中では幼馴染のプリシラが愛する妻みたいなものだろう。
だから私が彼のことを愛していなくとも問題はなくフェリクスもそのことはすでに把握しているのだ。
「そうか、俺はてっきり君はまだフェリクスのことを…………」
「前まではそうでしたが、今はもう目が覚めましたから。とはいえ婚姻関係を結んでいるので、オズモンド家の夫人としてやることはやりますけどね」
そんなグレンにはっきりとそう言えば、彼は自分の髪をくしゃりとかき混ぜて苦笑する。
(…………グレンって、そんなに悪い人じゃないのかしら?)
フェリクスから酷い扱いを受ける私の身をこうして案じてくれるのだ。小説内では「フェリクスを愛しているだなんてどうかしてるぞ」と嫌味を言ってくるのだが、冷静に考えればグレンの言っていることは尤もで正しい。
私だって旦那が愛人を連れてパーティーに出るような友人がいれば「こんな扱い受けても愛してるの?」と正気を疑いたくなる。
(でもフェリクスから研究内容を盗まれたって言い掛かりをつけて、裁判まで起こして会社を潰そうとするしなあ)
彼が良い人か悪い人なのかは、まだ判断できない。
けれどふと思う。
───わざわざ裁判を起こすくらいなのだ。もしかしたら本当にフェリクスが研究成果を盗んでいる可能性もあるのでは、と。
(…………………い、いや、いやいや、それは流石に。腐ってもフェリクスは少女小説のヒーローなのよ? ヒロインの相手がそこまで性格悪いなんて………)
しかしこれまで、何も悪くないアルテシアを冷遇してきたという前科がある。それにフェリクスは、無自覚に誰かの地雷を踏んでいそうな思慮のなさがあった。
悪気なく他人の功績を掠め取っている可能性は大いにある。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ、ちょっと、気付いたらいけないことに気付きそうで………」
ともかく。この件に関して詳細を把握していない人間が適当に何か言うのは危険すぎるだろう。
ただフェリクスがもしグレンの研究成果を無自覚に盗んでいたとしたら、オズモンド家の夫人であっても流石に庇い切れない。
「そろそろ中へ戻ろうか」
「そうですね」
彼の言う通り、会場へ戻ろうとする。
しかし次の瞬間、何者かによって背後から肩を掴まれた。
驚いて振り向くと、そこには焦った顔をしたフェリクスが立っている。
「やあ、アルテシア。探したぞ」
そして私の前にいるグレンを一瞥すると、フェリクスは不機嫌そうに口を開いた。
「久しぶりだな、グレン・バージェス卿。私の妻であるアルテシアに何の用だい?」
「…………ああ。フェリクス・オズモンド卿。今日はいつもの令嬢を連れていないものだから、どうしたものかと奥方に事情を聞いていたところだよ」
バチバチと視線で火花を散らす彼らに「仲が悪いな」としみじみ思う。
そして何故か私にも責めるように視線を向けるフェリクスに戸惑う。一体何だと言うんだ。
しかしそこでハッとする。
(あ、もしかしてパーティーに話したい人がいたけど名前が分からなくて私に聞きに来たとか?)
おそらく仕事しろよということなんだろう。
私はそれに内心溜め息を吐きながら、フェリクスに向かって言い放った。
「積もる話もあるでしょうけど、ここで長話しているとマリアン夫人に失礼ですわ。グレン・バージェス卿、私のお相手をしてくださり、ありがとうございました」
そう言ってフェリクスをずるずると引き摺って行く。
どうせ喧嘩しかしないのだから、早いところ二人を離した方が良いだろう。
そんな私の後ろでフェリクスが勝ち誇った顔でグレンを見つめていたのを、私は知る由もなかった。
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