第8話 エスコートする相手が違うだけで
一部フェリクス視点があります。
カリオストロ伯爵家の所有する小宮殿。
カリオストロ伯爵の妻マリアン夫人主催の舞踏会では、高位貴族から伯爵家と親交のある下位貴族、また人脈作りのためにやって来た豪商や文化人といった様々な面子が招待されている。
小説内でアルテシアは淑女として完璧な立ち振る舞いをし、パーティーに参加する貴族達から一目置かれると描写されるが………
(実際それをやるのってめちゃくちゃ大変なのよね………!)
とはいえ原作知識+これまでアルテシアとして生きてきた経験と知識があるため、ちょっとやそっとのことじゃ動じない。
事前に手に入れた招待客リストは全て頭の中にインプットさせているし、彼らの力関係や交友関係、またちょっとした趣味から簡単な家族構成まで把握している。というのも前世の記憶を思い出す前の私がいざという時のために日頃から周辺貴族の内情について勉強していたのだ。
(え、えらい! えらいよ、私! 夫のフェリクスはいつも幼馴染のプリシラをパーティーに連れて行くのに「もしかしたら今度こそ……」と思ってコツコツと勉強するだなんて………!)
前世の記憶を思い出す前の私って本当にいい子過ぎる。
きっとそんな前世の記憶のないアルテシアだったら、素の状態で社交を楽しみ、フェリクスを支え、その人の良さから招待客を魅了しただろう。
しかし余計な知識(前世の記憶)がインストールされている身として、小説に描写されているシーンの再現は可能であるが、描写外の立ち振る舞いについては正直不安だ。
そのため絢爛な会場にて、私は朗らかな笑みを貼り付けながらも、警戒する野生動物のように気を張っていた。
「アルテシア、向こう側から歩いてくる紳士は…………」
「魔術評議会議員の一人、エメル・シード卿です。来季に魔導具教会のアブロサム局長が辞任される予定で、その後任として有力視されています。今の内に顔を合わせた方が良いでしょう」
小宮殿ホールにて。
パーティー用の豪奢なローブを羽織った紳士の存在にフェリクスが尋ねてくるものだから、私は慌てて頭の奥からデータを引っ張り出す。
フェリクスは先祖代々受け継ぐオズモンド伯爵家領地を統治しながら、魔導具会社の事業主として働いている。この魔導具事業の方はフェリクスの父の代からで、魔物の瘴気によって汚染される領地の浄化資金を賄うために始めた金策だ。
しかしその魔導具事業がいまいち軌道に乗っておらず、その背景を考えれば、今しがた通り過ぎたエメル・シード卿と直接知り合った方が後々良いだろう。
「ちなみにお連れしている若い女性は奥方なのか?」
「あちらにいらっしゃるのはシード家の長女レイチェル様です。現在王立学園に通っており、女生徒のみ参加できる白百合の会にも参加されているそうなので、彼女のお相手は私がいたします」
シード卿の隣に楚々と佇む令嬢に、間違っても奥様なんて言うんじゃないぞと視線で注意する。
それにフェリクスは慌てて頷きながら、彼らの元へ向かっていった。
◇
───やりやすいなと思った。
魔術評議員であるエメル・シード卿とその娘であるレイチェル嬢を前に、隣で朗らかな笑みを浮かべて挨拶をする妻のアルテシアにフェリクスはふと思う。
これまではずっとそういった社交の場に幼馴染のプリシラを連れて来ていた。
身体が弱く、中々外に出ることのできない彼女が「いつ死ぬかも分からない身だから」と言ってフェリクスのエスコートを乞うのだ。
おまけにフェリクス自身も愛するプリシラと結婚できなかった鬱憤もあり、その事実をかき消すよう意固地になって彼女を連れていたというのもある。
しかし、どうだろう。
今回初めてアルテシアをエスコートし、パーティーに出席したのだが「こんなにもやりやすかっただろうか」と思う。
パーティーでのプリシラは豪奢なドレスを纏い、踊り、はしゃぐだけだった。子供みたいに甲高い声でけらけらと笑う。
招待客の中にいる気難しそうな夫人から窘められることもあった。
前に会ったというのに顔も名前も忘れて、場が気まずくなることもあった。
気になった貴族を見つけては無遠慮に声をかけ、それが自分達よりもはるかに身分の高い者であったことも数知れず、冷や汗をかいたこともある。
昔からあまり外に出たことがなく、こういった場に慣れていないのだと言われ「それならば仕方がない」と無理矢理納得してきたのだ。
社交の場で顔を売ることは大事だが、プリシラが楽しんでくれるならもう良いじゃないかと。
フェリクスはふと隣に佇むアルテシアを見つめた。
「エメル様が魔鉱石への造詣が深いことは有名な話ですわよね。何でも魔石鑑定士として、この間ドラン溪谷で発掘された新しい魔鉱石の研究にも一役買ったとか………」
「よく知っているね。だが、ただの老いぼれのお節介だよ。私が知っていることは今の若い研究者達は皆知っているさ」
「そんなことありませんわ。レイチェル様も見識のある御父上がいらっしゃって羨ましいですわ。学園の授業に魔石研究の課程もありましたでしょう?」
「ええ、必須課程に………本当に難しくって大変なのですが、お父様が教えてくださってとても助かっています。アルテシア様も学園に通われていたのですか?」
「ええ、夫のフェリクスと通っていました」
ね?と自然の形でフェリクスを会話の中に入れようとするアルテシアに「ああ」と頷く。
打てば響く鉄のように交わされる会話が心地よい。
シード卿もレイチェル嬢も自分達に好印象を持ってくれたのか、穏やかな顔で会話してくれる。
プリシラがいたらこうはならないだろう。
なんせ自分達が出席したパーティーでは、いつもプリシラやフェリクスの美貌に群がる若い貴族や口先だけの下位貴族、また平民出の金持ちしか寄ってこなかったから。
「フェリクス・オズモンド卿、確か君は魔導具の事業をやっていたね?」
「え、ええ」
「ここで会ったのも何かの縁だろう。魔導具協会の伝手があってね。今度その総会があるのだが良ければ君も来ないかい?」
「本当ですか! 是非ともお伺いしたいです!」
魔導具協会は優れた魔導具を取り扱う事業主やオーナー、また個人開発者しか門戸が開かれていない。
魔導具を取り扱うのは軒並み歴史の古い工房であったり、エルフやドワーフといった長命種達が席巻するため、新興事業主であるフェリクスには敷居が高かった。
しかしその協会の伝手を手に入れ、総会にも参加することができれば───夢物語かもしれないが、もしかしたら役員にだって上り詰められるかもしれない。
実のところ、フェリクスは領地の統治よりも、魔導具の開発の方が心惹かれるものがあったのだ。
「ありがとうございます、シード卿。何と礼を言ったら良いか………」
「それなら聡明な奥方に感謝すると良い。学園の先輩としてレイチェルの面倒も見てくれそうだしね」
「ふふ、もちろんです。よろしくお願いいたしますわね、レイチェル様」
くすりと微笑むアルテシアに、フェリクスは「こんなにもうまくいくものなのか」としみじみ思う。
(連れて行く相手が違えば、こんなにも───)
同時にフェリクスの心に影がかかる。
今まで自分は、そんな彼女に対して何をしてきたのだろう、と。
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