第7話 舞踏会前の一悶着
自分で言うのも何だが、アルテシア・オズモンドは美人である。
緩くウェーブした銀髪に透明感のある菫色の美しい瞳。
フェリクスの屋敷で冷遇され続けていたせいか、血色は悪く若干痩せ気味ではあるものの、その美貌は陰るどころかアンニュイな雰囲気を醸し出している。
カリオストロ伯爵夫人による舞踏会当日。
工房メゾン・ルミエールのドレスを纏い、腕利きの髪結師に髪のセットと化粧を任せて、姿見の前に立つ。
淡い紫色のドレスで宝石や刺繡といった装飾はないものの、胸元も袖も丁寧に整えられていて品の良い形をしている。
髪のセットも化粧もアルテシアの美しさを最大限引き立てる仕上がりにしてくれた。まとめ髪に添えた銀の菫の髪飾りが大変可愛らしい。
「すごく良いわ。流石、メゾン・ルミエールのドレスは一級品ね。短い準備期間でよくここまでのものを用意してくださったわ。髪結いのトレイヴォルさんもありがとう。髪結いも化粧の技術も一流なのね」
私の後ろに控えるドレス工房の職人二人と髪結い師に声をかける。
本来ならば使用人が手伝うものであるが、この屋敷のメイド達を私はまだ信用しきっていない。
ここまで仕上げてくれた職人達に笑みを浮かべて褒め称えてみせれば、彼らは誇らしげに頭を垂れた。
「短期間と言いましても、既にあるドレスを奥様向けに形を整えただけですので全く難しいことではありませんでしたよ。本来ならばもっと布を入れてボリュームを出しても良いのですが、こちらの方が奥様の美しさを際立たせられて良かったかもしれません」
「反対に作業が少なくて少し物足りないくらいですよ。今度はもっとお任せくださいね」
そんな彼らの言葉に内心苦笑しながら頷く。
大げさにリップサービスをしてくれる彼らには多めにチップを渡しておこう。
するとその時、メゾン・ルミエールの若い職人がほっとした様子で溜め息を吐いた。
「今回は奥様の担当で本当に良かったです。同僚なんかプリシラ様の担当になって───」
「こらッ! 奥様の前でやめないか!」
それに上司であろう職人が部下を叱責する。
今回私がドレスを用意すると聞いて、どうやらプリシラも「ドレスが欲しい」とフェリクスにねだったようだ。
小説にもそういった展開があって、プリシラの計略により似合わないドレスを着せられたアルテシアが見劣りするよう、完璧なドレス姿で舞踏会への馬車に乗ろうとするフェリクスの前に立ち塞がるのだ。
───フェリクス様と舞踏会へ行けないのは悲しいけれど、私はずっとここで待っています。帰ったら私と一曲踊ってくれませんか?
そう言って健気に振舞うプリシラにフェリクスは心を打たれ、それにアルテシアが傷付くというシーンである。
しかし今回展開が改変されたのか。プリシラはアトリエから買い付けたドレスを纏うのではなく、フルオーダーでドレスを作るよう頼んだようだった。
こんな短い期間でドレスを作らせるなんて無茶にも程があるし、その分費用が掛かる。領収書の金額を見て執事のロレンツの頬がわずかに引き攣っていたのを見かけていた。
「貴方達の工房には今回本当に苦労を掛けるわ。フェリクス様の大切な人とはいえ、主人の妻として私がプリシラ様の手綱を握るべきだったわね」
「いえ、そんな、とんでもない………!」
「これからも貴方達の工房を贔屓にするつもりよ。だから今後プリシラ様のことはよく見張っておくようにするわね」
まあ、できるかどうかは分からないが。
少しだけ悲しそうに目を伏せてみると、その場にいる職人達が同情した様子で私を見つめる。
どこからどう見ても夫の愛人に振り回される可哀そうな妻だろう。
性格が悪くて自分でもどうかと思うが、プリシラの化けの皮がこういうところから一枚ずつ剥がれていくのに胸がすくようだった。
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「───しんっじらんない!注文していた宝石の装飾がハート形になっていないし、フリルのボリュームだって全然足りないじゃないの!? こんな姿でフェリクス様の前に立つなんて最悪だわ!」
カリオストロ伯爵家の所有する小宮殿に向かうため、屋敷の玄関ホールでフェリクスを待つ。
すると酷く怒った様子のプリシラがメイド達を引き連れてやって来た。
ピンクダイヤとフリルでこれでもかと装飾された、白いレースが何層も積み重なったウェディングケーキのようなドレスに「これを注文したのか」とアトリエに同情する。
彼女が騒ぎ立てる程ドレスの仕立ては悪くなく、ピンクダイヤだって若干丸みを帯びているもののハートの形になっている。
けれど気に食わないのか、プリシラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「あッ! アルテシア様! 貴女の贔屓にしているアトリエって本当に最悪よ!」
「………………」
「見てよこれ! 全然可愛くないの! これじゃあ既製品の方がまだマシよ………!」
プリシラが何食わぬ顔で私に話しかけてくるが、それを無視する。わざわざ返してやる義理はないし、フェリクスには彼女へ一切の関与をしないと言っているのだ。
王家御用達工房メゾン・ルミエールの誹謗に内心ドン引きするが、一々言い返すのも億劫だった。
するとその時、フェリクスが玄関ホールに遅れてやって来る。
そんな彼にプリシラが「フェリクス様!」と駆け寄って行った。
「プリシラ、新しく誂えたドレスはどうだい?」
フェリクスとしてはプリシラが新調したドレスに喜んでいると思ってそう尋ねたのだろう。
けれどプリシラは顔をくしゃりと歪ませ、わっと顔を覆った。
「酷いんですよ! 全然注文した通りに仕立ててもらえなかったんです! ドレスのボリュームも足りないし、ピンクダイヤだって可愛くカットされていないから恥ずかしいわ!」
「そ、そうかい? 十分だと思うが………」
「酷いわ! フェリクス様もそんなこと言うなんて!」
察するに、おそらくプリシラは新調したドレスの出来が悪くてフェリクスに同情してもらいたかったのかもしれない。
彼の気を惹き、慰められ、大事にされている姿を私に見せつけたかったのだろう。
しかし今回仕立てられたプリシラのドレス費用は相当な額で、それをフェリクスも把握していないわけがない。特に出来の悪くない、せっかく多額の費用で用意したドレスにプリシラは難癖をつけているのだ。
(あれじゃあ、逆効果ね)
現にフェリクスは泣きわめくプリシラに顔を引き攣らせている。
「………………フェリクス様、そろそろ馬車の時間です」
「あ、ああ。アルテシアか。君は随分………」
そしてフェリクスが私を眺め、ほうと息を吐く。
確か小説ではここでフェリクスが「プリシラからドレスを借りているというのに、着るものが悪いとこうもみすぼらしくなるんだね」と嫌味を言ってくるシーンだ。
けれど今回私はきちんとドレスを用意したし、華やかさはないかもしれないが嫌味を言われる程酷くもないだろう。
さあ、どう出る。
そう思ってフェリクスの言葉を待っていれば、彼はどこか熱に浮かされた様子でこぼした。
「……───綺麗だな」
「は?」
「あ、いや」
とっさに首を振るフェリクスに「こいつは一体何なんだ」と怪訝に思う。
するとフェリクスは慌てた様子でプリシラに声をかけた。
「プリシラ、君ならどんなドレスを着ても可愛いよ。それでは行ってくる」
「あ、待って! フェリクス様! 帰ったら私とも一曲踊りましょうね!」
何だかバタバタしているものの、原作通りプリシラがフェリクスと約束を取り付ける。
ふと振り返ればプリシラが凄まじい形相で私を睨みつけていたが、それに気付かない振りをして馬車へ向かった。
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