第5話 それでは全員クビにしましょうか
フェリクスの招集によって、1階のホールに屋敷中の使用人が集められた。
全10名。フェリクス付きの執事1名、メイド5名、コック2名、庭師1名、御者1名だ。そんな彼らを並ばせて、正面からじっと見据える。
ちなみに私の後ろにはフェリクスとプリシラが佇んでいて、一体何が始まるのか戸惑っている様子だった。
すると使用人を代表して執事のロレンツが口を開く。
「アルテシア様、私達に一体何のご用命でしょうか?」
執事ロレンツは小説の中では空気のような存在だった。使用人達を取り纏める地位にいながら、私に対する嫌がらせを見て見ぬふりをする。
彼の一番はフェリクスで、彼のお眼鏡に適うかどうか私を遠くから観察しているような老父だった。
そんなロレンツににこりと笑みを浮かべてみせる。
「単刀直入に言いましょう。先程私の自室が何者かによって故意に荒されておりました。全ての調度品や私物が水で濡らされており、ベッド等の家具は使い物にならないでしょう」
そう告げればコックや庭師、御者の男達がメイド達を横目で一瞥した。
彼らは私に対して無関心であった。私がどんなに惨めな目に遭っても知らぬ存ぜぬを通し、面倒くさそうにするだけ。今もややこしい問題に巻き込まれたといった様子で辟易としている。
「正直に仰ってください。この屋敷の中でどなたが私の部屋を故意に荒しましたか?」
犯人の目星は付いているが、あえて尋ねる。
しかし私の問いかけを前に誰も何も言わない。
男性陣は面倒くさそうに肩をすくめ、メイド達は素知らぬ顔で俯いている。
うんうん。そっか。
それならば仕方がない。
「───では、ここにいる全ての者を解雇にいたしましょう」
一瞬、私が何を言ったのか理解できていないようだった。
場がしんと静まり返り、使用人達が目を見開いて立ち尽くしている。
その中で一番最初に我に返ったのは、コック長のサムという男だった。
「…………ちょ、ちょっと待ってください! 奥様、いきなり何でそんな、いや、一体どうしちゃったんですか!?」
「どうした、とは?」
「そんな全員クビにするとか、流石にやり過ぎでは………!?」
大柄なサムが焦ったように話しかけてくる。
彼には妻と子が一人いて、出稼ぎのためにこの屋敷で働いているのだ。きっとここをクビになれば路頭に迷うだろう。
しかしそんなことは関係ない。
戸惑う様子の彼に私は懇切丁寧に教えてやった。
「当たり前じゃないですか。この屋敷の主、フェリクス様の妻である私に危害を加えようとしている者がいるんですよ? それが誰かも分からず野放しにしておけるはずがありません」
「危害だなんて………ちょっと水で濡れただけでしょう?」
脳みそがお花畑であるらしいサムに私は溜め息を吐く。
何舐めたこと言ってんだ。
「もし水ではなく、毒や硫酸だったらどうするつもりですか? もしかしたら水で濡れただけでなく、短剣や針が仕込まれているかもしれません。…………貴方達は何か大きく勘違いしておりませんか?」
呆然と立つ尽くす使用人達にはっきりと告げる。
「部屋が荒らされたことが問題ではなく、私に何らかの形で危害を加える可能性を持つ者がこの屋敷にいることが問題なんです。───私はそれを最大限、取り除こうとしているだけなんですよ」
ね? エイミー。
エイミーに向かってふわりと微笑んでみせれば、彼女は顔を真っ白にしながら震え出した。
するとそんな私と使用人の間に誰かが割って入る。見ればプリシラだった。
「アルテシア様、もうやめて! これ以上使用人の人達を苛めないで! こんなの酷すぎるわ!」
プリシラは瞳に涙を溜めて、使用人達を守るように言い放つ。
それを私は白々しい気持ちで見つめた。
前世で小説を読み、プリシラの正体を知っている身として、これも使用人達を懐柔するパフォーマンスなんだろうなと思ってしまう。
長年医師に偽造診断書を用意させ、病弱である振りをしてきた彼女にとってこんな演技は造作もないのだろう。
(それにメイド達がクビになれば、私に嫌がらせをさせる手駒がいなくなるものね)
そんなプリシラの企みに気付かないのか、メイド達はすがるように彼女を見つめる。特にエイミーなんかは「助かった」という顔をしていた。
「…………あら、流石プリシラ様。貴女ってば本当にお優しい方なのね」
「アルテシア様の対応が酷すぎるだけよ!」
「そうですか。でしたら貴女がこの屋敷に住み、プリシラ様の部屋に何者かが侵入して貴女に危害を加えようとしても、疑いのある者は不問といたしましょうか」
「な、」
「どんなことをされても、どんな目に遭っても許すということなんでしょう?」
───だから私が貴女に刺客を差し向けても、許して頂戴ね?
そんな卑怯な真似は決してしないが、そう含みを持たせて言ってやれば、プリシラの顔が分かりやすく引き攣る。
彼女のことを無視しても良かったが、今後のことを考えて釘を刺した方が良いだろう。
そんな私にプリシラは悔しそうに黙り込む。
しかし執事のロレンツが口を挟んできた。
「…………奥様、我々の裁量はこの屋敷の主人フェリクス様に一任されております。そのような出過ぎた真似をフェリクス様はお許しになるでしょうか」
ロレンツのその言葉に使用人達が私の後ろに佇むフェリクスを見る。
けれどフェリクスは口を重くしながらも答えた。
「…………すまない、ロレンツ。先程アルテシアと使用人の裁量権について話したんだ。人事及び解雇を含め、アルテシアにもその裁量を委ねる、と」
そんな彼の、最悪な言葉に使用人達は顔を青ざめさせる。
口約束とはいえ必ず守る。そう言ってしまった手前、流石のフェリクスも約束を反故にするような真似は出来なかったのだろう。
長年フェリクスに仕えていたロレンツは梯子を外されてしまったかのように茫然と立ち尽くしている。
そして私は目の前に立つプリシラを通り過ぎ、改めて使用人達に告げた。
「では、各々解雇の手続きに入りましょうか。まず───」
しかしその時、エイミーではない、別のメイドが堰を切ったように口を開いた。
「お、奥様!犯人はエイミーです!! 彼女が井戸の水を汲んで、奥様のお部屋に入っていくのを見ました!!」
黒髪のメイド───確かカミラといっただろうか。メイドのカミラの言葉に名指しされたエイミーがバッと顔を上げる。
「な、何を適当な………!」
「本当のことじゃない! アンタが奥様の部屋を水浸しにするの見てたんだから!」
「そ、そういうアンタだって度々奥様の私物を盗んでいたじゃない! こんな盗人の言葉誰が信じるものですか!!」
醜く言い争うエイミーとカミラを前に、私は「そうそう」と思い出す。
私の部屋から装飾品や宝石といった小物を盗んでいたのは、メイドのカミラだ。
小説の中で盗んだ物は街の質屋に売って金に換えていた。その盗んだ物の中には生家ルーヴェン家に代々伝わる指輪や亡き祖母から頂いた魔石のブローチ等もあって、私は深く傷付いたものだ。
けれどもしかしたらお金に困ってこんなことをしたのかもしれない。そう思って何も咎めることはなかった。
そんなこと、あるわけないのに。
前世の記憶を思い出す前の、自分の行き過ぎた博愛精神に何だか笑えてくる。
「ふふ」と笑みをこぼせば醜く言い争っていたエイミーとカミラが怪訝そうにこちらを振り返った。
「もちろん私の私物が盗まれていたことは知っているわ。犯人がカミラだということも。確か街の質屋に売っているんでしょう? あとで質屋に使いを送って、きちんと証拠を揃えた暁には───警察に突き出す予定だったの」
くすくすと笑みをこぼしながらそう言ってみせれば、カミラは可哀そうなくらい顔を白くさせた。
そして彼女は私の足に縋り付く。
「お、お許しを! お金が必要だったんです!」
「そのお金を好みの男娼に使っていたんでしょう?」
小説でカミラは最終的にこれまでの自分の欲深さに反省し、修道院へ入っていく。
けれどそれは許さない。
罪はきちんと償ってもらわないと。
そして私は使用人達に言い聞かせるように淡々と続けた。
「ええと、盗まれたのは私の生家から持ってきた装飾品や化粧品。中にはルーヴェン子爵家の家宝の指輪や金貨100枚はくだらない祖母の形見もありました。
…………街の質屋にそれを正しく鑑定できる者がいるか分かりませんが、全て合わせて金貨500枚───使用人の生涯給与程の価値のものが盗まれたんです。当然、返してくれますよね?」
それからエイミーに視線をやる。
「貴女が水浸しにしたものの中には宝石が散りばめられた銀の小箱や夜会用のドレスなんかもあるのよ。…………もちろん弁償してくれるわよね?」
クビにするだけじゃ収まらない。お前は主人の私物を破壊したとして罪に問う。カミラと一緒に警察に突き出してあげよう。
「そういえばエイミー、貴女のお父様って確か警察官だったわね? お父様によく叱ってもらうと良いわ」
エイミーの肩がびくりと震える。
身内に犯罪者がいたら彼女の父親もただでは済まないだろう。
使用人達はもう何も言えないのか絶句している。
あの私が、お人好しの私がまるで壊れてしまったかのような目で見つめてくる。
私はそれに気付かないふりをして、にこりと微笑んでみせた。
これで誰も、アルテシアを傷付ける者はいないだろう。
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「では、真犯人も見つかったことですし、皆さんはもう帰って良いですよ」
アルテシアがパチンと手を叩く。
執事のロレンツはハッと我に返り、アルテシアを見つめた。
これは一体誰だろう。
自分の知っているアルテシアではない。
(…………いや)
「あ、ロレンツ。今から屯所に行って警察を呼んできて頂戴。カミラもエイミーもここに残りなさい。逃げたらルーヴェン家の威信をかけ、草の根を掻き分けてでも探し出してあげるから」
アルテシアの言葉にロレンツは大人しく頷く。
きっと今までがおかしかったのだ。
身分の低い使用人達からどんなに蔑ろにされても咎めなかった貴族の令嬢。それに胡坐をかき、自分よりも下の存在であると増長した使用人達が異常であった。
自分達が無垢なアルテシアをこうさせてしまったのだ。
フェリクスを見れば、目の前の光景が信じられないかのように立ち尽くしている。
本来であれば使用人を諫めるのは、フェリクスの役目だろう。
けれど先のアルテシアを見てからだと、彼の頼りなさが浮き彫りになるようだった。
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