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第4話 正式な謝罪を要求します




 王都にある学園に通っていた頃、私はフェリクスに一目惚れした。


 光に当たると白く瞬くプラチナブロンドに、まるで絵画から出てきたような美しいかんばせ。物腰も柔らかで、歴史あるオズモンド伯爵家の嫡男として品の良い振舞いをする彼に、ごく一般的な子爵家の令嬢である自分は胸をときめかせたものだ。


 だから彼との婚姻が決まった時、心から嬉しかった。

 フェリクスに病弱な幼馴染の令嬢がいると知って、彼女も含めて支えていこうと思っていた。

 思っていたはずだったのだが………

 

(流石に悪役令嬢扱い+嫌がらせのオンパレード+幼馴染の正妻扱いは無理だわ…………)

 

 離縁一択。私のキャパをはるかに凌駕している。


 すると、私が本気で離縁を望んでいることに気付いたフェリクスは悔しそうに口を開く。


「…………君の気持ちはよく分かったよ。その上で聞きたい。君と離縁しないために、俺はどうしたら良い」

 

(どうもこうも離縁するしかないんだが………)


 しかしこのまま離縁したとして、この私が再び再婚できるとは思えない。

 それに離縁後、生家であるルーヴェン子爵家に身を寄せることになるだろうが、あそこにはもう兄一家夫婦が住んでいて(仲は悪くないが)気を遣わせてしまう。


(それだったらとりあえず今は離縁を保留にして、やっぱりどうしても駄目だったら申し出ても良いのかしら)


 今この状況でフェリクスは私に逆らうことができない。


 それならばこれまで私を不当に扱った報いとして、好き勝手に色々と命令(・・)することだって可能だろう。


「…………そうですねえ。私が今過ごしている部屋について、どう思われます?」

「どう、とは?」

「あら、覚えていらっしゃらないのですか? 私が今寝起きしている部屋は屋敷の北東にある日当たりの悪い小さな部屋です。窓も小さく、メイド達がろくに掃除してくれないため整理はしていますがいつも埃臭い。使用人部屋の方がまだマシでしょう」

 

 本気で私がどんな部屋に住んでいるのか忘れていたらしく、フェリクスが後悔した様子で顔を覆う。

 結婚当初フェリクスはこう言ったのだ。

 

 ───伴侶となるはずだったプリシラの部屋に住まわせるわけないだろう?


 ───この屋敷の中で君にふさわしい部屋はここしかないんだ。

 

 そして与えられたあの部屋は隙間風が吹き、冬になると凍えるように寒くなる。

 そのせいで体調を崩してしまい、それでも用があって彼の元へ向かった時、何と言われただろうか。


 ───君、そんな弱ったふりをして俺に同情させようとする気なのか?


 そんなことを思い出しながら淡々と続ける。

 

「思い出しましたか?」

「……………ああ」

「まず部屋の移動がしたいですね。日当たりが良く、清潔で、作りのしっかりした部屋への移動を希望します」

 

 そして私は「それから」と指を立てる。

 

「この屋敷の使用人達の裁量権を明確にしたいです」

「というと?」

「法律上共同財産として使用人達への裁量権は私にもありますが、雇用主はフェリクス様です。なので使用人達への人事および解雇などの裁量はフェリクス様に一任されているでしょう。その権利を私にも分けてもらいたいのです」

 

 嫌がらせを行うメイド達に対して強いカードが必要だ。彼女らの人事権を得れば、おいそれ舐めた真似はしなくなるだろう。

 これに対してフェリクスは「分かった」と苦々しく頷いた。

 

「もし使用人達が私に危害を加えるようなことをしたら即時解雇いたしますから」

「ああ」

「では誓約書にでも記載しますか。私の方で今日中に準備いたします」

 

 するとフェリクスがそんな私に対して鼻で笑う。


「そんなもの用意しなくとも我がオズモンド家が約束を違えるわけがない! そこまで恥知らずじゃないさ」

「(どの口が…………)そうですか」

 

 そんなフェリクスに私は静かに頷く。


 もちろん納得なんてしているわけがない。部屋に帰ったらきちんと誓約書を書くつもりだし、フェリクスにもサインしてもらうつもりだ。


 しかしちっぽけなプライドを振りかざすフェリクスを前に、これ以上言い返すのも面倒臭くなって適当に受け答えする。

 それにまだ言わなければならないことがあるのだ。

 

「それからプリシラ様を屋敷に住まわせることについて私は何も咎めません」

「! 本当か!?」

「ええ、私は貴方のことを何とも思っておりませんので、彼女の処遇をどうするかは貴方の好きにしたら良いと思います」

 

 そう答えてやれば、フェリクスはほっとした様子で笑みをこぼした。

 本来ならばありえない待遇だろうが、彼が目の前でプリシラを愛でても何も思わないだろう。

 

「ただし、私は彼女の一切に関与しません。反対にプリシラが私に対して害をなそうとした場合、即座に離縁いたしますから」

「プリシラがそんなことするわけないだろう!」


(いや、するんだよな…………)

 

 小説だと私に苛められたと言って、フェリクスや屋敷のメイド達に泣きつくのだ。

 何もしてこないのなら別に良いが、何かしてくるようならただじゃ置かないということを念頭にフェリクスに約束させる。


 分かりやすく顔をほころばすフェリクスに冷めた視線を送る。

 そして最後にこれだけはやってもらわなければならないだろう。


「…………最後に一つだけ、貴方にやってもらいたいことがあります」

「何だ?」

 

 怪訝そうな表情をするフェリクスに、私は深く溜め息を吐く。


「貴方には正式な謝罪を要求します」

「な、」

「当たり前でしょう? 貴方にあれだけ冷遇されて、全部なかったことになんてできません。私は貴方に乞われ、離縁してあげないのです。───それを踏まえた上できちんと私に謝罪することが礼儀なのではないでしょうか」


 謝られても許す気はない。けれど礼儀として一言くらい謝罪するのが筋だろう。


 するとフェリクスは忌々しそうに一瞥し、黙り込んでしまう。

 しんと部屋に沈黙が落ち、彼が自身のプライドと理性でせめぎ合っているのがよく分かった。


 そしてしばらくして、フェリクスはソファから立ち上がった。


「……………………アルテシア・オズモンド。これまで私が行なってきた数々の非道に対して謝罪したい。誠に申し訳なかった」

 

 そう言うものの、視線はじっと私を睨みつけ、表情はこれでもかという程苦悶で歪んでいる。見下していたアルテシアに謝罪するなんて、自身のプライドが許さないのだろう。


 けれどそうすることでしか家を守ることができない。

 そんなフェリクスの謝罪に何だか何とも言えない気持ちになる。


(思ったよりもすっきりしなかったな)

 

「……………それでは部屋の移動の準備もあるので、失礼いたします」

 

 そして私は踵を返し、あの日当たりの悪い物置部屋に戻って行った。


 応接間の中から「クソッ」という悪態が聞こえてくる。

 それを聞こえないふりをして、部屋に移動するための準備に向かった。


 

 ・

 ・

 ・


 

 ───部屋に戻って呆然とする。

 部屋の掃除をエイミーに頼んだのは私に対して舐めた口を利いた罰と、彼女が私の私物を盗むような前科がなかったためである。


 だから油断していた。

 目の前に広がっているのは水浸しになった部屋。ベッドのシーツは黒く染まっていて、水を沁み込ませている。鏡台に置いてある小物にも水が溜まっており、クローゼットを開けてみれば数少ない衣服も濡れてしまっていた。


(……………エイミー)

 

 おそらく仕返しのつもりでこんな嫌がらせをしたのだろう。

 もっと過激な嫌がらせをすれば私が大人しくなると勘違いしたのかもしれない。

 

(一度力関係をはっきりさせておくべきね)

 

 そして私は再びフェリクスのいる応接間へ向かう。

 特に怒りは湧かないが、こんな扱いを受けるのならば放っておくわけにはいかないだろう。


「フェリクス様、今良いかしら」

 

 さっき別れたばかりであるものの、もう一度応接間の扉をノックする。

 するとフェリクスが苛立った顔をして扉を開けた。

 

「何の用だ。これ以上俺に何をしろと………」

 

 そしてそんな彼に、私ははっきりと言い放った。


「屋敷にいる使用人全員、集めてくださらない?」





 

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