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第2話 身の程を弁えないメイド




 日の当たらない屋敷の奥にアルテシア───私の部屋が存在する。

 一見物置部屋のようなそこは12畳くらいしかなくて、ワンルームで一人暮らしをするには十分であるが、貴族の夫人の私室としてはあまりにも粗末で狭すぎた。

 小さな窓が一つしかなくて定期的に換気はしているものの、どこか黴臭い。ふと窓枠に目を向ければ、うっすらと埃が被っていた。


(そういえばメイド達ってこの部屋をあんまり掃除しないんだっけ)

 

 プリシラと結婚できなかった腹いせから、妻であるアルテシアを冷遇する屋敷の主人(フェリクス)に同調するかのように、メイド達もアルテシアを苛めるのだ。


 声をかけても無視をするのは勿論のこと。食事は冷めきったものか、時折用意されないことだってある。

 おまけにアルテシアの部屋の掃除だってまともに行われず、ごく稀に生家から持ってきた私物を盗まれることもあった。


(それを小説のアルテシアは許しちゃうんだよなあ………)


 冷めた食事を出されても許し、食事が用意されない時は自ら支度をすると言って、厨房に入って器用にパンを焼いてみせる。「本で読んだことがあって一度自分で作ってみたかったの!」なんて語り、屋敷の使用人達にパンを差し入れをする姿は今思うと底抜けにお人好し(バカ)すぎるだろう。


 掃除だってメイド達は忙しいのねと自分でやるし、たとえ私物が盗まれたとしても大事(おおごと)にしたくなくて、黙って見て見ぬふりをするのだ。

 前世の記憶を思い出した今、到底それは許容できるものではない。

 

(ま、盗んだ者は街の質屋に売っているみたいだから、そこから犯人を探し出すことなんて造作もないしね)

 

 それに私は前世で小説を読んでいたため、メイドの中の誰がアルテシアの私物を盗んだか知っている。


 しかし、とりあえず今は離縁の準備を進めることを優先しよう。家具は難しいとして、とりあえずすぐにここから出て行けるよう貴重品だけでも纏めなくては。

 といっても私物は少ないためすぐに終わると思うが。

 

 するとその時、扉が外からノックされた。

 

「アルテシア様、フェリクス様が応接室にてお待ちです。至急伺ってください」

 

 扉を開くと、そこには不機嫌そうな顔をしたメイドがいた。


(───メイドのエイミーだわ)

 

 フェリクスの屋敷で働くメイドのエイミー。

 屋敷でアルテシアを苛める中心的なメイドの一人で、フェリクスの幼馴染であるプリシラを崇拝し、プリシラがこの屋敷に正妻として嫁入りするのを楽しみにしていた人物だ。


 アルテシアの私物を盗みはしないものの、主人であるフェリクスとプリシラの結ばれない愛に(勝手に)心を痛め、何も悪くないアルテシアを悪役令嬢扱いする。


「フェリクス様が? 何の用で?」

「プリシラ様のことについてじゃないですか?」


 そしてエイミーは私をキッと睨みつけながら言い放つ。


「…………聞きましたよ。プリシラ様の看病を断ったそうじゃないですか。フェリクス様とプリシラ様の仲をどれだけ引き裂けば気が済むんです?」

「一体何を………」

「いくら貴女があの方達の邪魔をしようと、フェリクス様はアルテシア様のものになんかならないんですよ!」

 

 キャンキャンと高い声で喚くエイミーを白けた目で見つめる。


 この女は上っ面の良いプリシラに騙されて、プリシラを『愛する者と結ばれなかった可哀そうな令嬢』と勘違いしているのだ。

 プリシラもそんなエイミーに対して殊更親切にし、彼女を利用して私に嫌がらせするよう誘導する。

 

(確かエイミーの父親って警官だったっけ?)

 

 その歪んだ正義感を振りかざし、エイミーは(アルテシア)を追い詰めてきた。

 それにアルテシアはいつも心を痛め、耐えてきた。


「……………」

「何とか言ったらどうですか!?」

 

 そしてそのまま掴みかかろうとするエイミーに、私は───平手打ちをした。


「な、」

「───誰に向かって、その口を利いているの?」

 

 正直人を平手打ちにすることなんてしたことがないから加減が分からない。パチンと小気味の良い音が鳴り響き、掌が燃えるように熱かった。


 そしてエイミーはまさか私が反撃してくるとは思っていなかったようで、目を丸くして驚いている。

 

 けれどアルテシアは、これ以上のことをエイミーにされてきたのだ。

 フェリクスと政略結婚し、この屋敷に入り、エイミーは私を敵視してきた。そんな彼女に私はこれまで一体どれほどの屈辱を味わわされただろう。

 

「い、一体何の真似よ!? こんなことをしてフェリクス様やプリシラ様が許すとでも───!」

「いくら貴女の雇用主がフェリクスだからといって、妻である私にそういった態度をとって良いはずがないわ」

「は、」

「夫婦であるならば屋敷の財産は共同であるはず。共同財産である使用人の扱いは私にも一任されているの。その私に歯向かって、無事で済むと本気で思ったの? 身の程を(わきま)えなさい、エイミー」

 

 とはいえもうすぐ離縁する予定であるが、これくらい言ったって構わないだろう。

 そしてそのまま淡々と続ける。

 

「それから貴女、何か勘違いしているようね? 貴女の敬愛するプリシラ様がどうしてここで出てくるかしら。貴女はメイドで、フェリクス様と、妻である()の財産なの。プリシラ様が何?メイドの教育に彼女が口を出す権利はないわ」

「今まで大人しくしていたけど、それが貴女の本性なのね………!」

「どう思おうと勝手にしたらいいわ。だけどこれ以上歪んだ正義感で私を害そうとするのならただじゃ置かないわよ」


 ぐっと悔しそうに黙り込むエイミーに私は命じる。

 

「エイミー、罰としてこの部屋を隅々まで掃除なさい。…………くれぐれも盗人みたいな真似はしないように」


 そう言ってエイミーの横をするりと通り過ぎる。


 後ろからガンと壁を叩くような音が聞こえたが見るまでもないだろう。


 そしてそのまま、私はフェリクスの待つ応接室へ向かった。




 

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― 新着の感想 ―
「正義の味方ごっこ」に酔って雇用主に楯突く 10歳ぐらいまでギリ許されるかの行いを平然とするとか、幼児レベルの知能しかないんだな
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