第13話 貴族に毒を盛るということは
序盤プリシラ視点が入ります。
プリシラがワインに混入させたのは遅効性の毒だった。
数週間にかけ、じわじわと内臓の生殖機能に影響を及ぼし、子を産むことができなくなる作用のものだ。
だからプリシラはその毒をアルテシアに飲ませた。
万が一アルテシアがフェリクスとの間に子供を儲けた場合、いくらプリシラでも自分の立つ瀬がなくなることを理解していたからだ。
アルテシアがグラスに入ったワインを飲み干す様に、プリシラの瞳は弧を描く。
(これでフェリクス様との世継ぎを産めなくなる! アルテシアに子供が産めないと分かると、離縁するしかないでしょう! あとはその座に私が納まれば───!)
フェリクスからの愛を手っ取り早く取り戻すため、余命一年と宣言してしまった。
けれど後から「奇跡的に病はなくなった」とでも言って誤魔化せば良いだろう。その間に同情したフェリクスがアルテシアと別れ、自分と再婚してくれる可能性もあるから。
(ルーヴェン家がどれくらい援助してるか知らないけど、ノートン家とオズモンド家が手を取り合えばきっとうまくいくはずよ)
すると、グラスのワインを飲み切ったアルテシアがプリシラに声をかけた。
「………………随分と嬉しそうですね。そんなにこのワインを私に飲ませたかったのかしら?」
「ええ、もちろん。飲んでくれて嬉しいわ。ところで、ワインはどう? 気に入った?」
「とっても美味しいですよ」
そんなアルテシアの様子にプリシラは笑みを深める。
馬鹿な女。そもそもアンタが悪いのよ。
アンタが私からフェリクスを奪ったのが悪いんだから。
(この毒って無味だけど、ちょっと薬品臭いのよね。毒だと気付くことはないと思うけど、万が一違和感を感じてアルテシアが吐き出す可能性もあるかも)
けれど「まあ、そうなっても別に良いか」と思い直す。
この衆人環視の中で貴族の婦人が嘔吐する様は何ともみっともなくて、みじめだろう。
それにこの先、長いのだ。今ここで吐き出したとしても、プリシラがこの屋敷にいる限り、アルテシアに毒を仕込む機会は訪れる。
しかしその時、アルテシアは「あら?」と声を漏らした。
「? どうしたの?」
「いえ、ごめんなさい。もしかしたら貴女が用意してくれたワインと私の用意したワイン、入れ替えちゃったかもしれないわ」
「は?」
「そこのボトルスタンドに見覚えのないワインが置いてあったから、何かしらと思ってね。何も置かないのもおかしいから、私が代わりに用意したものを置いておいたの」
「………………………はあ?」
そう申し訳なさそうに謝罪するアルテシアに、プリシラはぽかんとする。
(な、何よそれ! 何勝手なことしてるのよ! じゃあこいつは毒入りのワインを飲んでいないってこと?)
「…………そ、それじゃあ、私の用意したワインは一体どこへ? 今からでもぜひ飲んでほしいわ」
しかし気を取り直して尋ねてみる。
するとアルテシアはきょとんと首を傾げた後、ふとプリシラの背後に視線をやった。
一体何を見ているのだろう。
そう思った瞬間、アルテシアが口を開く。
「───あら、貴女達がもう飲んじゃったみたいね」
その言葉に一瞬理解が出来ず、固まってしまった。
飲んじゃったみたい? 誰が?
アルテシアの視線の先を見る。
プリシラが座っていたテーブルの上の───空のワインボトルに視線が注がれていた。
それはプリシラが、その周辺に座る友人やその恋人、そしてフェリクスと共に飲んでいたものだった。
「───ッ!!!」
「見覚えのないワインだったけど、ロレンツに聞いたらプリシラ様がそこのワインスタンドに置いたって聞きましたの。だからもしかしたら仲の良い皆さんと飲むために、わざわざ置いたのかしらと思ってね」
アルテシアがちょっとしたミスをしてしまったように恥じらいながら笑みをこぼす。
「な、あ………!」
「皆さんと一緒に飲まれるものなら、お出ししても良いと思ったの。ごめんなさいね。そんな特別なワインだなんて知らなくて」
そんなアルテシアの声が随分と遠くから聞こえるようだった。
プリシラがこれまで飲んでいたのは、何なのか。
どくんと鼓動が大きく鳴って、体が揺れる。手先は段々と冷えていき、額には脂汗が浮かぶ。息が荒くなり、自身の腹を思わず押さえた。
そこで、ようやく理解が追いついた。
自分は毒を飲んだのだ。
アルテシアに飲ませるはずだった、子を産むことができなくなる毒を。
その瞬間、あまりの気持ち悪さから胃の中のものが逆流する。
晩餐会で食べた食事とワインがせり上がり、身を屈めた瞬間、堰を切ったようにプリシラの口の中から溢れ出した。
「…………おッ、おええッ………!」
「キャアア!」と後ろから友人達の引き攣ったような悲鳴が上がる。
プリシラは自身の白いドレスに嘔吐し、肩を小刻みに震わせ、アルテシアを睨みつけた。
「お、お前………ッ! よくもこんな───!!!」
「貴女、本当に何も考えていないのね」
「はあ!?」
そしてアルテシアは淡々と告げる。
「貴女が飲んでいたワインには何も入っていないわよ。貴女みたいに毒入りワインを簡単に人に飲ませるわけないでしょう」
◇
目の前で吐瀉物だらけになりながら自分を睨みつけてくるプリシラに、思わず溜め息を吐いてしまった。
そんな簡単に毒なんて盛るわけないだろう。
プリシラじゃないのだ。貴族が他所の貴族相手に毒を盛ることに何を意味するのか、そしてどう行き着くのか想像すれば、そんな恐ろしいことできるはずがない。
(なのに私の言った言葉を簡単に信じて、吐いちゃうなんて───)
自業自得であるが、ここまで愚かだと流石に同情してしまう。
けれどこの女は私に対して毒を飲ませようとしたのだ。到底許すことなどできない。
「毒………? 毒とは一体何のことだ………?」
すると嘔吐したプリシラに顔を引き攣らせながら、フェリクスは呆然と尋ねてくる。
そんな彼に私ははっきりと教えてあげた。
「このプリシラ・ノートンは私に遅効性の毒物の入ったワインを飲ませようと企んでいたんです。私は事前にそれを把握し、プリシラの用意したワインをすり替えたのですが………どうやら彼女は自分がその毒入りワインを誤って飲んでしまったと勘違いしてしまったんでしょうね」
「な、あ、あんたが私に、私に飲ませたって………!! ひどい!! 私をこんな目に遭わすなんて───!!」
「ひどい? 最初に毒を盛ろうとしたのは貴女じゃないですか」
自分を棚に上げてどの口が言っているんだろう。
被害者面をして喚くプリシラに、私は改めて告げた。
「プリシラ・ノートン。ノートン子爵家の者が故意にオズモンド伯爵家夫人を毒殺しようとしたのは、如何なる理由があろうとも看過できるはずありません。
───オズモンド家、ひいては我が生家ルーヴェン子爵家に仇なす者として、まさか戦争を引き起こそうとしているのではないでしょうね」
他家の者を害そうとしたのだ。
貴族間同士の戦争の引き金となってもおかしくないだろう。
貴族が他所の家の者に毒を盛るというのは、そういうことなのだ。
すると流石のプリシラも事の重大さに気付き、顔を青褪めさせた。
「そ、そんなつもりじゃ………! 大体私が毒を盛ったなんて証拠どこにもないでしょ!?」
「私が回収したワインを調べれば良いだけです。貴女がそのワインスタンドに毒入りワインを置いた姿も、執事のロレンツが確認しております」
するとプリシラは言葉を詰まらせ、私ではなく呆然と立ち尽くすフェリクスに叫んだ。
「フェリクス様! フェリクス様は私のことを信じてくれるわよね!? 私がそんなことするわけないと、アルテシア様に言ってちょうだい!」
「い、いや、プリシラ、それは…………」
あまりの惨状にフェリクスは顔を土色にさせて絶句している。プリシラの取り巻き達も静まり返り、こちらを凝視していた。
プリシラの生家ノートン子爵家から招待された若い親戚達は、他家との戦争の可能性に脂汗をかいて顔を引き攣らせていた。
フェリクスは役に立たないし、取り巻き達も野次馬となっている。その味方のいない状態にプリシラはいよいよ立ち尽くした。
そしてそんな彼女に対して、私は追い詰めるように続ける。
「それから貴女が毒をどこから手に入れたのかも、すでに分かっていますよ」
プリシラの肩がびくりと震えた。
「プリシラ様、貴女はその毒を自分の担当医である医者から金と引き換えに貰い受けたのでしょう?」
前世で読んだ小説の知識ですでに知っている。
プリシラの担当医は金目のものと引き換えに、毒の用意も偽造文書の作成も行うヤブ医者だ。
「何で、そんな………」
「エイミーというメイドを覚えています?」
「エ、エイミー?」
「そのエイミーの御父様はとても親切な警察の方でして、貴女の担当医の動向を少し調べてほしいと言ったら、快く引き受けてくれたんですよ」
エイミーが逮捕された後、彼女の父親である警官からどうか賠償金を減額してほしいと内密に嘆願書が送られてきたのだ。表向きは縁を切ったというのに、親としての情を捨てきれないんだなと思う。
そして、それと引き換えにプリシラの担当医の身辺調査を頼んだわけだった。
「彼を事情聴取すれば、すぐに真実が明らかになるでしょうね」
貴女の余命一年という診断結果も、偽証されていることだろう。
それもきっと白日のもとに晒される。
「貴女の身体の弱さもその余命の短さも、全てその担当医の判断だとしたら偽証の可能性が高いでしょう。良かったですね、プリシラ様。健康な身体だと証明されて」
そう言い放てば、プリシラは力を無くしたようにその場で崩れ落ちた。
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