第11話 晩餐会への招待
小説ではカリオストロ伯爵夫人による舞踏会以降、アルテシアに対するフェリクスの態度は軟化していく。
一緒に食事をする約束を取り付けたり、気まぐれに花を贈ってきたりするのだ。
これまでの自身の行いを清算するようにフェリクスはアルテシアへの態度を直し、それに戸惑いながらもアルテシアは受け入れるのだが………
(いや、そんなことで今までされてきたことが帳消しになるわけなくない?)
「たまたま花を貰う機会があってな。本当はプリシラに渡そうと思ったんだが、その、いるか………?」
「いりません」
自室にて、先日舞踏会で顔を合わせた一部の貴族達に向けて御礼の手紙をしたためていると、フェリクスがやって来た。
視線を外し、気恥しさを誤魔化すように花束を渡そうとしてくるフェリクスに鳥肌が立ちながら断る。
そして私は思わず天を仰ぎそうになった。
(一体何なんだ、この人は………!)
少し前までフェリクスが私のことを好きになるはずがないと高を括っていたのだ。
しかし舞踏会以来、フェリクスは原作通り私への態度を軟化させてしまった。流石にこれでフェリクスの気持ちに気付かない程、鈍くはない。
前世の記憶を思い出す前の私だったら、きっと今頃嬉しくて舞い上がっているだろう。
けれど散々私を冷遇しておいて、掌を返したように態度を変えるフェリクスに「何を今更」と嫌悪感しか湧かない。
「あの、はっきり言って迷惑です。プリシラ様にお渡しするつもりなら、プリシラ様にお渡ししたのがよろしいかと」
「もう気付いていると思うが、これは君に対する誠意のつもりだ。これまで君のことを勘違いし、酷い目に遭わせてきただろう」
「………………勘違い?」
「ああ、だからその償いとして受け取ってほしいんだ」
「……………」
(───勘違いって、何だろう)
フェリクスの言葉に引っ掛かり、思わず表情が引き攣ってしまう。
私はその勘違いで、5年もの間、屈辱を受けてきたのか。
勝手に悪妻として扱われ、フェリクスを愛しているという気持ちに胡座をかかれ、どのような辱めを受けても耐えてきたあの年月は、一体何だったんだろう。
フェリクスが固まる私を不思議そうに見つめてくる。
この残酷なまでに鈍感な彼に途方もない虚しさが押し寄せる。
きっと私が何を言ったって、フェリクスは理解できないだろう。
すると彼は「そういうわけで貰ってくれ」と無理矢理花束を押し付け、踵を返してしまった。
「………………はあ」
しかも最近、プリシラの視線が一層鋭くなっているのだ。
普段部屋に引き篭もっているものの、所用があって部屋を出ると、見計らったようにプリシラと鉢合わせる。
特に何もしてこないから良いものの、このままだと絶対に何か仕出かしてくるだろう。
この先の小説の展開として、アルテシアに惹かれていくフェリクスを取り戻そうとプリシラは一計を図る。
そこでふとあることを思い付いた。
名ばかりの妻として扱ってくれそうにないフェリクスと、私を陥れてフェリクスと離縁させようと目論むプリシラ。
(……………もうそろそろ、潮時なのかもしれないわね)
私は自室からこそこそと出て食堂の厨房に向かった。
そして目的の人物を見つけ、口を開く。
「───ごきげんよう、サム」
厨房の隅で仕入れた食材を確認している屋敷の料理長サムに声をかければ、彼は驚いた様子でびくりと肩を震わせた。
「お、奥様!?」
ちょっと前まで私を苛めていたメイド達に我関せずだった使用人。
そんな彼に言い放った。
「ちょっと頼みたいことがあるの。引き受けてくれるわよね?」
◇
厨房から自室へ戻れば、扉の前にプリシラが佇んでいた。
そして私の姿を一瞥すると、彼女は笑みを貼り付けながらこちらに近寄ってくる。
「ごきげんよう。ずっと貴女と話したいと思っていたのに、中々会えないんだもの。今良いわよね?」
「…………何か御用で?」
「今度この屋敷で晩餐会を開こうと思っているの! それに貴女も招待したくて」
そんな彼女の言葉に思案する。
オズモンド家の屋敷で催されるプリシラ主催の晩餐会。
小説にもそのエピソードは挟まれていて、プリシラの生家であるノートン子爵家の者や、社交パーティーで知り合った彼女の友人達にその恋人達が招待される。
その晩餐会はプリシラの味方ばかりで、ドレスコードが指定されているにも関わらずわざとアルテシアに違った格好で来させて恥をかかせたり、アルテシアを辱めようと少量の毒入りワインを飲ませ、衆人環視の中、嘔吐させるのだ。
「…………良いですよ。楽しみにしております」
「まあ、本当? 格式ある晩餐会にするつもりだから、一番華やかなドレスを着てきてね!」
「ええ、分かりました」
いけしゃあしゃあと宣うプリシラを冷ややかに見つめる。
この晩餐会のドレスコードは男性がタキシード、女性はモスリン素材の白いドレスを纏うことになっている。
プリシラに指示されて小説のアルテシアは豪奢なワインレッドのドレスを纏い、プリシラの取り巻き達の笑い者になってしまうのだ。
よくもまあ次から次へと嫌がらせが思いつくなと感心する。
「それじゃあ、楽しみにしていてちょうだい!」
「ええ、楽しみにしています」
プリシラの言葉に本心から頷いてみせる。
だってこの晩餐会で、プリシラの顔を見るのは最後になるのだから。
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