第10話 それぞれの誤算
一部フェリクス、プリシラ視点があります。
舞踏会はつつがなく進み、私とフェリクスは一足先にオズモンド伯爵家の領地へ戻ることにした。
カリオストロ伯爵家の小宮殿からオズモンド家の領地は馬車で遠い。本来ならば王都で一泊しても問題ないのだが、そうするとプリシラが五月蠅いだろう。
帰りの馬車にて「気疲れしたなあ」と思いながら目を伏せていると、これまで黙り込んでいたフェリクスがぽつりと尋ねてきた。
「………………あの中庭でグレン・バージェス卿と何を話していたんだ? 俺の妻ともあろう人間が、ああやって安易に男と二人きりになるのはいささか奔放すぎるのでは」
「………………どこから突っ込めば良いか分かりませんが、まず私とバージェス卿は貴方が考えているようないかがわしい関係ではありません。貴方も見ていたようにバージェス卿は明らかに私から距離を保っていたでしょう」
「…………」
「それから貴方に色々と詮索される筋合いはないと思いますが」
どの口が言ってるんだよと遠回しに言えば、フェリクスは何も言い返せないのか口籠る。そんな彼に首を傾げた。
(いきなり何なの? 私とグレンの間には何もないけど、フェリクスが私達の仲を勘繰る必要性はなくない?)
だってフェリクスはプリシラが好きなはずなのだ。
もしかして本当に家の名誉が傷付くことを気にしているのだろうか。
(でもフェリクスって妻である私をエスコートしない理由に、私がいかに嫌な女であるかってことを周囲に風潮していたわよね?)
じゃあ何でそんなことを言ってくるんだ?
矛盾しているにも程があるだろう。
しかしその時、ふと思いついてしまった。
私の思い過ごしかもしれないが、ある一つの仮説が脳裏を過ぎ去っていく。
(…………───え、もしかしてフェリクス。小説の展開通り、アルテシアのこと気になり始めてる………?)
カリオストロ伯爵夫人の舞踏会にて、原作だとフェリクスはアルテシアの淑女としての完璧な立ち振る舞いを見て徐々に惹かれ始めるのだ。
確かにオズモンド伯爵夫人としてパーティーでは、これでもかと気を使い、妻としての務めを果たした。
それは一概にフェリクスがプリシラだけを愛するという前提があったからに過ぎない。
(…………いや、でもそれはないか)
前世の記憶を思い出す前の、フェリクスのことを一途に愛する私ならば、今回の舞踏会をきっかけに惹かれただろう。
けれどすでに私はフェリクスに「これっぽっちも愛していない」と言ってしまっているのだ。
こんな可愛げのない私を好きになるはずがない。
(……………うん)
しかし、念には念をと一応牽制の意味を込めて口を開く。
「……………フェリクス様、貴方はプリシラ様のことを愛していますよね?」
今更原作通り私を好きになるなんてこと、ないよね?
そんな意味を込めて言えば、フェリクスはそこで複雑そうな表情をした。
「あ、ああ。それは、そうなんだが………」
「それなのにまさか私に懸想しているなんてことはありませんよね?」
「そ、そんなわけないだろう! 俺にはプリシラがいる!」
「ええ、そうですよね。私のことをちょっとでも良いなんて思うわけないですよね? 何もかも今更過ぎるんですから」
厳しく言ってやれば、フェリクスは何だか落ち込んだ様子で「ああ」とぼんやりと頷く。
そうそう、それで良い。
万が一、貴方が原作通り私のことを好きになっても、私は絶対に貴方を許せない。
最終的に病弱な幼馴染のプリシラではなく、妻であるアルテシアを選んだとしても、絶対にその想いには答えられないのだから。
◇
「───ねえ、フェリクス様、どうしてそんなにぼんやりしているの?舞踏会で何かあったの?」
カリオストロ伯爵夫人による舞踏会後、夜はもう遅いというのにプリシラと一曲踊るという約束を取り付けてしまったため、重い体を引きずってフェリクスは彼女に付き合う。
正直言って王都から離れた小宮殿への馬車移動はきつく、可能ならば熱い湯を浴びてもう横になってしまいたかった。
けれどそれを言えばプリシラの機嫌を損ねてしまうのは明白で、フェリクスは誤魔化すように笑みを浮かべる。
「あ、ああ、いや、何でもないよ。それより今朝来ていたドレスから着替えたんだね」
「ええ! やっぱり急ごしらえのドレスは作りが悪くて良くありませんでしたから。また今度別のアトリエでドレスを用意してくださらない? 新しいドレス姿を早くフェリクス様に見せてあげたいわ!」
無邪気に宣うプリシラに対して、これまで感じたことのない苛立ちがフェリクスを襲う。
───あのドレスに、いくらかかったと思うんだ。
短期間での納品に、ふんだんに使用した真っ白な高価な絹。ピンクダイヤモンドが至る所に飾り付けられ、カットまでされたそれは、まるで王家の姫君が特別な場で見繕うような豪奢な仕立てとなっていた。
そしてその分当たり前であるが、費用は掛かる。
執事のロレンツから渡された請求額を見て「屋敷が一棟建つじゃないか」と思ったのは言うまでもない。
それほどまでのドレスを贈ったというのに、プリシラは礼も言わず、気に入らないと言う。
フェリクスの心が不意に陰る。
───アルテシアだったら、そんなことを言わない。そもそもこんなことにはならないだろうな、と。
「フェリクス様?」
「……………プリシラ、体調は良いのかい? もう夜も遅いから寝た方が良いと思うが」
「あ、えっと、今日は体調が良いの! もう少しだけ一緒にいない? それとも今日は私の部屋に来る?」
「…………いや、止そう。今日のパーティーでは色々と影響力のある方と知り合うことができてね。彼らの情報の整理もしたいから、俺は今から仕事に戻るよ」
そしてフェリクスは苛立ちからか、言わなくとも良いことまでつい口走ってしまう。
「今後社交的な場へ君を連れていく際は、アルテシアを見習って最低限のマナーは身に付けておいてほしい」
「アルテシア様を………?」
「ああ、今日の彼女の振舞いは貴族の夫人として完璧だった。君もあれくらい出来るようになってくれないとね」
そしてフェリクスはその場から踵を返す。
残されたプリシラがどのような形相をし、怒りで身を震わせているのかも見ず。
◇
(な、何あれ………! 何なのよ………!)
ホールに残されたプリシラは立ち去って行ってしまったフェリクスの後姿を見送り、あまりの怒りで頭が沸騰しそうになっていた。
───フェリクスの両親であるオズモンド夫妻とプリシラの両親は学生時代からの旧友だ。
そういった縁もあり、幼い頃からフェリクスと共にいたのだが、まるで絵画の中から飛び出してきたような美しい幼馴染にプリシラが恋に落ちるのは遅くなかった。
プリシラの理想を煮詰めたような誰もが見とれる美貌に、王立学園を首席で入学できてしまう程の頭脳。そんなフェリクスの気を惹くために、一番簡単だったのは「身体が弱い」ふりをすることだった。
良く言えば純粋、悪く言えば騙されやすいのか。フェリクスはプリシラのその演技に簡単に騙されてくれた。
プリシラに王立学園に通えるほどの学力もなかったため、わざと「体の不調により通うのは困難だ」と言えば彼は大層同情してくれた。
フェリクスも次第にそんなプリシラを愛おしく思い始め、互いに結婚するとばかり思っていたのだが───
(あんっな女のどこが良いのよ………!!!)
アルテシア・ルーヴェン、否アルテシア・オズモンド。
最初の頃は良かった。フェリクスがプリシラの愛を証明するように、あの女を冷遇してくれたから。
しかしプリシラがこの屋敷に住むと決まってからは何もかもうまくいかない。
フェリクスとプリシラの結ばれない愛に同情的だったエイミーというメイドはクビになったし、そのせいでアルテシアを苛める使用人はいなくなってしまった。
おまけに今回の社交パーティーでは、プリシラではなくアルテシアを連れて行ったのだ。
(フェリクスは私のものなのに! あんな女のどこが良いのよ!?)
おそらく今日の舞踏会で、プリシラがいない間にアルテシアがフェリクスに何か吹き込んだのだろう。
(きっと私のあることないこと悪口を吹き込んだに違いないわ! 絶対に許さないんだから!)
元々プリシラはフェリクスとアルテシアを離縁させ、正妻になるべく「療養」という目的でオズモンド家の屋敷に入り込んだのだ。
完膚なきまでにアルテシアを叩き潰さないとこの怒りは収まりそうにないだろう。
(───そうだ。いいこと思い付いた)
プリシラの頭にとある計画が思いつく。
アルテシアが絶望するであろう計画にプリシラは美しいかんばせを歪ませた。
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