第1話 名案ですね!離縁しましょう!
軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。
「アルテシア。幼馴染のプリシラだ。今日から彼女を屋敷に住まわせるよ」
夫であるフェリクス・オズモンドにそう言われた時、私の中で張り詰めていた糸がぷつんと切れたような感覚がした。
しかしフェリクスはそんな私に気にも留めず、一人の女性を差し出す。
柔らかそうな金糸の髪に色素の薄い碧眼。触れたら折れてしまいそうな程、儚げで美しい女性が恥じらうようにフェリクスの隣に佇む。
夫の幼馴染である令嬢、プリシラ・ノートンだ。
昔から身体が弱く、まともに学校へ通ったこともない。
そのせいか夫であるフェリクスは小さい頃からずっと彼女の身を案じ───いつかプリシラと結婚することを夢見てきた。
───私と政略結婚するまでは。
「君も知っての通りプリシラは、昔から身体が弱くてね。最近体調が崩れやすくなっているから、療養のためにこの屋敷に住まわせることにしたんだよ。君には同じ女性としてプリシラの面倒をみてもらいたい」
胸にざらりとしたものが触れる。
この人は一体何を言っているのだろう。
私がどんな思いで貴方のことが好きなのか知っているくせに、どうしてこんな残酷なことができるのだろう。
フェリクスが幼い頃からプリシラを愛しているように、私も王立学園時代から彼のことを陰ながら想っていた。
───だから、たとえどんなに彼から冷遇されても耐えられたのだ。
「伴侶となるはずだったプリシラの部屋に住まわせるわけないだろう?」と言って、使用人部屋のように小さくて質素な部屋に通された。
そんな扱いにメイド達はあからさまに見下し、主人の妻である私に嫌がらせを始めた。
社交パーティーではいつも幼馴染のプリシラをエスコートし、妻である私がいかに嫌な女かを語り、ありもしない噂を立てた。
プリシラと結婚できない鬱憤を私で晴らすかのように、これまで私はフェリクスから酷い扱いを受けてきた。
けれどここに来て、ついにはプリシラの面倒をみろという。
学生の時から貴方のことが好きなのに。
こんなにも愛しているのに。
私の気持ちを知っているはずなのに、彼女を屋敷に住まわせるなんて───!
しかし次の瞬間、あまりの衝撃からか。ある記憶が走馬灯のように流れ込んできた。
(……───あれ?ここって『トゥルーエンドは貴方と共に』の世界じゃない………?)
恋愛小説『トゥルーエンドは貴方と共に』。
病弱な幼馴染プリシラをいつも優先する夫フェリクスと、そんな彼を一途に愛する妻アルテシアの物語。
幼馴染のプリシラと結婚できない鬱憤からフェリクスはアルテシアを冷遇するが、学生時代から陰ながら彼に恋してきたアルテシアは決してめげることなく、健気に彼を愛する。
そしてそんなアルテシアの想いがようやくフェリクスに通じ、夫婦として仲睦まじく暮らしていくと───いう話だ。
ちなみにプリシラの『病弱設定』は偽りで、最終的にそれがフェリクスに露見し退場する。
幼馴染から騙されていたことに傷付き、フェリクスは自分を真摯に愛してくれていたアルテシアへの冷遇に深く後悔するのだ。
しかしアルテシアはフェリクスを許し「もう一度夫婦としてやり直していこう」と前向きに言うのだが…………
(……………………え、許せるわけなくない?)
前世の記憶を思い出した今、自分の状況を客観的に見つめ直すとフェリクスからされてきた所業があまりにも酷すぎて百年の恋も冷める。
政略結婚とはいえ元子爵家の令嬢である妻の私に隙間風の入る黴臭い、物置部屋みたいな部屋に住まわせたのだ。
しかもメイド達の行う嫌がらせだって見て見ぬふりをするわ、社交パーティーでは幼馴染のプリシラを連れて行く始末。そのため「アルテシア・オズモンドは貴族の妻としての仕事を放棄しているのでは」といった悪評が社交界に流れていた。
けれど前世の記憶を思い出す前の私は学生時代からフェリクスに片思いしていたというのもあって、ただひたすら健気に耐えてきた。
そして小説終盤ではその思いが実り、彼からの溺愛生活が始まるのだが………
(こんな男から愛されても嬉しくなくない?)
まじで顔しか良くないんだが、本当にどこが好きだったんだろうと今更なことを考える。
「…………アルテシア?」
「へ? あ、はい。何でしょう?」
「君の耳はいつから遠くなったんだい? だから、病弱なプリシラの面倒を君にみてほしいと言っているんだ。同じ貴族の女性として、プリシラに必要な配慮など分かるだろう」
苛立った様子のフェリクスに考え込む。
今回プリシラをオズモンド家の屋敷に住まわせるのは、物語の最終エピソードだった気がする。
ここでアルテシアは張り裂けそうな心に蓋をしながらプリシラの面倒をみるが、プリシラやメイド達に嫌がらせを受けながらも耐え続けるのだ。
そしてその最中、アルテシアはプリシラが医師から偽造診断書を用意してもらっていることに気付く。
アルテシアはそんなプリシラの病弱設定を証拠付きでフェリクスに突きつけ、ハッピーエンドを迎えるわけだが………
(何かもうどうでも良いかな)
「お断りします」
「…………………うん?」
「プリシラ様でしょうか? 彼女の面倒なんて真っ平御免です。私ではなく責任をもって貴方が面倒をみるのが筋なんじゃないでしょうか」
プリシラの面倒を見ると頷けば、そこから彼女による苛烈な嫌がらせが待っているのだ。そんなことされるのを知っていて面倒なんて見ていられるかと思う。
はっきりとそう返せば、フェリクスの顔が怪訝そうに歪んだ。これまで彼の言うことに対して逆らいもしなかったため私の初めての反応に驚いているのだろう。
するとしばらく黙り込んだ後、フェリクスは残念そうに言い放った。
「───それなら君と離縁するしかない。君がそんな薄情な女性だとは思わなかったよ。この屋敷でプリシラとうまくやっていけないというのなら出て行ってもらうしかないな」
「それは名案ですね! では離縁いたしましょうか!」
おそらく離縁をちらつかせれば縋ってくると考えたんだろう。
しかし今の私にとってこれ以上の良案はない。
フェリクスはそんな風に返されると思ってもいなかったのか、きょとんとしたまま目を丸くしている。
17歳の頃に彼と政略結婚して5年。私達の間には子供もいないのだ。だからちょうど良かった。
このままフェリクスとプリシラが再婚したって良い。だってもう私は一ミリも彼のことを愛していないから。
「それでは離縁の準備を進めさせていただきますね。まず私の生家に離縁する旨を報告後、神殿に離縁状を提出いたしましょうか。生家への報告と離縁状の準備はお任せください」
「……………本気で言っているのか?」
「ええ、もちろん本気です。およそ3日程で終わるでしょう。では私は部屋に戻って、荷物をまとめますね」
どこか呆けた顔をするフェリクスに晴れやかな気持ちで踵を返す。
生家へ手紙を出さなきゃいけないし、離縁状の準備をしなければならない。屋敷を出て行くために荷物もまとめなくてはならないから急ぐ必要があるだろう。
フェリクスの気持ちが変わらない内に早く離縁しなければと、私は浮足立ちながら部屋に戻った。
読んでいただき、ありがとうございました!
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