09. 道を開けろ!
世界一のかっこよさを目指す男、鳴紫恋。
裏切りと狂気が渦巻く倉庫の奥で、
誰かの叫びが確かに届く。
道を開けろ!
ここから先は、鳴紫恋がすべてを塗り替える。
恋が光の尾を引いて走り去ってから、
しばらく経った。
「……っ、……う……」
翔がゆっくりと意識を取り戻し、まぶたを震わせた。
「おい、翔!大丈夫か?立てるか?」
剛の声が近くで響く。
翔はぼんやりと空を見つめ、
次第に記憶が戻ってくる。
白石ほのかを襲ったこと。
邪魔に入ってきた、あのナルシスト。
無我夢中でナイフを振り回し――
そして、あいつに倒されたこと。
翔ははっと身体を起こした。
「……俺は……あいつに負けたのか……?」
頬に貼られた冷却シートが
ひんやりとした感触を残す。
剛は苦い表情でうなずいた。
「……あぁ」
翔もまた、悔しさを噛みしめるように顔を歪めた。
「そうかよ。
武器まで使って、女まで殺そうとして……
このザマか。笑わせる」
剛は視線を逸らす。
「それで?俺たちは罰を受けるのか?
任務もまともに達成できねぇ負け犬なんざ、
必要ねぇもんな」
「いや……罰は受けなくてよくなった」
「は?なんで言い切れんだよ」
「白石ほのかが……
俺たちの依頼者に身を挺して頼んだんだ。
見逃してほしいってな。
だから、俺たちは助かった」
「……は? 意味わかんねぇ」
「じゃあ俺たちは、
殺そうとした相手に助けられたってのか?
クソッ……バカにしやがって!」
翔は自分の不甲斐なさに歯を食いしばった。
惨めさが胸の奥から込み上げてくる。
「……そうかよ。
俺たちは、どこまでいっても惨めなんだな」
「なぁ、翔。落ち着けって」
「これが、落ち着いていられるかよ!」
「敵だったやつに…
殺そうとしたやつに助けられたんだぞっ!」
剛は言葉を失う。
翔は荒い呼吸を整えながら、剛を睨んだ。
「……で? どうすんだよ、これから」
剛は一度息を吸い、決意を込めて言った。
「……助けに行かないか」
「は? 誰をだよ?
まさか、
白石ほのかを助けに行くとか言わねぇだろうな?」
「都合のいい話だってのは分かってる。
だけど……俺は恩を返したい」
剛は続けた。
「あのナルシストに言われて、ハッとした。
俺はいつも諦めてた。
どうせ無理だ、どうせ変われねぇって。
でも……今度こそ変わりたい。
もう、自分に負けたくねぇ」
翔は呆れたように鼻で笑った。
「……意味わかんねぇ。一人で行けよ。
あのナルシストに何言われたか知らねぇけど……
いきなりキメぇんだよ、お前」
「翔、頼む。
俺たちはずっと一緒だったろ?
今度こそ、二人なら――」
「どの口が言ってんだよ!」
剛は言い返せず、沈黙が落ちる。
翔がその沈黙を破った。
「……お前、さっき途中から戦わなかったよな?
なんでだ、なんで戦わなかった!
二人で一緒じゃなかったのかよ!」
翔はゆっくりと立ち上がり、
怒りを押し殺した声で続けた。
「俺たち……いつも二人でやってきた。
どんな相手でも、どんな無茶でも……
お前が横にいたから、俺はやれたんだ」
剛は息を呑む。
翔は拳を震わせながら言った。
「だけど今回は違った。
俺が前に出た時……お前は後ろで折れてた。
俺が倒れるまで……お前は何もしなかった」
剛は苦しげに顔を歪めた。
「……すまない。
それでも、俺はお前と一緒に……これからも――」
「信じられるかよ!
どうやって信じろってんだそんな言葉!」
翔の声は冷たかった。
「もう俺は、お前とは一緒に戦えねぇ。
……悪いけど、お前とはここまでだ」
「翔、待ってくれ!
都合のいい話だってのは分かってる。
許してくれとは言わない。
俺はダメで、意気地なしで、どうしようもない。
でも……俺はお前と――」
翔は背を向けた。
「じゃあな、相棒。……楽しかったぜ」
剛は伸ばしかけた手を、ゆっくりと下ろした。
「……翔!!」
翔は振り返らない。
二人の間に、決定的な断絶が落ちた。
そして――
それぞれの道を歩き出す。
--
時間は少し遡り――
恋が意識を取り戻す少し前。
使われなくなった体育館裏の倉庫。
夕暮れの赤い光が差し込む中、
入口には無言の男二人が仁王立ちしていた。
どちらもこの学校の生徒とは到底思えないほど
ガタイがいい。
肩幅は大人並みに広く、腕は太く、
制服でも私服でもない黒いジャケット姿。
まるで、
別の世界から切り取られたような異質さがあった。
こんな連中、
どうやってこの学校に忍び込ませたのだろうか。
ほのかは不思議に思った。
「着いたよ!ここが僕のアジト!
かっこいいでしょ?」
「さぁ、入って入って」
タカシは楽しそうにそう言うと、
そそくさとほのかをアジトへ誘導する。
「……どけ、邪魔だ」
タカシの一言で見張りの男たちは即座に頭を下げ、
道を開ける。
「ハッ!」
そして、見張りの一人が重い鉄扉を押し開けた。
ギィィ……と鈍い音が響く。
ほのかは息を呑んだ。
中は――学校の倉庫とは思えないほど広かった。
いや、広いだけではない。
暗がりの中に、黒い影がずらりと並んでいる。
よく見ると、それは人だ。
タカシの手下と思われる男たちが、
ざっと見ただけで百人以上。
制服を着た同級生や、先輩、
中には黒服を着た大人までいるように見えた。
「これは一体……」
ほのかは呆気に取られている。
「驚いた?これ全部僕の施設!
正確には僕が作らせた施設!
使われなくなった体育館裏の倉庫を改造して
僕だけのアジトにしたの。
あぁもちろん、学校側には許可を取ってるよ!
そこら辺は安心して」
「許可って……あなた一体何者なの?」
「こう見えて、僕の親は超お金持ちなんだぁ。
だから僕が頼めば何でも手に入るってわけ。
学校側も寄付金さえ積んどけば
文句を言ってこない。
金さえあれば全てが手に入る。
素敵な部下たちもね」
ざわ……と低いざわめきが起こる。
タカシはほのかを連れて堂々と中へ歩みを進めた。
「お前ら、ご主人様とその女神のご帰宅だ。
おもてなしの準備をしろ」
「イエス、ボス!」
手下たちは一斉に動き出し、
倉庫内のあちこちへ散っていく。
そのバラバラな動きに、
ほのかは気味の悪さを感じた。
「こんなに人を雇って一体何を企んでるの?」
「別に何も?ただの趣味だよ。
ペットを飼うのと一緒、そこに理由なんてない。
飼いたいから飼っているに過ぎない。
単なる暇つぶしかな」
そう言って部下たちを見つめるタカシの目には
大きな虚構があるように感じた。
「さ、ほのか、
こっちに見せたいものがある。
僕の部屋だ、ついてきて」
ほのかは黙ってついていく。
倉庫の奥――
そこだけ異様に綺麗に整えられた白い扉があった。
タカシは鍵を回し、扉を開ける。
「入って」
ほのかが足を踏み入れた瞬間、息を呑んだ。
なぜなら、
部屋中に無数の写真が貼られていたからだ。
同じ学校の生徒たち。
クラスメイト。
廊下で見かける顔。
部活の先輩。
知らない学年の生徒。
そして――
その中にはほのかの写真もあった。
しかも、何十枚も。
笑っている写真。
下校中の写真。
友達と話している写真。
家の前で撮られた写真まである。
ほのかは絶句する。
タカシは満足げに部屋を見渡し、ほのかに微笑む。
「いい部屋でしょ?みんな僕のコレクション!
まるで美術館みたいだ」
ほのかは震える声で問いかけた。
「……どうして……?
どうして私たちの写真を……?」
タカシはゆっくりとほのかの方へ歩み寄る。
その目は、優しさでも怒りでもない。
ただ、狂気だけが静かに宿っていた。
「どうしてって?そりゃ、好きだからだよ?
僕はみんなを愛してる!
愛して、愛して、愛して、愛して!
狂おしいほど君たちを愛してる!!」
タカシは壁に貼られたほのかの写真にそっと触れた。
「この写真はすごくいい……よく撮れている。
綺麗だよ?ほのか」
ほのかの背筋が凍る。
「私だけじゃなかったってこと?
愛しているのなら、
どうしてこんな酷いことをするの?」
「酷い?
酷いことなんて僕は1ミリもしていない。
写真を撮っているのだって
君たちに悪い男が寄り付かないようにするためだ。
いつも見守ってあげないと。
そのために、
部下たちを使って君たちの監視をさせているんだ」
「理解ができない…」
ほのかをとてつもない嫌悪感が襲う。
「理解ができない?
あはは、君はまだ若いからね。
本当の愛を知らないだけだよ。
愛されることってのは
実はとても難しいことなんだ」
すると突然タカシの表情が変わる。
「だけど、君たちは僕の愛を否定する。
だから仕方なく、部下を使って僕を拒絶したこと、
改心してもらわないと。
心が痛むが、これも愛ゆえにだよ」
「だが今朝は一件、改心させている最中に
あのナルシストバカに邪魔された!
死ぬほどむかつく!
何で朝からあんな場所にいんだよあのバカは?
何が世界一のかっこいい男だ!
そんなもの、世界一金持ちな男に決まってるだろ?
お前なんかがなれるわけないだろ?」
そう言い終わると、またタカシの表情が変わる。
「だけど他の子と違う。ほのかは分かってくれた。
自らここに来てくれた。僕はそれだけが嬉しいよ」
その瞬間――
部屋の空気が、ぴん、と張りつめた。
ほのかの指先がわずかに震え、
唇がきゅっと結ばれる。
胸の奥で押し殺していた感情が、
もう抑えきれないほど膨れ上がっていく。
そして――
静かに、しかし鋭く。
「……気持ち悪い」
タカシが首を傾げる。
「ん? 今、何か言った?」
ほのかは顔を上げ、怒りを隠さずに叫んだ。
「気持ち悪いって言ったのよ、このクズ野郎!!」
タカシの目がわずかに見開かれる。
「……っ!?」
ほのかは止まらなかった。
胸の奥に溜め込んでいた恐怖と嫌悪が、
一気に噴き出す。
「気持ち悪い!何が愛よ!
何でもかんでも好きだの愛だのって
自分を正当化してるだけじゃない!」
ほのかは止まらない。
「そもそも一人にしなさいよ!
節操のないこのクズ男!
相手が嫌がってるのに、一方的に感情押し付けて……
見たくない現実から目を逸らして……
やってること、ただの犯罪者じゃない!」
タカシはゆっくりと笑みを戻した。
だがその笑みは、先ほどよりも冷たく、
底が見えない。
「随分と言ってくれるねぇ、ほのか。
でもさ……君、自分の状況分かってる?
ここは僕のアジト。その最深部。
部下は屈強な男が百人以上。
つまり――
僕の機嫌を損ねると、
痛い目を見るかもしれないよ?」
本当は今にも逃げ出したいくらい怖い。
だけど、怒りがほのかの恐怖を上書きしていた。
「脅してるつもり?そんなの全然怖くない!
あの時の恐怖に比べたら、
こんなのどうってことない!!
それに、お金の力を借りなきゃ何もできない
あなたなんかに、私は屈しない!」
ほのかは胸を抑える。
中学時代の、逃げたくても逃げ出せなかった
"あの頃の恐怖"に比べたらどうってことなかった。
タカシの表情が一瞬で険しくなる。
「ふざけるな……!
君たちに対しては、金の力に頼ってない!
それは……君たちへの“マナー”だと思ったからだ!」
ほのかは呆れたように鼻で笑った。
「はぁ? 偉そうに言ってんじゃないわよ。
倫理観バグってんの?
結局、お金で部下を雇って襲わせてるくせに……
何が“マナー”よ!」
タカシのこめかみがぴくりと動いた。
その目は、
怒りと執着が混ざり合った危険な色を帯びていく。
「もういい。君と話してても埒があかない。
やはり君にも“改心”が必要みたいだ」
タカシが指を鳴らすと、
部屋の外から男たちが数人静かに近づいてくる。
「おい、お前ら。
ほのかに“愛の教育”を始める。
謝るなら今のうちだ?」
ほのかは溢れそうになる涙を必死に堪え、
震える唇を噛みしめた。
「悪いけど……あなたに謝る価値なんて、
私は感じない」
タカシの目が細くなる。
「ふん。やれ」
男たちが一歩踏み出す。
ほのかはぎゅっと潤ませた目を瞑り、顔を伏せた。
――その時。
ドォンッ!!!
倉庫の扉が、外側から殴り飛ばされた。
金属が歪み、破片が床に散らばる。
「な、何の音だ!?」
タカシが振り返り、声を荒げる。
入り口近くの部下が慌てて叫んだ。
「侵入者です!!」
粉塵の中から、聞き慣れた声が響く。
「わりぃ、
確か倉庫の扉ってスライド式だったよな?
間違えて押しちゃったわ」
ほのかの目が見開かれる。
扉の前には、黒服の男が二人、
泡を吹いて倒れていた。
その中央に――恋が立っていた。
「こいつ……何言ってやがる……」
タカシの部下の一人が呟く。
その瞬間、
ほのかの胸の奥で張りつめていたものが崩れ落ちた。
ずっと押し殺していた恐怖が溢れ、視界が滲む。
「……っ、ひ……っ」
頬を伝う涙を止められない。
でも、その涙はただの恐怖じゃなかった。
恋の声が、
暗闇に差し込む光のように心を揺さぶった。
ほのかは震える喉を必死に動かし、涙声で叫んだ。
「たびゅけてぇ--!!なるしぎゅん--!!」
声が震えて掠れて、上手く言えない。
それでも必死に届かせようとする。
恋は即座に反応した。
「了ー-解ーー!!安心しろーー!!
今行くーー!!」
その声がほのかに勇気を与え、余計に涙が溢れた。
でも今度は――恐怖じゃない。
胸の奥に、温かいものが灯る。
ほのかは涙を拭いもせず、
それでも確かに笑った。
「……うん……!」
その笑顔は、希望に満ちていた。
タカシは歯ぎしりし、怒鳴った。
「畜生!! 今すぐ追い出せ!!
報酬は倍にしてやる!!」
部下の一人がニヤリと笑う。
「にひひ……
すぐ行くってお前?簡単に言うけどよぉ……
ここを通るには、
百人以上倒していくってことだぜ?」
その瞬間――恋の姿がふっと消え、
部下の一人が地面に転がる。
「なっ……!? 消え――」
背後から声が落ちてきた。
「別にお前らに向かって喋ってないんだけど?
盗み聞きとは、いい趣味だな」
「いや、あんな大声で言ってたのに!?!?」
恋は肩をすくめ、拳を握りしめた。
「じゃあ――聞かれて恥ずかしいから、ぶち殺す。
道を開けろ!!」
倉庫全体の空気が、一気に爆ぜた。
お読みいただきありがとうございます!
読んでくださったあなたはヒーローです!
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