15. 遥かな救い
世界一のかっこよさを目指す男、鳴紫恋。
倉庫の最深部で、ついに“ドグマ”とぶつかり合う。
どれだけ速くても、どれだけ強くても、
拳が届かない相手。
逃げ場のない一本道で、
恋の拳と、ドグマの“読み”が火花を散らす。
いざ、反撃の時!
ここから先は、もう誰も止まれない。
恋は床を思いっきり蹴っとばし、駆け出した。
その勢いのまま空中を踏み、さらに加速する。
今日の最速を軽々と更新。
拳を振りかぶり、一直線にドグマへ迫る。
だが――暴走ドグマは恋の重心を見た瞬間、
動きを完全に読み切っていた。
流れるように体を捻り、避ける準備を整える。
ここまでは、先ほどまでと何も変わらない。
いくら加速していたとしても、
このままでは、恋の拳は当たらない。
だが、それを一番理解していたのは恋だった。
「ほらな! 読んだ通りにお前は動く!
だから――俺もお前の動きは予想通りだ!」
その瞬間、恋の体が空中で“止まった”。
極限まで上げた速度を、筋肉だけで瞬時にゼロへ。
減速ではない。
ドグマの目の前で、速度そのものを“消した”。
人間離れした芸当。
そして恋はそのまま――重心を“消した”。
「――っ!?」
暴走しているはずのドグマの目が、
ありえないものを見たように見開かれる。
次の瞬間、恋は空中を蹴り、無から急加速。
その拳が――ドグマの顔面を弾け飛ばす。
ドガァッ!!
「捉えた!」
グォォォン!!
ドグマは血を吐きながら吹っ飛び、地面を転がる。
しばらくして、
顔を押さえながら無言で立ち上がった。
その無表情の奥に、“目の前で起きた予想外”を
理解できない戸惑いが確かにあった。
「予想できるお前が、
予想外の出来事が起きたみたいな顔してるな。
言ったろ?ここからは一撃も外さねぇって」
ドグマは顔を斜め上に向け、
目だけで恋を睨みつける。
恋は淡々と告げる。
「お前のトリックはもう破れてる。
重心を見て次の動きを予測してんだろ?
だから俺が動き出す前に、軌道が分かる」
「俺が攻撃した時には、もうそこにお前はいない。
見破るのにかなり時間がかかっちまった。
おかげで俺の美しさがボロボロだ」
「だけどな――
見破っちまったらこっちのもんだ!
重心が読まれるなら、読ませればいい。
読ませた瞬間、お前の動きも丸見えになる。
そこに“お前がいる”からな」
さっきの一撃は、
わざと“分かりやすい重心”を作り、
ドグマに読ませた上での急停止。
そして脱力からの軌道再構築。
それが、ドグマには重心が消えたように見えた。
恋の戦闘センスは、
完全にドグマを上回っていた。
恋の説明を聞き、暴走ドグマは獣のように
吠えて突っ込んでくる。
「ぐおおぉぉぉ!!」
「いい加減、目を覚ませ!
お前は今、何と戦ってる?」
恋は重心を読ませ、裏をかき、次々と拳を叩き込む。
ドガッ! バキッ! ドゴォッ!
「どうしたよ!ドグマァ!
読みが追いついてねぇぞぉ!そんな空っぽの拳じゃ
俺は倒せねぇ!」
ドグマは必死に食らいつくが、
恋の拳はすべてドグマを捉える。
一発一発が重く、熱を帯びている。
殴られ、殴られ、また殴られ――
今まで、
攻撃を受けることがほとんどなかったドグマには、
その全てが致命的なダメージとして蓄積していく。
意識が朦朧としていくのが分かる。
(ああ……痛い。痛いなぁ……遥……)
薄れていく意識の中で、
ドグマは自分に問いかけた。
(お前も……あいつらから、
殴られる痛みに耐えていたんだろ?
なのに俺は……気づけなかった。
力になってやれなかった……)
「お前の拳には魂を感じねぇ!
過去に何があった!
なんでお前は今、
そんな苦しそうなんだよ!」
恋は暴走するドグマに呼びかけ続ける。
その声が、ドグマの深層意識に少しずつ届き始める。
(苦しい? ふっ、そんなわけあるものか。
遥の苦しみに比べたら……俺なんて……。
俺は救われちゃいけないんだ)
返事はない。
だが、恋は構わず殴り返しながら叫ぶ。
「お前さっき言ったよな!
『俺は……あいつを追い込んだ』って!
『中途半端に手を貸さなければ』って!
お前は誰かを救いたかったんじゃねぇのか!
だけど救えなかった――そうなんだろ?」
(違う……そうじゃない。
あれはただの自己満足だった。
誰にも相手にされなかったから。
誰かに認められたかったから。
俺はあいつを利用したにすぎない。
自分の良心に浸るために……
遥を救おうとした。
その浅ましさが……遥を死に追いやった。
恨まれて当然なんだ)
恋はさらに声を張る。
「救えなかったとしても!
お前は“救おうとした”んだろ!
手を差し伸べようとしたんだろ!
それがたとえ偽善だったとしても、
救えたものも確かにあったはずだ!
思い出せよ!
お前が本当に救おうとしたものは何だ!」
(俺が……本当に救いたかったもの……?)
「そんなの……決まっている。
遥だ。
遥を……虐めから救いたかった」
ドグマは無意識に声を漏らしていた。
いつの間にか意識が戻っている。
恋は静かに問う。
「救えなかったのか?」
「あぁ……救えたと思っていた。
だけど、結局、救えてなどいなかった。
おまけに……あいつは最後まで
俺を頼ろうとすらしなかった。
信用していなかったんだろうな。
だから……俺を恨んで……
今でも……遥は俺の目の前に現れる……」
恋の脳裏にも、
遥とは別の白く儚い少女の影がよぎる。
「違ぇよ」
恋は一歩踏み込んだ。
「頼られなかったのは、
お前が信用されてなかったからじゃねぇだろ?」
ドグマは理解できないように、ただ恋を見つめる。
恋はさらに踏み込む。
「お前を巻き込みたくなかったからに
決まってんだろ!
お前が大事だったから、
助けてなんて言えなかったんだ!」
ドグマの瞳が大きく揺れた。
胸の奥に、何か鋭いものが突き刺さる。
「お前が大切だったから。
お前が特別だったから。
お前が友達だったから。
だから遥は――
“お前にだけは”苦しいところを
見せたくなかった!」
ドグマは動揺を隠しきれず、必死に否定する。
「そんな……はずは……ない……!
だって、俺は……恨まれて……当然で……
あいつを……救えなくて……
いつも……目の前に……遥が……」
「恨むわけねぇだろ!」
恋は叫ぶ。
「救おうとした人間を恨むやつなんているかよ!
それはお前が作り出した幻覚だ!
勝手に自分を呪うなよ!」
「……あ……あぁ……」
ドグマは膝をつき、拳を震わせた。
「遥は……俺を……恨んで……いなかった……?」
今まで、ドグマはその可能性を無意識に
自分で切り捨てていた。
いや、本当は気づいていたのかもしれない。
でも、あえて見ないふりをしていた。
それが遥への償いだと思っていたから。
恋はそんなドグマの心に、
ためらいもなく土足で踏み込む。
「それに……遥はそんなことで
お前を恨むようなやつなのか?
一番よく知ってるのは、お前自身だろ?」
その瞬間――
さっきまでドグマを責め立てていた
“幻の遥”が、ふっと表情を変えた。
怒りも、非難も、嘲りも消え――
ただ、静かに。
そして、どこか悲しそうに。
ゆっくりと、口を開いた。
『やっぱり、ドグマくんって……意外と感情的だね』
弱々しいけれど、確かに笑っていた
“あの日の遥”の声だった。
ドグマは息を呑む。
さっきまでの幻とは、明らかに違う。
これは――
自分が“思い込んでいた遥”ではない。
『いじめられていた時……
本当はね、すごく怖かったんだ。
すごく不安だった……
でも……そんな僕を、君が助けてくれた…』
声が震えている。
責める幻では出せない震えだった。
『僕ね……ずっと謝りたかった。
助けてって言えなくて、ごめん。
頼れなくて、ごめん。
ドグマくんを……一人にして、ごめん』
胸の奥が、静かに締めつけられる。
幻ではない。
これは――遥の“本当の声”だ。
『巻き込みたくなかったんだ。
ドグマくんまで傷つくのが……怖かったから。
でも……ドグマくんが助けくれた時、
初めて“味方がいる”って思えた』
ドグマの呼吸が浅くなる。
『だから……ありがとう。
僕を救おうとしてくれて……ありがとう。
僕はあの日、ちゃんと君に救われてたよ。
恨んだことなんて、一度もないよ』
泣きながら笑っているような声だった。
ドグマの目からぽたり、と涙が落ちる。
「……ごめん……
ちゃんと救えなくて……ごめん……
自分のことばかりで…本当に…俺は…」
嗚咽ではなく、押し殺した声が震えて漏れる。
「遥……俺な、傭兵になったんだ……。
お前、言ってただろ?……どうかな……?
似合ってるか……?」
遥は、あの日と同じ優しい笑顔を浮かべた。
『うん……すっごく似合ってる!
これからもドグマくんは……ずっと……
強くて、優しくて……僕のヒーローだよ』
その言葉とともに、
遥の輪郭がゆっくりと薄れていく。
ドグマは遥を見ながら、あの日の言葉を口にする。
「あぁ……遥、……また明日!」
それはあの日果たせなかった誓いの言葉。
風に触れた霧のように、
触れようとすれば指の間から零れ落ちるように――
静かに、儚く、薄れていく。
そして--
『また、明日!またね、ドグマくん!』
最後に微笑んだまま、光の粒となって消えていった。
恋はその様子を、ただ黙って見守っていた。
そこには、先程までいた無感情な怪物の姿は
どこにも見当たらなかった。
お読みいただきありがとうございます!
読んで下さったあなたはヒーローです!
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