14. 届かない拳
世界一のかっこよさを目指す鳴紫恋。
その前に立ちはだかる静かに佇む男ーードグマ。
彼の瞳の奥には、戦いよりも深い“何か”が沈んでいる。
恋と剛は彼を倒し、倉庫の最深部に辿り着けるのか。
倉庫の最深部、扉の少し前。
ドグマは倒れたガンマをじっと見つめたまま、
微動だにしない。
恋と剛にはその姿が、
何かを考え込んでいるように映った。
その隙に、剛が小声で恋に話しかける。
「なぁ恋。倒したガンマとかいうやつの強さは、
あの異常な肉体だってのは分かる。
速さはそこまでじゃなかったけど、
殴る威力は半端なかった。
それに、金属バットを砕くお前の拳を
喰らっても平然としてたしな」
そして本題。
「じゃあ、ドグマは?やっぱ速さか?」
剛がドグマを指さす。
恋は首を横に振った。
「いや、多分違う。
初動は速いが、構えていれば対応できる。
プロの傭兵らしいが、あの速さだけを
武器にしてるとは到底思えない。
まだ何か隠してるはずだ」
「その、隠し持ってるものが何なのか
心当たりはあるのか?」
「ああ、そりゃあもちろん決まってるだろ」
剛が唾を飲む。
「さっぱり分からん!」
恋は清々しいほどに言い切った。
「は?おい、それヤバいだろ!
つまり、あいつがまだ何を隠してるか
分からないってことだよな?勝てんのか?」
「誰に聞いてんだ。
安心しろ、俺たちが負けることはない。
勝って白石を助ける!」
「まぁ……恋ならそう言うよな…」
剛は不安を抱えつつも、恋の言葉に頷いた。
そんな剛に、恋が小声である提案をする。
「なぁ剛。俺が隙を作る。
だから、お前は先に白石を助けに行ってくれ。
俺は後から追いつくから」
「……!?」
突然の提案に、剛は目を見開いた。
「いや、でも……」
剛は迷う。
ここに残れば恋の足を引っ張るかもしれない。
だが、一人でタカシからほのかを救える自信もない。
そんな剛の心を見透かしたように、恋が言う。
「大丈夫だ!先の戦いを見て確信した。
剛ならやれる。できる!
俺は人を見る目にも自信があんだ。
今のお前になら頼める。
今のお前だからこそ頼みたい」
「頼む。白石を助けてやってくれ」
その真っ直ぐな言葉に、剛は迷いながらも答えた。
「……分かった。何とかしてみせる!」
まだ“任せろ”とは言えない。
それでも剛は覚悟を決めた。
「おう、頼んだ!」
そのやり取りを見ていたドグマが、突然口を開く。
「作戦会議は終わったか?
どれほど念入りに作戦を練ろうと、
実行できなければ何の価値もない。
今からお前らの作戦を阻止する。
よって、お前らの作戦は無価値だ」
恋は負けずに言い返す。
「俺たちの作戦はシンプルだ!
作戦一、お前を殴る。
作戦二、お前に勝つ。
以上っ!
阻止できるもんならやってみろ!」
恋は指を二本立て、ドグマを挑発する。
「次のタイミングで俺が引きつける。
剛、お前はその瞬間全力で走れ!」
「了解!」
二人の間に緊張が走る。
「やはり……何か企んでいるな」
ドグマの警戒心が一気に高まる。
「よし、行くぞ剛!」
恋の合図と同時に、
二人はドグマへ向かって駆け出した。
ドグマはその場で静かに構え、
迫ってくる二人を迎え撃つ。
恋の方が圧倒的に速い。
剛を置き去りにし、
光のような速さでドグマへ飛び込み、
拳を叩き込む。
だが――当たらない。
今日の戦闘で、
恋は一度もドグマに触れられていない。
理由は分からない。ただ、当たらない。
「くそ、また避けやがった!
やっぱり速さだけじゃねぇな?
一体何をしてやがる!」
「敵に教えるはずがないだろ」
ドグマは拳を外した恋にカウンターを放つ。
恋は紙一重でそれを回避する。
「お前もなかなかだな。
プロの俺の攻撃をここまで避けるとは。
本当にこの学校の生徒か?
傭兵になった方がいい。
紹介してやるぞ」
「そりゃどーも!」
恋は回避しながらもう一撃を放つが、
やはり空を切る。
その攻防の最中、ようやく剛が追いつき、
バットが届く距離に入った。
「頭下げろ恋!うおぉぉぉぉ!!」
ブンッ!
恋と剛の連携は完璧だった。
だがドグマは軽々と回避する。
剛のバットは勢いよく空を切り、
そのまま剛の体が前へ持っていかれた。
「邪魔だ、お荷物が。お前は引っ込んで――」
ドグマは振り向きざまに
剛へカウンターを叩き込もうとする。
だが剛は振り返らない。
バットの反動を利用し、
そのまま扉へ向かって走り出していた。
「……まさか!?攻撃はブラフか!」
嫌な予感がドグマを襲う。
咄嗟に剛を追おうと体を捻る――が、
恋が足を掴み、引き戻した。
「どこ行くんだよ?
決着はまだついてねぇだろ」
「離せ!お前……
あのお荷物をボスのところに向かわせたな」
(俺が、白石ほのかを助けてみせる)
剛は一度も振り返らず、一直線に走り続ける。
その背中を見ながら、恋は静かに言った。
「あぁ。あいつならきっとやってくれる。
そう“信じてる”」
その言葉に、ドグマが一瞬だけピクリと反応した。
そしてドグマは、
恋に掴まれた足を強引に引き剥がした。
「時間がなくなった。
お前を今すぐ倒し、あのお荷物を排除する」
「本気モードってわけか。面白ぇ!」
恋はニヤリと笑う。
強い相手を前にすると笑ってしまう――
それが恋の癖だった。
次の瞬間、ドグマが仕掛けてきた。
真正面から一直線に殴りかかる、
何の変哲もない動き。
「そんな直線、今さら食らうかよ!」
恋も同じ直線上から殴り返す。
どちらの拳が先に届くか――そう思った。
だが、恋の拳は空を切り、
ドグマの拳だけが恋の頬にクリーンヒットした。
「……く、何でだ?俺だけ食らった?」
理解が追いつかない。
確かに捉えたはずの拳が、なぜか当たらない。
「よく分かんねぇが、もう一回だ!」
恋は再び踏み込む。
今度はステップを踏み、ドグマの逆を突く動き。
ドグマの反応は遅れた――
恋の拳の方が明らかに速い。
それでも、当たらない。
空振りした瞬間、ドグマの拳が恋の腹に突き刺さり、
恋は後方へ吹っ飛んだ。
「どうなってやがる……
俺の攻撃だけが当たらない」
ドグマは追撃の手を緩めない。
吹っ飛んだ恋へ一直線に迫る。
恋は咄嗟にガードを上げる――
だが、次の瞬間には背後に回られ、
殴り飛ばされていた。
攻撃しようとすれば当たらない。
守ろうとすれば守れない。
まるで、すべての動きが
事前に読まれているようだった。
ドグマの攻撃は止まらない。
避けようとしても避けられず、反撃しても当たらず、
ただ一方的に殴られ続ける。
何度も、何度も。
そのたびに恋の体力は削られ、
“当てられない”というストレスが
精神をじわじわ蝕んでいく。
「はぁ……はぁ……はぁ……強いな、お前……」
恋はついに息を切らし始めていた。
「随分と疲れてきているようだな。
お前のような自分の攻撃に迷いがなく
自信がある奴は仕留めやすい。
そろそろ降参したらどうだ?」
ドグマは淡々と告げる。
その声には、勝ち誇りも嘲りもない。
ただの事実確認のようだった。
恋は口元を拭いながら笑う。
「心配してくれてありがとう。優しいな。
……でも一つ疑問なんだが、
なんでこんな強い奴が、
あいつの下についてる?」
「仕事だからな。依頼主は選べない。
依頼されたら誰でも守る」
ドグマの声は冷たい。
まるで、
自分の意思など存在しないと言わんばかりだった。
「なんで傭兵なんてやってる?金のためか?」
「そうだ、金のためだ。
あのボンボンは後先考えず、
湯水のように金をばら撒く。
楽して大金を稼げるなら、
そっちにつくのは当然だろう」
恋の眉がわずかに動く。
「そのために泣いてるやつがいてもか?」
「俺には関係ない」
即答だった。
その無関心さに、
恋は苛立ちよりも“違和感”を覚える。
「その強さがあるのに、
どうして泣いてる誰かを救うために使わない?
どうして傷つける側につく?
傭兵なんだろ?」
ドグマの目がわずかに揺れた。
「思い上がるな。
この程度の力じゃ、誰も救えない」
「どういう意味だ?」
恋が一歩踏み込む。
ドグマの呼吸が、ほんの一瞬だけ乱れた。
「教えてやる。
人間は誰かを救うことなんてできない。
人は勝手に救われるだけだ。
“救えた”なんて、ただの思い込みだ」
その言葉には、妙な重さがあった。
経験から滲み出た“諦め”のようなもの。
恋は拳を握りしめる。
「それでも、
手を差し伸べて寄り添うことはできるだろ!
負担を軽くしてやることはできる。
涙を拭ってやることはできる。
救えなかったとしても……
なんで、それすらしてやれない!」
ドグマの表情が歪む。
怒りでも嘲笑でもない。
もっと深い、抑え込んだ何か。
「お前は何も分かっていない…
それじゃ意味がないんだよ!
根本的な解決にはならない。ならなかった!
それじゃあ人は救えない!
なのに……俺はそれすらできなかった!」
声が震えていた。
「……!?」
恋は息を呑む。
ドグマの言葉が、
急に誰かに向けられたものに変わった。
「俺は……あいつを追い込んだ。
俺が中途半端に手を貸さなければ、
あいつは今でも生きていたかもしれない。
あいつの未来を奪ったのは……俺なんだ」
恋は困惑する。
(ドグマの中に誰かがいる?)
「何を言ってる?誰の話だ?」
ドグマはもう恋を見ていなかった。
虚空の誰かを見ていた。
「なぁ……そうだろ? 遥……
お前、俺のこと……ずっと恨んでるんだろ?
だから……
俺のことを信じられなかったんだよな?」
ドグマの中の“遥”が答える。
『そうだよ。だから君から感情を奪った。
僕の未来を奪った君から。
君が余計なことをしなければ、
僕はまだ生きていたのに』
『なんで傭兵なんかになったの?
罪滅ぼし? 僕を守れなかった罰?
これからも僕の分まで生きてよ。
何もない、空気のドグマくん』
「ふっ……ふっはははは……
はははははははははははははははははははは……!」
ドグマは壊れたように笑い出した。
笑っているのに、泣いているようにも見えた。
完全に正気を失っていた。
「おい!どうなってんだよ!
ドグマ!しっかりしろ!!」
恋が叫ぶが、ドグマにはもう何も届いていなかった。
ドグマは笑い終えると、次の瞬間には
壊れた人形のように恋へ殴りかかっていた。
その速度も威力も、先ほどまでとは別物だった。
その拳にはもう何の温度もこもっていない。
まるでリミッターが完全に外れたような、
暴走した力。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
恋は悲鳴を上げるしかなかった。
重く、速く、止まらない。
嵐のような連撃に押し潰され、
ついに片膝を地面につく。
「やべぇな……ここまでとは……」
息を荒げながら、恋は必死に思考を回す。
(攻撃しようにも、
まず“なぜ拳が当たらないのか”を
解き明かさねぇと話にならねぇ。
まずはそこからだ……!)
恋はよろめきながら立ち上がり、
暴走するドグマへ再び踏み込む。
どうせ当たらないと分かっていても、
立ち止まるわけにはいかない。
案の定、拳は空を切った。
その直後、ドグマの拳が横から突き刺さる。
「ぐっ……!」
恋はよろめきながらも踏みとどまる。
だが、殴るたびに同じ現象が起きる。
――当たらない。
――そして、必ず反撃を食らう。
(なんでだ……?
速さじゃねぇ。反応速度でもねぇ。
じゃあ、何で俺の拳だけ避けられる?)
恋は一度距離を取り、
荒い息を整えながらドグマを観察した。
暴走しているドグマは、
獣のように何度も踏み込み、
殴りかかろうと身を揺らしている。
だが――その“揺れ”の中に、
恋の目が引っかかるものがあった。
(……今の、何だ?)
ドグマは無秩序に暴れているようで、
攻撃に移る“直前だけ”、重心がわずかに沈む。
その沈み方が、妙に整っていた。
まるで、次に恋がどう動くかを
先に知っているかのような重心の置き方。
恋は眉をひそめる。
(暴走してるなら、
もっと滅茶苦茶に殴ってくるはずだ。
なのに……攻撃の瞬間だけ、妙に無駄がねぇ。
まるで“予測して動いてる”みてぇだ)
確かめるため、恋は再び踏み込む。
拳を振りかぶるり右から殴ろうとした瞬間、
ドグマの重心がわずかに右へ流れた。
(……俺が右から殴るのを読んだ?)
瞬時に恋は軌道を変え、
逆方向へ拳を放つ。
だが――
ドグマの重心は、すでにそちらへ移動していた。
(逆方向の攻撃にすら反応が早すぎる…
それにあいつのさっきのセリフ)
『お前のような自分の攻撃に迷いがなく
自信がある奴は仕留めやすい。」
「……確定だな」
恋は歯を食いしばる。
(こいつ……俺の重心を見て
次の動きを予測してやがる!
だから、どんな軌道でも避けられる。
しかも最小限の動きで、無駄なく……!)
恋の拳が当たらない理由が、
ようやく一本の線で繋がった。
フェイントも、軌道変更も、
全部恋の重心の動きで予め"読まれている”。
だから、どんな拳もかすりもしない。
(正体は分かった。けど――状況は全然よくねぇ)
息は荒く、視界はじわじわと狭まっていく。
腕も脚も鉛みたいに重い。
(あと数発まともに喰らったら立てなくなる。
ギリギリだな、マジで)
それでも、恋は笑った。
(でもまぁ……
正気も見えたことだし、倒しますかねぇ)
「聞けよ、ドグマ!」
血を拭い、真正面からその名を叩きつける。
「どうやら過去に何かトラウマがあるらしいが、
そんなもん知ったこっちゃねぇ!」
恋は一歩、前へ踏み出す。
「大事なのは“今”だろ!
今お前の目の前にいるのは誰だ!
俺をちゃんと見ろ!一瞬たりとも見逃すな!」
拳を握り直し、肩を回し、呼吸を整える。
「ここから先は一撃たりとも外さねぇ!」
さらに踏み込む。
その目は、完全に戦う者の目だった。
「今のお前も、過去のトラウマも、
全部まとめてぶっ壊してやるから覚悟しろ!」
そして
「さぁ、反撃開始だ!」
恋ははっきり言い放った。
お読みいただきありがとうございます!
読んで下さったあなたはヒーローです!
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