12. 期待に応えたい
世界一のかっこよさを目指す鳴紫恋。
倉庫の奥へ走り抜けたその先で、
彼の前に立ちはだかったのは――
これまでとは明らかに格の違う“二つの影”。
そして、恋の隣にはもう一人。
変わりたいと願う男が、震える足でそれでも前に立つ。
「――見せてやるよ、
ナルシストの恐ろしさってやつを」
鳴紫恋は双牙に啖呵を切った。
しかし、ドグマは動じない。
「ほう……」
剛が即座に恋の発言に突っ込む。
「いや、別に俺はナルシストじゃないぞ!
お前に憧れてるだけで」
「そうなのか? じゃあ破門で」
「早すぎるだろ! 大体俺は――」
その瞬間、ドグマの気配が変わった。
空気が冷たくなる。
世界がスローになる。
ドグマの拳が握られ、
恋と剛の視界からふっと消え――
次の瞬間には、剛の目の前に拳が迫っていた。
「へっ……?」
剛が気づく暇もなく、拳が顔面へ――
かと思われた、その瞬間。
バンッ!
恋が手のひらでその拳を受け止めていた。
わずか0.5秒。
人間の目では追えない攻防。
衝撃で恋の身体が床を滑り、火花を散らす。
剛は、恋が吹っ飛んだ後になって
ようやく状況を理解する。
「ほう、追いつくか」
ドグマは意外そうに目を細めた。
「にゃろう!!」
恋はドグマの目を見つめた。
剛はすぐに恋の元へ駆け寄る。
ドグマは淡々と続ける。
「よくついて来たな、俺の速度に。
早めに終わらせようと思ったのだが……
出鼻を挫かれたか」
「大丈夫か!恋……
すまない、俺がいるばっかりに……」
罪悪感が剛を襲う。
(やっぱり俺のせいで……
足手まといにはならないって決めたのに……)
恋は軽く息を整えながら言う。
「大丈夫だ、問題ない。
それよりお前の方こそ平気か?
ほら、いただろ、もう一人。
俺が倒したナイフ使い。
あいつは来てないみたいだけど……大丈夫か?」
恋はずっと気になっていた。
先の戦いで剛たちは二人で一つのように見えた。
だが、この場にもう一人の姿がない。
何かあったのでは、と。
剛は静かに答える。
「翔のことか……あぁ、問題ない。
全部、俺が悪い。
だから、あいつとは違う道を進む。
でも……またどこかで会える気がする。
そんな気がするんだ」
恋は頷く。
「そうか。なら――」
恋はゆっくりと立ち上がり、双牙を睨む。
「まずは、こいつらを倒さないとな」
ドグマが冷たく告げる。
「残念だ。
先ほどのお前には僅かな可能性があったが、
今のお前では無理だ。
ガンマ、あの足手まといを狙え。
そうすれば仕事が早く片付く」
「おーし、もう疲れたからそうしよー」
先ほどまで痛がっていたガンマが
相変わらず大ぶりの拳を振り下ろす。
だが、その軌道は恋ではなく――剛へ。
「っ……!」
恋が即座に剛の前へ飛び込み、拳を受け止める。
しかし猛攻は止まらない。
続けざまにドグマが左下へ消え、
剛へ拳を叩き込もうとする。
「くっ……!」
恋はそれも弾くが、剛は後ろに下がる余裕すらなく、
ただ震えながら立ち尽くすしかなかった。
「荷物を抱えたままじゃ勝てない。
お前とて分かっているだろ?」
攻撃を止めぬまま、ドグマが冷たく煽る。
「あ?荷物なんてどこにあんだよ。
俺が背負ってんのは、自分の命とダチの命だけだ!
そいつは荷物なんかじゃねぇ!誇りだ!」
「ふん、いつまで強気でいられるものか実物だ」
「とっとと倒してやるんだぞ!」
双牙の猛攻は止まらない。
双牙の言い分はもっともだった。
恋もそれを理解している。
(まずいな……起死回生の一手がねぇ……
隙さえできれば喰らわせられるが……
このまま行ったらジリ貧になるのは俺たちだ。
さて、どうするかなぁ…)
恋は攻撃を捌きながら、必死に突破口を探す。
(まずい、まずい、まずい、まずい……!
このままじゃ本当に足手まといだ。
何とかしなくちゃ……俺にできることは……?)
剛は必死に考える。
(恋が守ってくれているが、それも多分限界が来る。
俺を庇いながらだから、
恋が反撃できる機会を完全に失っている)
(探せ……!今の俺にできることを!
役に立て……何のために来たんだ!)
剛は目を見開き、
ガンマとドグマの攻撃を必死に追う。
(ドグマの攻撃は速すぎて見えない。
ガンマの攻撃も、
本来なら威力が強すぎて追えない。
だが……恋が殺してる今だけは、かろうじて見てる。
…あれ?――リズムがある?)
ワン、ツー……ワン、ツー……ワン、ツー、スリー……
ワン、ツー……ワン、ツー……ワン、ツー、スリー……
剛はガンマの攻撃に
一定のタイミングあることに気がついた。
バットを両手で握りしめ、前に構えた。
(いける!タイミングさえ掴めれば。
見ろ……見抜け……見定めろ……!
俺ならやれる……!!いや、絶対やれ、俺!
一撃でいい、恋のために道を切り開け!)
足が震える。呼吸が乱れる。
それでも、
剛は震えを誤魔化そうと自分を鼓舞し続けた。
(頼む……止まってくれ……!
恋の役に立つんだろ……!)
だが、震えは止まってくれない。
追い込まれた剛は何故か、翔の言葉が脳裏に蘇る。
『お前、さっき途中から戦わなかったよな。
なんでだ、なんで戦わなかった!』
(ごめん……俺は戦えなかったんだ。
負けるのが怖くて。
負けるのが分かっていたから、戦わなかった。
しかもそれを見て見ぬふりをしようとした)
『俺たち……いつも二人でやってきた。
どんな相手でも、どんな無茶でも……
お前が横にいたから、俺はやれたんだ』
(そうだよな……二人でやって来たのに。
俺は、応えてあげられなかった。
翔の期待に。翔の思いに。
そりゃあ見放されるわけだ…)
『――ダチくらいにはなってやれる!
お前の力を貸してくれ!」
(俺はもう、ダチを失いたくない!
自分に失望したくない!
何となく今はそう思える)
剛はバットをさらに強く握りしめる。
(だから、戦える。
俺は戦って勝ってみせる。
恋……お前の期待に応えるために!!)
もう震えはなかった。
足が床を蹴り、
バットを握る手が震えるほど力が入る。
そして、心の中で唱える。
ワン、ツー……ワン、ツー……ワン、ツー、スリー……
ワン、ツー……ワン、ツー……
心臓が爆発しそうになったタイミングで振りかぶる。
「――ワンッ!ツーッッ!スリィー!!
ここだろッッ!!」
叫びと同時に、
剛のバットが“振り抜かれた”というより――
叩きつけられた。
空気が裂ける。
床が震える。
剛の全身の筋肉が悲鳴を上げる。
バゴォォォンッ!!
鈍い衝撃音が通路に響き渡った。
バットは、ガンマの腫れ上がった左脇腹に
深くめり込むように クリーンヒットした。
「痛っっっったーーいぃぃぃぃ!!」
ガンマが暴れ狂う。
「落ち着け! ガンマ!!」
その隙に、剛が叫ぶ。
「恋、今だぁ!!」
一瞬の隙。
ドグマも対応しきれていない。
「ありがとな、剛!」
すぐさま恋はガンマの左脇腹へ飛び込み――
「数で押すのは趣味じゃねぇが……沈んどけ」
無数の拳を叩き込んだ。
一秒に五十発を超える連撃。それを三秒。
計百五十の連撃が一カ所に撃ち込まれる。
ドガガガガガガガガガガッ!!
ガンマの肉が波打ち、骨が軋む音が響く。
「ぎゃあああああああああああああああッ!!
いだいっ!いだいっ!いだいぃぃぃぃぃ!!」
悲鳴は途中で途切れた。
声帯が潰れたのか、息が漏れるだけになる。
次の瞬間、巨体が壁へ勢いよく叩きつけられた。
ドゴォォォォン!!
コンクリートが砕け、粉塵が舞う。
壁には人型の巨大な穴が空き、
ガンマの体は半ばめり込んだまま動かない。
白目を剥き、口から泡を垂らし、
その巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
床が震えた。
完全に沈黙していた。
通路に、重い静寂が落ちる。
剛は息を呑む。
「……ごくっ……やったのか……?」
恐る恐るガンマの巨体を見て、
次の瞬間、顔を輝かせた。
「おい、やったぞ恋! 厄介なデカブツを倒したぞ!」
剛は子どものように跳ねて喜ぶ。
恋も肩で息をしながら、ふっと笑った。
「ふぅ……やっと一人撃破か」
そして、ほんの少しだけ声を柔らかくして続けた。
「助かったぜ、剛。
お前のおかげでガンマを倒せた」
それは自分を足手まといだと思っていた剛にとってはあまりにも予想外な言葉だった。
「いや、俺なんて全然……
足引っ張ってばっかになっちゃったしさ。
ほんとどうしようもなくて……だから、あれ……
なんだ、これ……?は……?」
頬を伝う温かいものに気づく。
(……涙?)
止めようとしても止まらない。
胸の奥から、何かが溢れ出す。
今まで本気でやって、
“報われた”ことなんてあっただろうか。
全然役には立てなかっただけど、あの一撃だけが、
勇気を持って振った一撃が恋の役に立てた。
そのことが何よりも嬉しかった。
安心、安堵、達成感、誇り。
色んな感情が一気に押し寄せてきた。
「ダッセェよな、俺……でも、変わっていくから。
これから、今よりもっと強くなるから」
恋は真っ直ぐに言った。
「かっこ悪くなんかねーよ。
本気でやって、本気で泣けたなら、
それが、かっこいいってことだろーが」
剛は涙を拭い、力強く頷く。
恋は双牙へ向き直り、声を張った。
「さて、ドグマ。残りはお前一人だ。
頼りの相棒は寝ちまった。どうするよ?
お前も寝むるか?」
ドグマはゆっくりとガンマの元へ歩き、
倒れた巨体を見下ろす。
その目には――何の感情も宿っていない。
普通なら仲間が倒れれば、
怒りでも焦りでも、何かしらの感情が動くはずだ。
だがドグマは、まるで石像のように
一切感情が揺らがない。
まるで無表情だった。
「……やはり、最後に頼れるのは自分だけだな」
その声は、氷のように冷たかった。
そしてーー
ふとドグマは思い出す。
それはある幼き日の記憶。
まだ彼が感情を失う前の記憶。
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