9 消えた側妃
「お嬢様、到着致しました」
「ここに来るのは久しぶりね」
「そうですね」
私はふうと息を吐いて一般の参拝者とは違う貴族専用の通路から女神像のある場所へ歩いていく。
静かな廊下にコツコツと私の足音だけが響いている。
「エレフィア様、お久しぶりです。今日はどのようなご用件ですか」
女神像の前に一人の神父が立っていて話しかけてきた。
「神父様、今日は女神像に呼ばれてきたのです」
「呼ばれた、ですか? それは珍しい。女神様からのお告げがあるのかもしれませんね」
「……どうでしょうか」
私は女神像の目の前に立つと、ぽとりと白い花が落ちてきた。
それを拾い、跪いて祈りを捧げる。
―女神様、私は覚悟ができました。この苦しみから解放されたい。でも、彼をまだ愛しているんです。今も彼のことを思うだけで涙が出て思うように動けないのです。彼だけを愛していたのです。聖女様に嫉妬するくらいなら楽になりたい。消えてしまいたい。
私がそう心の中で気持ちを吐露すると、女神像は淡い光を纏っている。それは持っていた花も同じだ。
「おお、女神像がエレフィア様の祈りに呼応している」
私は淡い光を放つ花を眺めると、先ほどまでの苦しみが嘘のように軽くなってくる。
「女神様が呼んでいる」
私はそう呟き、立ち上がると、一歩、また一歩とゆっくりと女神像に近づいていく。
「エレフィアお嬢様!!」
後ろからアーシャの呼び止める声が聞こえてきた。私は振り向いてアーシャに手を振る。
「アーシャ、女神様が呼んでいるの。私なら大丈夫。アーシャ、今までにないほど心が軽くて気分がいいの。あんなに辛かったのに」
「お嬢様!! 行ってはなりませんっ」
「私は行くわ」
「エレフィア様! エレフィアお嬢様っ」
アーシャは泣きながら私の名を呼ぶが、私は歩みを止められなかった。
まるで女神像に吸い寄せられるように。私は女神像に手を突くとそのままゆっくりと女神に取り込まれていく。
「アーシャ、ありがとう」
私はその言葉を最後に女神像の中に溶けていった。
「エレフィア様が、大樹の中に……」
神父は青ざめ、教会の人を集めるためにその場を後にした。
大樹の根元に落ちていた装飾品や衣服をアーシャは涙を拭いながら拾っていった。
女神像は光を失うと同時にぽつり、ぽつりと先ほどまで晴れていた空が雨に変わる。
しとしとと雨は数日の間降り続いた後、光が顔を覗かせた。そして人々は空を見上げ、指をさした。薄く透き通った結界が女神像を中心に広がっていたのだ。
結界は国境を守るように覆われていて、隣国からの商人は通ることができるが、悪意のある者は不思議と通ることができないようになっていた。
国は彼女のおかげで安寧の地へと生まれ変わった。




