8 王宮の舞踏会
あの日以来、カインディル様は私に会おうともしない。
もう、きっと私のことなんてこれっぽっちも思っていないことに少し寂しさを覚える。
私は仕事を続けているが、王家主催の行事には必ず参加しなければならない。
今日は王家主催の舞踏会だ。
私も朝から身支度を整え、ドレスを着て夕方を待った。聖女様は身重なため、ゆったりとしたドレスを身に着けていた。
会場には大勢の貴族が参加している。久々に舞踏会に参加した私には会場がとても煌びやかなものに見えた。
昔はここでカインディル様と夫婦で踊るのが夢だった。
ふと昔を思い出し、笑みが零れた。
私は二人の側妃様と後ろに控えていたが、カインディル様と聖女様は二人仲良くクスクスと笑っている。
「あらあら、素敵な二人ね」
「本当にそうよね。エレフィアさんがナリョーザへ行って正解だったわ」
「聖女様が王太子妃になるのは当然よね。二人の仲の良さを見ていると、こちらまで妬けてしまうわ」
側妃様たちは彼らに視線を合わせながら笑顔で話をしている。
側妃様たちの何気ない会話に心が苦しくなる。
「エレフィアさん、ナリョーザでのあなたの活躍は聞いているわ。王家の評判も上がり、これで王子が生まれれば王家も安泰よね」
「……そう、ですね」
苦しくて、そう答えるだけで精一杯だった。
なぜこんなに辛い思いをしなければいけないの?
側妃たちの会話を余所に宰相はホールの中央に立ち挨拶をしている。
その間に陛下と王妃様は立ち上がり、ホールの中央へ歩き出した。それと同じくしてカインディル様と聖女様が私の前に立った。
「エレフィア、ホールの中央へ」
「エレフィア様、ごめんなさいっ。私の代わりで踊ってもらうことになってしまって」
カインディル様と聖女様は私の前に来てそう話した。
側妃様たちの会話もぴたりと止まり、扇子を畳んだ。
「エレフィアさん、いってらっしゃい」
「カインディル王太子殿下、よろしくお願いします」
「……あ、ああ。行こうか」
私はカインディル様のエスコートで陛下たちの横に立った。
「これより舞踏会を開催する」
ダンスホールの中央に立っている陛下の言葉を合図に音楽が流れ始めた。
私たちはお互い向き合い、挨拶をした後、ダンスを始めた。
「……」
「……」
お互い無言のままダンスを始めた。
一曲目を踊り、二曲目を踊り、彼は聖女の方に視線を向け、目を合わせることも会話することもない。
苦しい。
こんなにも近くにいるのに。
私を見て。
私の苦しい思いとは違い、彼は観覧席に座っている方へ熱い視線を向けたままだ。
もう、私は潮時かもしれない。
三曲目の最後に私は呟いた。
「私は幼い頃からずっとこの舞踏会で夫となったカインディル様と夫婦で踊ることが夢でした。カインディル様、どうか聖女様とお幸せに」
「!!」
彼は何かを言おうとしていたみたいだけど、私は曲の終了と同時に一礼し、彼の言葉を待たずに観覧席に戻った。
“エレフィア、おいで”
いつもよりはっきりと聞こえてきた声に私は息を呑んだ。
舞踏会も無事に開催された。
もう私は必要ないだろう。
私は側妃様たちに挨拶をし、自室へと戻った。
静まり返った暗い部屋にアーシャはランプの灯を点す。
私は重い身体をソファに投げ出した。
「アーシャ、聞いてちょうだい。女神様に呼ばれているみたい」
「女神様に呼ばれている、のですか?」
「ええ、少し前から呼ばれていたの。小さな声で最初は呼ばれているのにも気づかなかったんだけど、最近ははっきりした声が聞こえてくるの」
「不思議ですね。……何もなければ良いのですが」
ぽつり、ぽつりと途切れがちになる言葉。
「アーシャ、疲れた」
「エレフィアお嬢様、無理しないでください」
「……そうね」
アーシャは私の気持ちを痛いほど理解しているからそれ以上何も言わなかった。
朝方まで続いた舞踏会も終わりを告げ、王宮は静かだった。
私は一人執務室で書類を裁いた後、アーシャと共に馬車に乗り込み、教会へと向かった。
私はカラカラと進む馬車に身を任せ、窓から見える女神像を静かに眺めていた。




