5ナリョーザの地へ
あれから一度も聖女様には会っていない。
彼女は私のことを嫌っているのだろう。
聖女様はまだ淑女教育も終えることができず、苦労しているようだ。
「エレフィア、すまない。この書類を頼む」
「わかりました」
いつものように見つめ合い、私は幸せを感じていたの。
そう、この時までは。
「カインディル王太子殿下、側妃エレフィア様、至急、第一会議室へお越しください」
ばたばたと伝令係が各所に伝えに走っている。
私たちは急いで第一会議室へと向かった。
慌ただしい雰囲気に集まった人たちも不安が隠せない様子だ。
聖女様も到着し、私たちの横へと席に着いた。
陛下は眉間に皺を寄せ、腕を組んでいる。王妃様も顔色は悪いようだ。口を開くことなくじっと座っている。
「陛下、全員集まりました」
宰相の言葉に会場は静まり返った。
「忙しいところ呼び出してすまない。だが、事態は一刻を争う。東のナリョーザの地に蛮族が入り込んだ。急ぎ、兵を出し、国境を守っているが、追加で兵を送ることになる。現状は近隣の村々に甚大な被害があり、蛮族が殺戮を繰り返しているようだ。隣国も裏で手を引いている可能性も捨てきれない」
「準備が整い次第、第十六師団をナリョーザに送ることになっております。政務の方からは蛮族を撃退次第、現地調査を早急に行い政務官と技術者を送り、速やかな復旧に入れるようにしておきます」
陛下は頷き、大臣たちも襲撃に備え、議論が活発に行われようとしているときに、軍の総指揮官が手を挙げ、進言する。
「現在、被害にあった村人たち、それに抗戦している多くの兵士たちは怪我をしながらも必死に戦っております。どうか、聖女様のお力を貸していただけないでしょうか」
総指揮官の言葉に一斉に聖女様に視線が向いた。
聖女様は震え黙り込んでいる。彼女はどう答えるのだろうか。
「……い。ごめ、んなさい。私は次期王妃としてこの地を去るわけにはいきません。女神像を守らないといけないんです」
聖女様は下を向き、か細く震える声でそう答えた。沈黙がその場を包む。
「……そうですな。聖女様には女神像を守るという使命がありますし、《《力はだいぶ劣る》》とはいえ、エレフィア様も癒しの力を持っております。エレフィア様が向かわれてもいいのではないですかな」
宰相が聖女様を庇うように私に行くように勧めている。
「そうだな。エレフィアは側妃だ。メグミに比べ、《《かなり力は劣る》》が癒しの力を持っている。エレフィア、兵士たちとナリョーザの地に向かえ」
「……お受けいたします」
私はぎゅっと手に力を入れて立ち上がり礼を執ると、聖女様は明らかに安堵の表情を浮かべている。
誰だって行きたくはない。
教会で行うような包帯で覆われた怪我人を治療するのとは違い、怪我人がそのまま運び込まれてくるのだ。
平和な世界からこちらの世界に来て一年も経っていない彼女には酷なことなのかもしれない。
私だって怖い。
考えるだけでも身体が震えてくる。
でも、戦っている人たちは助けを待っている。家族や国を守るために彼らは戦い続けている。
彼女がやらないなら私がやるしかない。
「エレフィア様、ありがとうございます」
「では現状の戦況についての話だが―」
宰相を進行役とし、話が進んでいく。
私は戦地に赴く恐怖と戦いながら必死に現状の確認と自分のすべきことに考えを巡らせていく。
会議を終えると、私は飛び出すようにして部屋に戻った。
「エレフィア様、私も付いていきます!」
「だめよ、アーシャ。貴女はまだ結婚したばかりなのよ?」
「それはエレフィアも同じことです」
「私は政務をするためだけの側妃だし、命令なら文句を言えないもの」
「エレフィア様、私は大丈夫です。ずっとエレフィア様の傍におります」
「アーシャ、ありがとう」
私は折れる形でアーシャと共に戦地に向かう準備を始めた。
「では向かいましょうか」
「はい」
「エレフィア!」
私とアーシャは軍の荷馬車の中に入ろうとした時、後ろから声が聞こえてきた。
「カインディル様」
カインディル様は駆け寄り、ぎゅっと抱きしめてきた。
「エレフィア、すまない。本来ならメグミが行くべきところだったのに。私は心配でしかたがない。私に力がないばかりに君を行かせることになってしまった」
「カインディル様、私なら大丈夫です。最前線に出るわけではないし、こうして護衛の方々も私を守ってくれますから」
「愛している。ずっと君の帰りを待っているから」
「私も必ず帰ってまいります」
カインディル様と口付けを交わし、私はアーシャと共にナリョーザの地へと向かった。
私たちは最前線とされる村の二つ手前の村に駐留することになり、衛生兵と共に教会に運ばれてくる人々の治療に当たっていくことになった。




