4 女神の祝福
「二か月後の君との結婚式を楽しみにしている」
朝方になり、彼はそう告げて部屋へと戻っていった。
彼の気持ちを知ることができた喜びと嬉しさと安堵の気持ちでいっぱいになる。
でも、だとしたら、聖女様はなぜカインディル様と結婚したの?
私はふと疑問に思った。周りの人たちは『聖女様はとても優しく、素晴らしい人だ』と言っていた。
いくら教会や貴族たちが婚姻を望んでも彼女が望まなければ婚姻が叶わなかったはずだ。
途端に心が曇っていく。
まさか、ね。
彼女と直接話をしたことはないし、こればかりは分からない。彼女と会って話をしたら答えは出るのかしら。
「エレフィア様、働きすぎです。少し休むように陛下から仰せつけられております」
「……わかったわ」
そうして私は一日休みをもらい、客室で一人ゆっくりと過ごしているうちにどうやら執務室はカインディル王太子の執務室の隣の部屋に移されていたようだ。
両陛下は私の気持ちを逆なでしていることに気づいていない。
聖女様とカインディル様が結婚することはこの上ない幸せなのだと信じているようだ。
そうして迎えた私との結婚式。
私はようやく待ち望んだ日を迎えた。側妃という立場のため親族と友人、大臣などの関係者だけでの結婚式になってしまったが、それでも私は嬉しかった。
カインディル様の妻になることが本当に嬉しくて待ち望んでいたの。
聖女様はというと、王太子妃教育と教会の仕事が忙しいらしく、今まで一度も顔を合わせることはなかった。
彼女は両陛下の隣に座っているが、ずっと前を見ていて、私のところからは彼女の顔色はうかがえない。
質素な結婚式。
ヴァージンロードを純白のドレスで、父にエスコートされ進んでいく。ゆっくりと歩いていき、彼とエスコートを交代する。
そして女神像の前で夫婦になる誓いをする。
「私、カインディル・ロール・サティルは生涯エレフィアを愛することを誓う」
「私、エレフィア・レウスターはカインディル・ロール・サティル様を愛し、生涯彼を支えていくことを誓います」
私たちは女神像を前にそう誓った。すると、女神像が淡く光り、ふわりと一輪の花が落ちてきた。
その様子に神父や会場にいた父たちは驚きを隠せなかったようだ。
本来なら王侯貴族は夫婦の宣言で愛を誓うことは少ない。
これは政略結婚が多いためだ。
女神像が祝福を贈ることもない。
カインディル様は足元に落ちた一輪の花をそっと拾い、私の髪飾りに挿して口づけをした。
「女神様は二人を祝福し、今ここに新たな夫婦が誕生した」
周囲の騒めきを抑えるように神父様はそう宣言し、家族の拍手で私たちは祝われた。
その後、家族や親しい友人たちとの晩餐会が行われた。
「エレフィア様、おめでとうございます。素晴らしい式でしたわ。女神様が祝福してくれる人はそういないですもの。聖女様、素晴らしかったですね」
友人たちは私たちを祝福してくれる。何気ない言葉だったけれど、聖女様の顔色は優れなかった。
「あら、聖女様、顔色が悪いわ。誰か、聖女様の体調が悪いみたい」
「……ごめんなさい。せっかくの晩餐会なのに。体調も悪かったみたい。先に戻りますね」
そうして彼女は従者と一緒に晩餐会の会場を後にした。
「エレフィア、おめでとう。カインディル王太子殿下、エレフィアは一人で全てを抱え込み、頑張ってしまう娘です。どうか娘を守ってやってください」
「レウスター侯爵、もちろんだ」
父の言葉にカインディル様は笑顔で答えた。
私は側妃となってしまったけれど、彼が私を愛してくれていると知り、彼の愛を感じ、今までにないほどの幸せを感じている。
そうして迎えた初夜も無事に乗り越えることができた。
「エレフィア、愛している」
「カインディル様、私もです」
私はカインディル様と蜜月を過ごし、私たちの仲の良さは王宮では知るところとなっていた。
「カインディル様、この書類なんですが……」
私が彼の執務室で書類の話をしようとした時、突然扉が開かれ、私たちは驚いて視線を向けると聖女様が部屋に入ってきた。
「カインディルっ。あっ、エレフィア様もいらしたんですね」
「メグミ、どうしたんだ?」
「えっと、王妃教育が難しくて。でも頑張ったから、カインディルに褒めてもらいたくって……」
「ああ、メグミは令嬢教育を頑張っていると聞いている。文字も勉強し始めたんだろう?」
「うん! 私、カインディルのために頑張っているんだ!」
彼女は恥ずかしそうにしながら彼に近づいていく。カインディルはメグミの要求通りに軽く抱き寄せ頭にキスを落とした。
私はその様子に心がずきりと痛む。
「聖女様、ここにおられましたか。これからお茶会のマナーの講師が来ます。すぐにサロンへ向かいましょう」
「従者さん、わざわざ呼びに来てくれてありがとう。一日でも早く王妃様になれるように頑張るね!エレフィア様もいることだし、邪魔しちゃ悪いよね。じゃあ、また来るね」
彼女はそう言って元気よく執務室を出て行った。
「……聖女様はいつもああなのですか?」
「たまに、だよ。彼女の機嫌がそれで良くなるのなら安い物だ。愛しているのはエレフィアだ。彼女も良くわかっているはずだ。それは今後も変わらない」
彼はそう言っているけれど、二人の様子を見て心がきりきりと痛む。
カインディル様は今、何も考えていないようだけれど、聖女様はきっとカインディル様のことを慕っていて近づこうとしている。
見えない焦燥感が私の心を傷つけていく。
大丈夫、大丈夫。
カインディル様は私のことを愛してくれているのだから。
カインディル様は私の不安をかき消すように書類を置いて私をぎゅっと抱きしめた。
「心配しなくていい。私がこうするのはエレフィアだけだよ」
「カインディル様……」
しばらく抱き合った後、私たちは再び執務に戻った。
大丈夫、きっと大丈夫。




