白いマーガレット
「うわあ!」
私は思いっきり布団から起き上がった。悪い夢からの目覚めはいつもこんな感じに突然訪れる。頭は重いし、いきなり起き上がって腰は痛いし、冷や汗までかいてるし。私はひとつため息をついてまた頭を枕に戻した。スマホの通知音が鳴って私はちらっと横を見た。もう13時なのか。メール、めちゃくちゃたまってるだろうな。だって、ここ2週間スマホ1回も見てないもん。すると、私のお腹が大きな音を立てた。
「さすがに…何か食べないとダメか。昨日何にも食べてないし。」
私は鉛のような身体を起こしてキッチンに歩いた。食べると言ってもカップ麺だ。やかんに水を入れ、ガスコンロの火をつけ、お湯を沸かす。
今カーテンを開けてわかったが、今日は小雨が降っている。ベランダに置いている白いマーガレットの花にも水がかかっていた。やかんがピーっと音を立てて、私はすぐに火を止めに行った。その時、ふと思った。
私っていつからマーガレットの花、好きになったっけ?
カップ麺にお湯を注いで3分待っている間、私はある古い記憶を思い出した。
ー大学生になった今もこんな状態だけど、私は小学4年生の時に2週間ほど学校に行けなくなった期間があった。
このまま不登校生徒にでもなるか。だって、私が消えても誰も気づく人なんていないもん。布団に潜ると切ない気持ちが一気に押し寄せて、自然と涙があふれてきたその時。
ピンポーン!
小さく呼び鈴が鳴った。誰だろう、まだ両親は帰ってこないはずなのに。
ピンポーン!
今度はさっきより大きな音で呼び鈴が鳴った。私は玄関までゆっくりと歩き、おそるおそる扉を開けた。外は少し寒くて小雨が降っていた。
そこには見たことのあるクラスメイトの男子が立っていた。大倉くんだ。幼稚園からずっと同じクラスだけど、幼稚園の頃しか遊んだり話したりした記憶はなかった。
私がきょとんとしていると、手を後ろに隠しながら彼は口を開いた。
「渡したいものがあるんだ、はいこれ!」
目の前に突き出されたのは5本の花束だった。私が目をまん丸にすると、彼は思いっ切り花束を押し付ける。私は仕方なくそれを受け取った。
「なんで?なんで私にこれくれるの?」
私が聞くと、彼とばっちり目が合った。彼はすぐに目をそらして頭をポリポリかいた。
「だって、だってさなちゃんに似合うじゃん!この白いお花。」
「え…?どういうこと?」
「俺はさなちゃんのこと、ずっと覚えてるよ。俺のこと、信じてな。」
このときの彼の瞳がとても優しくて、私は泣くのを我慢できなかった。彼は「大丈夫?」と私の顔を覗き込んだ。
「もう帰ってよ。もう…来なくていいからね!!」
私は恥ずかしくてすぐに扉を閉めてしまった。5本の花束を右手に握りながら。
その花束を私は1番お気に入りの花瓶に入れて、長いこと大切にかざっていた。そして明日からまた学校に行ってみよう、そう思える勇気をもらったんだー。
カップ麺の3分が経つと、私の目は涙でいっぱいになっていた。大倉くんが久しぶりに学校に来た私を気にかけてくれたことは言うまでもない。ふと気になって白いマーガレットの花言葉をスマホで調べてみた。そこには、こんなことが書いてあった。
ー誠実、信頼、心に秘めた愛。
大倉くん、今どこにいるんだろう?元気にやってるかな?私はベランダに咲き誇る白い花に目をやって、にこっと微笑んだ。いつかまた彼に会ってお礼を言うために、私も元気でいないとな。
完
自分の苦しい時期に支えてくれた人のことって、いつまで経っても忘れないものですよね。たとえ今その人に会っていなかったとしても、頭の片隅にその人の記憶があって「あの人に支えてもらってたんだな」とふと感じて感謝で胸がいっぱいになるんですよね。どんなに時が経っても、自分を支えてくれた人たちへ「ありがとう」の気持ちを忘れないでいたいなと感じる今日この頃です。