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08 お風呂屋さんと俺

 ビゲルさんの説得もあって、最終的にはリオは抱えられてお風呂屋さんへと向かうこととなった。


「まだ昼の時間帯だからな、そこまで混んでない筈だ」


 なんでも子供の頃は、ジャス店長やビゲルさんが抱えて風呂に入れて洗っていたそうだけれども、流石に年頃になってくると嫌がられるようになったそうだ。年頃の微妙な時期じゃ仕方ないと思いつつ、どうしたものかと手が出せずにいたんだって。

 冒険者ともなれば何日も風呂に入らないこともあるから、多少の臭いは気にならないのも相俟って、無理矢理連れて行くことはしなかったそうな。

 良い機会だとビゲルさんは意気揚々としている。


「うぅ、なんでこんな目に…。濡れたら熱を出すに決まってるのに…」

「そりゃあお前が頭を乾かすのを嫌がるからだろうが」

 すかさず返されるビゲルさんの言葉に、リオは小さく呻いただけだった。そんなに嫌なのか、お風呂に入るのが。

 近所にあるお風呂屋さんは、普通の銭湯だった。まあ細かいところとか雰囲気は、見知ったのとはちょっと違うけども。

 もう本当に、俺は上手なコスプレしている方々と一緒にいる感覚しかなくなってきた。ファンタジー要素がほぼない。ファンタジー仕事してない。まあでもそれだけ平和に過ごせているって事で、有りといえば有りかも。

 戦乱の世に転移しちゃってたら、俺って絶対生き残れないし。殺伐よりは良い。

 そんなこんなで気を取り直し、ため息を吐きつつ服を脱いだリオに声を掛けた。

「まあまあ、無理やり引っ張って来たのは悪かったから、俺が頭と背中洗ってあげるね」

「んなっ…!?」

「動くと料理の効果切れが早くなるんでしょ。でもってビゲルさんとかに洗われるの嫌だって言ってたから、なら俺の出番だよ」

 ルカも手伝うと言ったら、ああ頼むとあっさり了承された。しかしながらリオは何とも言えない表情を浮かべていた。

「大丈夫だって。俺、人の体洗うの得意なんだよー。そういう仕事もしてたし」

「しご…仕事!?」

「そうそう、おばあちゃんの知り合いの近所の爺さんの介護とかさぁ。お風呂入れたりトイレ連れて行ったりとか」

 やりたいことを見つける為に、実は色々な職業を経験してたりするんだよね。その中に介護の仕事もあったりする。ただまあ給料が微妙なのと仕事がキツいので、おばあちゃんにあまり会えなくなったので辞めたんだけど。

 それを説明すると、リオが煤けていた。

「…ろうじん…かいご…はは…」

「まあなんだ、とっとと体洗ってもらえ、な?」

 ビゲルさんが引き摺るようにして連れて行ったけど。


「んじゃ、最初は頭を洗おう」

「濡れるのは嫌だ、濡れるのは嫌だ」

 両耳に手を当ててブツブツ言っているリオの頭にお湯を掛けた。もちろんシャワーで。便利なのは良い事だね。

 あまり馴染みのない綺麗な水色なのだから、ちゃんと洗って手入れした方が良いのに。何回も洗うことを覚悟していたら、意外に二回くらいで大丈夫そうだった。

「ジャスはあれでも元冒険者だからな。魔法で最低限の清潔さは保とうとしてるんだよ」

 あんまり無理強いすると本当に血反吐とか吐くしと、ビゲルさんがこっそり教えてくれた。なんだろう、ジャス店長の涙ぐましいほどの努力。一日に五回くらい、店長は菩薩の生まれ変わりかなって思う事が多々あるんだけど。

「終わったよー」

「うう、耳に水が入るのは嫌だ…」

 目をぎゅうと瞑って耳を押さえてるリオは、普段と違って随分と子供っぽい。同い年くらいかななんて勝手に思ってたけど、そういえばストレイル兄弟は幾つなんだろう。

「俺とリオは今年十八になる」

「えっ、年下!? まあ外国の人だと思えば、そうなるかー」

 リオは頭を洗っただけでかなり力尽きてたので、体を洗う前に一旦休憩という事で、タオルを被せて放置。でもってルカの頭を洗いつつ歳を聞いてみたのだ。

「年下って…、ロータはいくつなんですか?」

「えー、俺? 二十二歳だよ」

 あれ黒髪だと思ってたんだけど、ルカの髪の毛もしかして紺色では。え、黒く見えてたの汚れなのか。なんという事だ。

 洗うことに集中してたので、年齢を答えた途端、周りが黙りこくっているのに気付くのに遅れちゃった。童顔て別に言われたことはないんだけどな。年齢の割に子供っぽいとは言われるけど。

「と、年下だと思ってました…」

「同じく」

「俺は身分証作る書類で知ってるが、迷い人だからこっちとは違うだろうよ」

 そういうもんだよね、きっと。

 髪も洗い終わったし、次は体を洗ってあげよう。よく見なくともリオはガリガリで肋浮いてる。ルカの方は一応引き締まった体をしてるけど。二人とも双子だからか同じくらいの身長なのになぁ。

 ルカは特に抵抗もなくされるがままなのだけれども、リオはぶつぶつと何か言っていた。なんというか正反対なのだけども。

 そんなわけで二人を洗い上げて湯船に押し込んでから、自分の体を洗ってるとだ。あれだっけ抵抗してたのに、二人とも同じように口を開けて気持ち良さそうにお湯に浸かっている。これは、体とか頭を洗うのが面倒だと思っているだけではないかな。

「入るまでは面倒臭いけど、お湯に浸かると気持ち良いよね」

 明日も来ようと誘うと、リオが少し拗ねたような仕草で、でもと言っている。


「…叔父さんのお金、無駄に使いたくないですし」


「風呂には入らなくても死なないからな」


 二人なりにジャス店長に負担をかけていることを気にしているようだ。数日だけど一緒にいるとよくわかる。この二人、凄く良い子なんだよなぁ。なんかこう、手助けしてあげたくなるような。あ、だから迷宮の入り口にいた衛兵の人達とか、街の人達優しいのか。すごく気持ちわかった。

 ビゲルさんがその大きな手で二人の頭をぐりぐりと撫でながら、そこは気にするとこじゃねえぞと笑いながら言っていた。

「どうせお前らの事だ。風呂代を本やら食い物やらで使ってるんだろ。そっちに使うのも構わねえがな。もう少し身なりに気を使え。お前らだって、年頃なんだからよ」

 モテないぞと言われ、二人はなんとも言えない顔になってた。うーん、そういうこと言っちゃうのは、おっさんなんだよね。

「おい、お前今ちょっと失礼な事を考えてるだろう」

 すかさずこっち見てくるあたり、自覚があるのかもしれない。


 俺も湯船に浸かって、体から力を抜いた。ああやっぱりお風呂は気持ち良いな。おばあちゃんもお風呂とか温泉とか好きで、よく出かけてたっけ。子供の頃はおばあちゃんが参加した町内会の温泉ツアーに連れてってもらったなぁ。近所のおばあちゃんやおじいちゃん達から滅茶苦茶可愛がられたのを思い出して、懐かしさからちょっと涙が出そうになった。

 うぅ、町内会の皆、元気かなぁ。おばあちゃんにも会いたいけど、町内会の人達にも会いたくなっちゃったな。

「ロータ、大丈夫ですか?」

 ちょっとしょんぼりしてると、リオが声をかけてくれた。数日前まで他人だったのに優しくしてくれるだなんて、本当に良い子だな。年下だってわかるともう、弟とかそういう感じにしか見えなくなってくる。

 それでもって、リオを見て気が付いた。

 最初会った時は血反吐を吐いてたし、顔は土色だったし、基本的に目の下に隈があるから、すごくわかりづらいのだけけども。

 お湯につかって血色が良くなったリオは、かなりのイケメンだった。ルカだって無表情過ぎてあれだけど、整った顔をしているし、双子だから当たり前と言えばそうか。

 ちらりとルカを見れば、髪が黒から紺色になっただけである筈なのに、イケメン度がアップしていた。ああそりゃあビゲルさんが身なりに気を使えっていうわけだよ、うん。

 やっぱり明日も、嫌がられても風呂に入れよう。入れなければならない。なんか義務感が出てきちゃったよ。

 一人で頷いていると、リオが眉間に皺を寄せて、なんだか嫌な予感がすると言った。嫌な予感なんて失礼な。

「明日もお風呂屋さんにリオを連れて一緒に来てくれるのなら、夕飯は肉料理を作るよ。おまけも付けるし」

「わかった、任せろ」

「…んなっ!? る、ルカだって濡れるの嫌いでしょ?」

「川での水浴びは好きだぞ。口を開けてれば、たくさんの水が飲めるし」

 ルカにお風呂のお湯は飲まないでねと言えば、当たり前だと返された。これっぽっちも信用ならないんだけど。


 あまり長湯をすると大惨事が引き起こされかねないので、さっさと出たのだけれど。脱衣所でリオが力尽き、なんとなくやばい気がしたので出掛ける時に私物の水筒に入れて持ってきた芋のスープの残りをルカに一気飲みさせた。

「これはこれで美味しいが、風呂上がりは甘いのが飲みたい」

「帰り道の屋台でアイス買ってあげるから」

 リオはビゲルさんが背負っているし、少なくともルカが暴走することはこれでなさそうだ。今日は芋のスープしか作らなかったけど、飲み物作って常備しておこうかな。そっちの方がジャス店長の財布的には優しいだろうし。リオの体もつらくないだろうし。

 何が良いだろうなんて考えてたら、いつの間にか帰り着いていた。血反吐も吐いてないし、暴走もしてないので、俺的ミッションコンプリートだ。

 ちなみにルカに買ってあげた三段アイスは、瞬きしたら消えていた。なんだろう、魔法以上に魔法のようなものを見た気分だ。


「リオは寝かして来たから、俺はそろそろ帰るけど」

「ビゲルさん、ご協力ありがとうございました」


 店の出入り口で立ち止まったビゲルさんが、腕を組んで何やらじいっと俺を見てきた。なんだろう、何かしたってわけじゃないと思うんだけど。

「なあロータ、お前。この前話した時、ちょっとばかり冒険者に興味持ってなかったか?」

「え、唐突にどしたの? 冒険者に興味というか、そういう職業の人って俺の世界にいなかったけど、架空の職業として小説とかゲームとかで題材にされて人気だったんだよね。迷宮で魔物倒してドロップ品を回収して生活するとか、俺からしてみれば非日常的な事でちょっと憧れちゃう」


「そうか。まあ娯楽の一種の空想ものだって考えりゃ、そうだろうなあ。…向き不向きで言えば、お前は間違いなく向いてない方なんだが。お前ちょっと明日、ギルドで迷宮初心者向けの講習受けて見ないか?」


 唐突のお誘いである。これは一体どういう事だろうと、思いっきり疑問が浮かんだ。

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