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07 兄弟の日常と俺

「明日からちょっと一週間ばかり留守にするから、その間の食事作りとか頼んで良いか? 買い食いしても構わないんだが、ルカの食う量を考えると、できるだけ作って貰えると助かる」


 店の扉を直しながら、ジャス店長が唐突に言った。いきなりいなくなるなんてどゆ事。俺まだここにきて三日目なんだけど。

「迷宮毛ガニ漁の手伝いに、ちょっと」

「迷宮に行くの? あれ店長さん、冒険者引退してなかったっけ」

「引退してても荷物持ちくらいは出来る。そして俺は蜥蜴族のハーフだから、泳げないし濡れるのは嫌いだが、水中で長い時間行動できるからな」

 なんでも高級品として有名な迷宮毛ガニ、この南地区にある『水霧の迷宮』か、東地区の水系の迷宮でしか取れないそうだ。でもって東地区は蜥蜴族の冒険者でごった返しているので、実は南地区の迷宮はある意味穴場的場所らしい。

「この地区は比較的初心者が多いからな。水中で息の出来るようになる薬があるんだが、それはそこそこ高い。だからな、この地区で毛ガニ漁をする奴らが少ないんだ。それでもって薬を使わなくとも水中で行動出来る俺は、それなりに需要がある」

 魔法使いの人達が陸上から毛ガニを狙って氷の魔法で倒し、出たドロップ品は水中に落ちるのでそれを店長が回収するそうだ。

 そういうわけで、月に一回か二回ほど、ルカとリオの出した被害額を賄う為に、毛ガニ漁に参加してお金を稼いでいるという。効率的に毛ガニを集めるため、迷宮と冒険者ギルドをドロップ回収役の人達が交代で行き来するだけの生活になるので、留守にするしかないとか。

「ビゲルや店の常連の奴らにも声掛けとくから、何かあったら遠慮なく相談するんだぞ。すまないな、まだ生活に慣れてないのに、留守にしちまって」

「…ジャス店長」

「ただ今月は、…回復薬代がちょっとかかっててな。あと暴れて壊した物の修理費とか、迷惑料とか…」

「ジャス店長」

 ちなみに回復薬は安いもので一本二千メル、高級品ともなると一万メルだそうだ。それを一日に何本も消費しているとなると。ああうん、ひと月の支出を見たくない気がする。遠い目をする店長の気持ちがすごくわかる。


 安く大量に購入出来るお店を幾つか紹介してもらった次の日、ジャス店長は出掛けて行った。出発する時、ビゲルさんも店に来て一緒に見送ってくれたのだけど、この人ギルド長なのに割とここに入り浸ってる気がする。

「ロータはまあ大丈夫だろう。だが問題はストレイル兄弟、お前らだ」

 ジャス店長が作ってくれた朝食を食べ続けているルカと、回復薬をちびちびと飲んでいるリオに向かってビゲルさんが言った。

「お前ら、ジャスが帰ってくるまで迷宮には行くんじゃないぞ。ロータは割と馴染んでるが、迷い人なんだからな。絶対に一人にするなよ。それからわがまま言ったり好き嫌いしてして困らせるんじゃないぞ。夜更かしもほどほどに…」

 途中から注意事項が色々とおかしくなってる。リオは大丈夫ですちゃんとやりますと穏和な笑みを浮かべているけど、顔色は青を通り越して土色だ。ルカ曰くいつも夜遅くまで本を読んでいる所為で、体調不良を悪化させているとか。

 ルカは無表情で頷いているけれども、すでに大鍋が空になりつつある。ジャス店長は大鍋を五つ用意していったんだよね。これで今日は大丈夫だと言った時、何言ってんのこの人って思ってごめんなさい。


 そんなわけでビゲルさんが帰った後は自由行動になったわけだけど。リオは部屋で読書の続きを、ルカはとにかく動かないようにするそうだ。迷宮に行かず、回復薬等を消費させないようにするには、そうするしかないとか。まあそうだよね。

 その間に溜まった家事は、店長が帰って来てからまとめてやるとか。なんだろう、店長のことを思うと涙が出そうになっちゃうよ。

 二人は最初は手伝っていたけれども、洗濯しても血反吐で再び汚し、掃除をしても空腹ですぐに暴れるしで、被害が拡大してしまうそうだ。どうすれば良いかと考えた結果、何もしないのが一番負担がないとなったとか。なんだろう、店長さんもストレイル兄弟も居た堪れない感じで可哀想だ。

 まあ俺はおばあちゃんのお手伝いしていたので、掃除も洗濯も出来るのでまあ大丈夫なんだけれど。しかも動力はわからないけど洗濯機みたいなのあったし。ただ掃除機はなかった。

 この世界のテクノロジーってどうなってるんだろう。謎過ぎる。


 まあともかく、出掛ける時は声掛けてと言われたので、俺も特にやることもなかったので、厨房の掃除をした。一週間も掃除しないのはやっぱりなあと思ったからだ。与えられた自室の掃除は終わってるし、洗濯もやってしまったのでちょうど良い。


「…思ったより本格的に掃除してしまった」 


 集中してたらだいぶ時間が経ってたみたいで、奥の階段のところにいたルカの腹の猛獣が唸りまくっていた。店舗部分に時計がないんだよね。ジャス店長に聞いたら、そこそこお高いので壊されたくないと言ってたけど。

「ごめん、もうお昼?」

「いやまだ昼前だが、腹が減った」

「いまあっためるね」

 大鍋の中身は基本肉しか入ってない。店長はルカには肉を焼いて食わせておけば大丈夫と言ってたけど。

 野菜類を器用に避けて食べている姿を見て、察した。煮込んで溶けている玉葱とかは食べてるみたいだけど、後は芋を少量食べるだけで。申し訳程度に入ってる野菜は食べない。鍋に残ってるけど食べない。

「……野菜は?」

「非常食として残してあるだけだ」

 後で食べると無表情で言ってるけど、じっと見てたら暫くしてまとめて大口で食べてた。そして口直しに別の鍋の肉を所望された。やっぱり野菜嫌いじゃん。典型的な野菜嫌いの子供じゃないか。

「ルカは主食と肉ばっかりですよ。叔父さんが何度か頑張って食べさせようとしてましたけど、そのものを絶対に食べようとしないので、今はこうして煮込み料理にして一緒に少量を摂らせる程度で」

 そんなことを言っているリオは、朝と同じで回復薬をちびちびと飲んでいて、食事をとってない。先日、固形物を食べたのは久しぶりだとか言ってたけど、まさかとは思うけど回復薬しか摂取してないのではなかろうか。

「いえ、ちゃんと食べてますよ。薬草とか、薬草とか」

「それは食事じゃない」

「だって食べるとお腹痛くなって血反吐を吐いちゃうので」

 虚弱体質だと言ってたけどさ、複合的原因が他にもあるんじゃなかろうか。ほうじ茶は飲んでたし、味覚はあるのだろうけれど。


 先日の鑑定の結果、俺の作った料理の一回の摂取で二人が普通の状態を保てるのは、せいぜい一時間程度ってわかった。動いたり喋ったりするともっと減って行くけれど、まあその位だ。

 それなら試しにと、大量にある芋を使ってスープを作ってみた。芋ならばルカでも食べるだろうし、スープならリオでも飲めるだろうと思ってだ。調味料は揃ってたし、心の底からあり得ねえよとツッコミを入れたくなったけど、コンソメキューブがあったんだよね。

「色々と問いたいけど、なんであるの?」

「なんでって言われても、迷宮産の比較的安価な調味料ですよ、それ。あとカレーのルーとかいうのもドロップ品であります。迷い人にそれをいうと、なんでだよって言われると伝承にあったんですけど、本当なんですね」

 物凄く同意しかない。というか、これをこの世界に持って来ちゃった神様は、創造神にブチ切れられて当然だと思った。ズルをしちゃった神様は悪神として封印されたらしいけど、当然の結果だと思う。

 ミキサーとかあればいいのにと思ったけど、多分間違いなくオーブンと同じ理由でこの店にはないんだろうな。うん、あまり余計なことを言って店長が遠い目をしてしまいかねないので、やめておこう、そうしよう。


「美味しそうな匂いがします」

「具は入ってないから、まあ一口くらい飲んでみて」

「次は肉を入れて欲しい」

 さらりと言われたリクエストは聞こえないふりをして勧めてみれば、二人はすんなりと口にした。反応は悪くないように見える。

 リオの土色だった顔色に赤みがさして、人としてあり得る色合いになったので、ちゃんと効果はあるんだと思う。これなら大丈夫だろうと思って、話を切り出してみた。

「小一時間の効果だから、早速行こう。着替えとかの準備はしてあるから」

「どこにですか?」

「お風呂屋さん」

「店までは一緒に行きますけど、中にはロータだけで…」

 予想通りリオが断ろうとしてきたので、二人も行くという事を言うと、無理ですと拒否された。

「大丈夫ですよ、毎日私達は体をちゃんと拭いてますし、血反吐を吐いて他のお客さんに迷惑かけるわけには…」

「今からビゲルさんとか常連のおじさん達が来るので、一緒に行くから色々と大丈夫」

 激しく拒否するリオとは違い、ルカは何も言わない。賛成でも反対でもないという事かな。ならばとばかりに、給付されたお金の力をちらつかせてみた。

「一緒に行ってくれたら、お風呂上がりにアイス買ってあげる」

「行こう」

 即答である。無限に食べられそうなので、三個までねと言っておいた。

「そんな、ルカ! 裏切り者…!!」


 ここにお世話になってから、ストレイル兄弟と一緒に過ごしてたんだけどさ。この二人、全く風呂に入らない。なので正直言うと。


「臭い」

「ゴフウゥゥゥッ!!??」

「親切にしてくれる人達に言うのはなんだけど、臭い」

「ロータ、ちょっと待ってくれ。リオが息してない」

 遠回しにお風呂に入らないのかと聞いたら、他のお客さんに迷惑をかけるからと断られた。最初はそれに納得したのだけど、俺の料理を食べた後も行こうとはしなかった。ので店長に聞いてみたら、境遇から風呂に入る習慣もなく、そして今は面倒臭いから行かないだけだと思われると言われてしまった。

 少なくともメール王国では風呂に入るのは習慣としてありだし、冒険者はそこそこ匂いがキツいらしいけど、この二人は冒険すらしてないのだから、入るべきである。


「…血反吐を吐かずに床で死にかけてるのはなんでだ?」


 怪訝な顔をしたビゲルさんが来るまで、リオは床に蹲ったままだったりした。

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