06 兄弟の絆と俺
異世界転移二日目だけれども、ジャス店長の唐突な人間じゃないハーフ宣言以外、特にこれと言ってファンタジー要素に出会ってない。なんかこう、本格的なコスプレしてる方々に囲まれてるだけのような気がしてならないなあと思った。
けれども街中を歩いていると、屋台のおじさんの手から炎が出て肉を焼いているのを目撃してしまった。もしかしなくとも、やっぱり魔法かな。
「ああ、火の魔法ですよ。でも料理等に使うのはコントロールが難しいので、魔法で料理して売り物にすることはあんまりないかと…。多分あのおじさんのご飯です」
話してるのが聞こえたのか、屋台のおじさんが昨日女房を怒らせて生肉叩きつけられちゃってと、とても居た堪れない理由を話してくれた。あのなんかすみません。
「それにしても初めて魔法らしい魔法見たよ、凄い格好良いね」
「そうなんですよ! 魔法って凄い格好良いんですよ!!」
何気なしに言ったのだけど、リオがめちゃくちゃ同意してきた。呪文使いというだけあって、リオはやっぱり魔法が好きなのかな。
「…その、ちょっと重い話なんですけれど。私とルカは双子の兄弟でして。生まれた場所がちょっと特殊な風習のある辺鄙な田舎で、双子は忌み子として処分されるような村だったんです」
「予想を超えまくって重過ぎる過去」
「まあ色々あって物心付くまで生き残れたんですけど、遂に村中の人間に追い立てられて、火炙りにされそうになったところをですね」
「怒涛の重過ぎる話が呑み込めない」
「……本来のストレイル兄弟が助けてくれたんですよ」
「…………」
その助けてくれた人達が呪いを押し付けたとかいう事実。どうしよう、こんな時ってどんな顔をしたら良いのやら。
「その時見た魔法の多重展開が格好良くてですね。いつか私もああなりたいと思ったんです」
目を細めて微笑みながら、リオはそしてその多重展開した魔法を逃げたストレイル兄弟にぶっ放すのが夢ですと言った。ああうん、それは仕方ないと思う。
「…まあ今の所、さっきの屋台のおじさんが使ってた火を出そうとするだけで、血反吐を吐き出して倒れるんですけどね」
「おうふ」
「あ、でもこの血反吐、割と有効なんですよ。迷宮のモンスターに取り囲まれた時、パニックになると吐き出すので、目眩しに使えるんです」
「新しい技みたいに言わないで」
三人で歩いているけれども、話すのはやっぱりリオばかりだ。ルカは無表情で歩いているだけで、楽しいのか詰まらないのかさっぱりわからない。迷宮に行きたがっていたけれど、それはルカも同じなのかな。
「あ、このお店が割と安価に衣類が手に入りますよ。叔父さんが普段着をまとめ買いしてる店です。ロータの着ている服に、割と似てるものが置いてありそうですし」
「へえー、本当だ」
「ここで待ってるので、ゆっくり買い物してきてください」
あれ、一緒について来てくれないのか。リオを見ると困ったような表情で、売り物ばかりの店内で血反吐を吐くかもしれないのでと言われた。ルカが自分が暴れて売り物を破壊したら、もう叔父さんの財布は再起不能だとも。物凄く納得の理由である。
「買い物の仕方は多分同じだと思いますよ。商品を持ってあそこのカウンターに行って支払いです。試着とかは店員さんに聞けば教えてもらえるかと」
「普通に同じだ」
「ロータは迷い人なので、そういった事情を話せば、店員さんも丁寧に教えてくれます」
なんでも昔、迷い人に嘘を教えた結果、国が滅びかけた事件があった為、王様が厳命しているとかなんとか。迷い人に嘘を教えた事がバレたら極刑だそうな。バレなきゃ良いと思われるかもしれないけれども、それを防ぐ為に国営の冒険者ギルドを通じて人を紹介されるわけだ。なるほどねぇ。
「じゃあちょっと見てくる」
「行ってらっしゃい」
二人と別れて買い物をしてから店を出ると、近くの木陰にリオとルカが座っていた。時間にして30分(普通に時計があったし一日二十四時間だった)程度だったのだけれど。
「ロータ、ちょっと良いですか?」
「ごめん、待たせちゃったかな。どしたの」
「すみません、だいぶ我慢してたんですけど…、ゴベンナザイゴフゥゥッ」
リオが微笑みながら、目の前で血反吐を吐いて倒れた。通りすがりの人達から悲鳴が上がる。これは子供に見せたらトラウマ必死の光景だ。
「ロータ、回復薬を」
「あ、はい」
慣れた様子で、ルカがリオの口に回復薬の瓶を突っ込んだ。割と乱暴な扱いなのだけれど、大丈夫なのだろうか。ルカはそのままリオをおぶり、行こうと言って歩き始めた。リオに限界がきてしまったけれど、ルカはどうなのだろう。
「俺はいっぱい食べたからな。食べた量にもよるのかもしれない。しかし、あの耐え難い空腹は突然来るから、おじさんの店に戻った方が無難だな」
「そうだね、二人とも俺より大きいから運ぶの難しいし」
ビゲルさんが大柄な強面のおじさんだったので、特になんとも思わなかったのだけれども。街中にいる一般的な人の身長が割と高い事に気付いた。いやこれでも俺、身長は180cmには惜しくも届かないけど、そこそこあるんだよ。
なのに、冒険者っぽい男性や女性を見ると、俺より高い人が多かった。
「種族的な違いがあるかもしれないな。見た目や文化は似ていようとも、違う世界の住人だし」
「なるほど」
「それ故に、この世界で生きていけるようにと、天上の神々は迷い人に特殊な能力を授けると言い伝えられている」
詳しいねと言ったら、リオがそういう伝承の類を集めた本を読んで聞かせてくるからと返された。
「…リオは早く呪いを解きたいんだ。何か方法はないかと、必死に探している。…だから焦っている」
ルカはほんの少し、そう本当にほんの少し、眉を寄せて苦笑した。
「そうしないと俺が好きな相手と結婚出来ないから、なんて言っているんだ」
「え、好きな人いるの?」
「いや、いない」
まさかの即答だ。ルカは無表情に戻って、全てリオの勘違いなんだと言った。
「…期間限定の屋台が出ていて、俺が熱心に見ていたら。そこの売り子に気があると勘違いされている」
そもそも二人は、普段の生活でジャス店長のお金を湯水の如く消費させている。なのでちょっと欲しい物があっても、割と我慢しているそうな。それでもジャス店長は毎月お小遣いをくれるという。
ただその期間限定の屋台は、迷宮産の食材を使ったお高い料理が売られていて、小遣い程度じゃどうにもならなかった。
「だから、せめて匂いだけでも堪能しようと、屋台の近くで毎日佇んでた。流石に恥ずかしいから理由を隠したら、リオが売り子に恋をして恥ずかしがっていると思ったらしくて」
「なんという勘違いの連鎖」
「期間限定の屋台は、毎年秋の祭りの時期に出るから。それまでに少しでもお金をと、リオが張り切って迷宮攻略に乗り出したんだ」
あれでもそれじゃあ、ちゃんと話せば全ては解決するのでは。
「……俺も、リオの呪いを解いてやりたいと思ってるから」
なんでも、『虚弱』の呪いはあくまで途轍もなく重い虚弱体質になるだけで、その呪いで死ぬ事はないそうだ。だから血反吐を吐いて倒れている状態は、言うなれば体力切れで死に掛けているだけで、死ぬわけではない。
けれども死に掛けている状態なんていうのは、やっぱり極限であり体には耐え難い苦痛があるわけで、回復薬でそれを取り除いてやるしかない。
「呪いは恩恵でもあるが、今のところ俺達はその恩恵にすら与れてない。リオは魔法を使ってみたいとずっと、子供の頃からずっと言っていたから。その夢を叶えてやりたいとも思う」
話を聞いていて、リオもルカもどっちも兄弟想いの良いやつじゃないかって思った。こういう話を聞いちゃうと、協力するしかないって気持ちになる。
おばあちゃんからのお迎えって、多分だいぶ先になるだろうし。俺に出来る事があるならやってあげたいし。
それに、作ったご飯を美味しいと言ってもらえたのは、やっぱり嬉しかったし。
「…俺も協力するよ! 何が出来るかわからないけど…」
ルカは無表情のままだったけれども、どこか雰囲気が優しくなった気がした。
「ありがとう、ロータ」
お礼を言われるとなんだか気恥ずかしくなるなあと思っていると、ルカが続けて言った。
「お前とは話していているとなんだか楽しくて、いつもよりたくさん喋ってしまう。…だから」
ちょうどジャス店長の店の前へ辿り着いたのだけれど、ルカはぴたりと足を止めて動かなくなった。
あ、これもう展開が予想できるやつだ。
「数歩前からなんとなく拙い気がしていた。リオを地面に降ろすから、…あとは…」
ちなみにこのルカの言葉。殆どが猛獣の呻き声のような、グゴギュルルルルグルルルとかいう音にかき消されてるからね。
リオが地面に降ろされた途端、ルカは四つん這いになって獣の如く店の中へと突っ込んだ。中からジャス店長の悲鳴が聞こえてきたけど、心の中で合掌する事しか出来ない。
とりあえず俺の出来る事といえば、地面で倒れているリオの介抱くらいだ。血反吐を吐くというし、上向きは拙いかな。血が詰まって窒息死とかあり得そうでとても怖い。
部屋に寝かせたら良いだろうけど、店内ではルカが暴走してるし。
少しばかり悩んで、地面よりはマシだろうと思って、リオの頭を座り込んだ俺の膝に載せておいた。体はもちろん横向きである。
しばらくして気が付いたリオがしこたま謝ってきたけど、その所為でまた血反吐を吐いて倒れたので、再び俺の膝の上の住人となった。
店からは悲鳴と物が壊れる音、目の前には血溜まり。なんだろう、思ってた異世界ファンタジーと違う。何かが違う。
店長がブツブツと俺は修理が得意なんだと言いながら出てきて、俺はさらに遠い目をしちゃったのは仕方ないと思う。