05 特殊スキルっぽいのと俺
色々あって疲れたのに、ベッドに入ると途端におばあちゃんに会いたい気持ちでいっぱいになってしまった。ううう、おばあちゃんは大丈夫かな。
『……た…ちゃん……ろ……たちゃ……朗太ちゃ…ん』
ああなんだか、おばあちゃんの声が聞こえる気がする。遂に幻聴がと思ってると、暗い部屋の中が突然光り輝いた。そしてその光の中に、おばあちゃんの姿があった。
「おおおおおばあちゃああんん!!!?? 何これおばけ!!??」
『朗太ちゃんったら、おばあちゃんまだ死んでないわよ。おばあちゃんね、ちょっと異世界召喚っていうのされたみたいで、ちょっとしばらく帰れそうにないけど、大丈夫だっていうのを伝えたかったのよ。大神官様がこの魔法でね、朗太ちゃんとお話しできるようにしてくれたの』
さすがおばあちゃん、なんかあっさりと状況を受け入れている。おばあちゃん小説も漫画も好きで読んでるもんね。理解は早いか。
ルカが推測した通り、おばあちゃんはホルルカ公国にいるそうだ。
取り敢えず俺も同じ世界にいるっぽいのと、メール王国にいる事を説明したら、やっぱりすぐにわかってくれた。凄いよおばあちゃん、大好き。
『朗太ちゃんもこっちの世界に来ちゃったのね。大神官様に頼んで、朗太ちゃんを迎えに行ってもらうようにお願いするわ。おばあちゃんね、なんだか手違いがあったかもしれないだなんて、ちょっと問題に巻き込まれちゃってて。ちょっとここから離れられないのよ。ごめんね、朗太ちゃん。随分遠いみたいだから、お願いしても直ぐに向かってもらえないだろうし、時間が掛かっちゃうかもしれないけど』
このおばあちゃんとの会話の魔法も、そう頻繁に出来ないそうだ。手違いで呼び出されちゃったおばあちゃんに申し訳ないからと、大神官様がわざわざやってくれたらしい。普段は別のことに魔力を使うから、かなり無理をして魔法を使ってくれたとの事。
『朗太ちゃんは店長さんにお世話になってるのね。後でおばあちゃんもお礼に伺えたらご挨拶するから。…朗太ちゃん、ちゃんとご飯を食べて過ごしなさいね。体に気をつけるんだよ。あら…そろそろ…時間…ぎれ…またね…』
「おばあちゃんも元気でね、体に気をつけてねぇっ」
光が消えて、薄暗い部屋が戻ってきた。
でもおばあちゃんに会えたので、その後はぐっすり眠る事が出来た。ただジャス店長からは、部屋で独り言を呟いていると思われたらしく、とても心配されたけど。
「それで、言われた通り食材を用意したが、どうするんだ?」
ジャス店長が台の上に卵を置きながら言った。迷宮産の卵は高級品だけども、鶏の卵くらいならば比較的安価で手に入るそうな。あと朝になってから知ったけど、店の裏に鶏小屋があって何羽かいた。
ジャス店長が、ルカが食べる分はこれじゃ到底足りなけどなと煤けていたけど。
「昨日、ロータが作った料理を食べた後、私もルカも体の調子が凄く良かったんです。迷い人特有のなんらかのスキルがあるのかと…」
「スキルって?」
「異世界から来た人間は、天上の神々から何らかの祝福を貰うんです。それに気付けるかは本人次第でしょうけども。私達の呪いが一時的に軽くなったように思えたので、試してもらいたくて」
店舗の厨房は大掛かりなものではなく、こじんまりとした見慣れた感じで、普通にコンロがあった。動力はわからないけど。
「……オーブン代は食費に消えたんだ」
「あ、はい」
普通にフライパンとかはあるので、牛乳のようなものとバターでオムレツでも作ろう。
「ちなみに、迷宮産のミルクは高級だ。瓶に入った状態でドロップされるが、中身を使い切ると瓶が消える」
「便利過ぎる」
ルカの視線がフライパンに釘付けなのだけれども。いやルカだけじゃない、店長もリオも思いっきり見ている。物凄くやりずらい。
「上手なもんだなぁ」
「えへへ、おばあちゃんが教えてくれたんで」
それでもまあ褒められると嬉しい。出来上がったオムレツをお皿に乗せると、リオが叔父さんと声を掛けた。
「なるほど、それでこれを貸してくれって言ったんだな」
店長が片眼鏡を持ち出した。何それと聞いたら、鑑定レンズだと教えられた。
「俺が冒険者時代に手に入れたものだ。と言っても簡易的なことしかわからない安物だが」
それでも十分役に立つと話す店長の横で、ルカの腹から猛獣の呻き声のようなものが聞こえてきた。なんでもいいから早くした方が良いと思う。
「おお、なんだか料理にプラス効果が掛かってるな。なになに、…滋養強壮に満腹度アップ…。ピンポイントでストレイル兄弟向きじゃねえか」
「あれ、ビゲルさん」
いつの間にか店に入ってきていたビゲルさんが、店長と同じような片眼鏡を付けてオムレツを見ていた。
それにしても俺が作った料理にプラス効果。うわー、なんか異世界転移チートみたい。
「これって料理に付加価値付けて売れちゃうとか?」
「微妙だな……。飯を食えば普通に満腹になるし、滋養強壮っつっても、回復薬とか売ってるからなぁ。回復効果のある料理もあるくらいだから、微妙だな……」
微妙って二回言ったよ、ビゲルさん。本当に微妙なんだね、ビゲルさん。
「鑑定終わったなら食べていいか?」
「もうちょっと待って」
なんかビゲルさんがまだ見てるし。猛獣の呻き声はもう少し抑えて欲しい。というかさっき、店長の作った朝ごはんを食べてたよね、ルカは。
「身分証明書を届けるついでによ、何やら面白そうなことをやってるんでな。ジャスが持ってるのより、性能がいいんだぞ、これ」
ちょっと自慢げに胸を張ってるビゲルさんの横で、リオがワナワナと震え出した。え、何まさか血反吐を吐く前兆かな。
「やっぱり…! やっぱりロータの作る料理には…!!! あの、どうかお願いしますっ!! これから毎日、私達の為に料理を作ってくださ……ゲフッ!!!」
最後まで言い切る前に、予想通りリオが血反吐を吐いてぶっ倒れた。でもすぐに復活して、口元を拭いながら、気恥ずかしそうにちょっと興奮しちゃってと言っている。恥ずかしがるとこなの、これ。
「なあ食べていいか?」
「今それどころじゃないと思う」
しかしながらルカの腹の猛獣は待てができる訳もなく、間もおかず五回ほど同じやりとりをした結果、胃の中に消えた。
「おかわり」
「…満腹度アップとか言ってなかった?」
「美味しいから、もっと食べたいと思った」
さらりと褒められて、ちょっと嬉しくなってしまう。
俺の家族って、栄養摂れればなんだって良いっていうタイプの人達だったからなぁ。そして家事も手抜きで良いし、お金で解決出来るのならそれで良いって感じで。まあそれも間違いってわけじゃないんだけどさ。
おばあちゃんから料理を教えて貰って、頑張って作った朝ごはん。家族は美味しいって喜んでくれたから、嬉しくなって明日も作るねって言ったんだよね。
でも父さんも母さんも、それからお姉ちゃん達も、そういう負担になる家事はやらなくて良いから、朗太のやりたい事をしなさいって、そう返されちゃったんだよね。喜んで欲しかったのにな。
それを思い出してちょっとしょんぼりしたけども。おかわりを急かす声に全てかき消えたわけで。
「ルカが色々と収まらないから、オムレツをあと30個くらい作ってくれないかな」
「店長、数がおかしいって気付いて。あと卵ないよ?」
「ビゲルがいるから大丈夫だ」
ジャス店長がちらりと視線を送ると、ビゲルさんがツケにしといてやると言って店から出て行ったかと思うと、すぐに卵を抱えて戻ってきた。買い出しまでしてきてくれるとは。
「おかわり」
「とりあえず一回黙ろうか。腹の猛獣も」
ルカの催促を押しとどめつつ、只管にオムレツを焼く事になった。
ちなみに復活したリオも体に良いだろうからと一口食べて、喉に詰まって死に掛けてた。この人、1日に一体何回死に掛けるんだろう。まだ朝なのにペース早くないかな。
「そういえば固形物食べるの、すっごく久しぶりでした」
「食べる前に思い出して」
「美味しそうな匂いだったんで、つい」
青白い顔をしたリオが、食べたかったんだけどと肩を落としていたので、卵でおじやを作ってあげたら喜ばれた。普通に米がある異世界とか、本当にここ異世界なんだろうか。むしろ海外旅行行った方が、異世界っぽい気分になれるんじゃなかろうか。
「米は水をぶち込めばいくらでもカサ増し出来るからな」
凄く悲しい理由を、ジャス店長が笑顔で言っていた。なんだろう、この人が一番色んな意味で助けが必要なんじゃないの。
ビゲルさんに視線を向ければ、無言で首を横に振られたので、慈悲はないらしい。なんて事だ。
「じゃあ早速迷宮に…!」
「まあ待て、ストレイル兄弟。ロータは昨日、ここに来たばっかりだろ。いくらなんでも唐突過ぎる。食った料理の効果がどれくらい続くかも、俺やジャスの持ってる鑑定レンズじゃわからねえからな」
懐からカードを取り出したビゲルさんが、身分証明書だと言って手渡してくれた。
「無難なカード型にしといたが、変更したけりゃ一回くらいは俺が金出してやるからよ。腕輪とか指輪とか、あとは耳飾りとかな。色々あるんだよ。まあそういうのは大抵、体を動かす冒険者連中が好んで使ってる」
「動きやすいように?」
「まあそうだな。あとこのカードがありゃ、冒険者ギルドに金を預けられる。国営だから金の管理は民間より信頼できるぜ。でもってだ、ストレイル兄弟。お前ら、ロータ連れて街中回って来い。生活に必要なものとか、ちょっとした常識とか教えつつな。それが俺からお前らへの依頼って事で、金を払ってやるから」
すぐにでも迷宮に行きたがっていたリオを押さえて、ビゲルさんが言った。知的っぽいのに、リオはどこか焦っているようにも見える。ルカは無表情なので、全くわからないんだけど。
「料理の効果が切れたら、なるべく穏便に帰ってこいよ」
「ロータ、これ回復薬。リオが倒れたら一気飲みさせれば大抵どうにかなるから。ルカが暴れ出したら、近くの衛兵に助けを求めるんだ。大丈夫、みんな慣れてる」
そんな慣れいらない。
というか、案内されるのは俺なのに、なぜ保護者枠のような感じで話されているのだろうか。おじさん二人に見送られて、昨日ぶりの街へと繰り出した。