04 苦労性の店長と俺
「私達に掛けられてる呪いについては、ギルド長から聞いたと思うんですけど」
「えっと『虚弱』と『暴食』だっけ」
中々に酷い呪いだと思う。普通に店の手伝いも出来ないなんて、日常生活をおくる事すら難しい。
「…その呪いを解くには、聖なる乙女の力が必要だと伝えられているんです」
呪いを受けたストレイル家は当時の聖女に助けを求めたんだって。でもその当時はまだ呪いが強力過ぎて解けず、百年以上の時が必要だと言われたそうだ。
「当時は国の勇者、王の忠臣としてとてつもない財産をもっていたストレイル家ですが、代を重ねるごとに呪いの弊害で…。百年以上たった今なら聖なる乙女によって呪いが解けるはずなんですけど、そのお金が…」
お察しの現状に、何ともいえない気持ちになってしまった。
「冒険者ならばそのお金が稼げる可能性が、本当に僅かでもあるからなんです。…まあ、初心者用の『はじまりの迷宮』の入り口付近で倒れて、担ぎ出される毎日なんですけど」
深く溜息を吐くリオは、肩を落としている。顔色の悪さも相俟って、今にも倒れるんじゃないかって思ってしまう。
え、大丈夫なのこの人。心配していると、無表情で微動だにしないルカが、唐突に手を握ってきた。
「頼む、俺達に毎日飯を作ってくれ」
「はい?」
話の脈絡がわかんないとばかりに、ルカを見上げた。無表情で全く感情が読めなくてなんか怖い。助けを求めるようにリオを見る。
「…ええと、お話ししたい事というのはルカの言っている内容でして」
「ご飯って店長さんが作ってるんじゃないの?」
「叔父さんの料理は美味い。だがアンタの料理は、また違うんだ」
そりゃ作る人が違うと、味付けも変わるだろうに。
「いえ、味付けの話ではなく、その効果についてなんです。…貴方から頂いたお茶を飲んだ後、いつもより体の調子がよかったんです」
リオが眼鏡をくいと持ち上げて、ここに来るまでに血を吐かなかったと言った。
「血を吐くのが普通になってる!?」
「そんな、ちょっと気張った時に吐き出す位ですし。吐き過ぎて失血死になりかかった時は、回復薬を飲んでますから、大丈夫ですよ」
俺の想定している大丈夫と、リオが想定している大丈夫が違い過ぎる。これが異世界ジェネレーションギャップなのだろうか。
「ロータのおにぎりを食べた後、いつもより腹持ちが良かったんだ。普段なら迷宮で動けなくなった後、二、三度は暴走するのに、それがなかった」
言われたことを噛み砕いて飲み込んで見ると、だ。ほぼ連日血反吐を吐いて暴走しているって事になるわけで。
あれこの人達、なんだか物凄くヤバいんじゃ。
若干引いたのがわかったのか、リオがお願いしますと詰め寄ってきた。あれさっきより顔色が悪いというか土色になってないかこの人。
「明日、明日の朝だけでも良いんです!何か作って、それを叔父さんに鑑定してもらってください……っ! グハッ…!」
言い切った瞬間、目の前で血反吐を吐かれた。うん、いくらなんでも、間違いなく叫ぶよね、これ。
「うわあああああああああっ!!!!???」
「落ち着け、いつもの事だ。安心しろ、死んでない」
何一つ落ち着ける要素ないんですけど。ルカの言葉に同意出来る訳もなく、アワアワとするだけである。
ルカは慣れた様子で、床に転がった
リオを抱えようとした。が、しゃがんだ瞬間、獣の唸り声のような凄まじい音が、部屋に響いた。
「……ロータ、まずい」
「え、何が」
「腹が減って動けない」
「嘘でしょ、そんな素振りなかったじゃんか!?」
「……喋り過ぎた。ダメだ、…もう…」
ガクリと体から力が抜けたかと思えば、獣のように四つん這いに近い態勢で部屋の中で暴れ始めた。黒い前髪が掛かっているからか表情は見えないのに、眼が赤く光っている。
「何これ、何これっ!!??」
「騒がしいと思ったら…! ルカ、こっちだ、こっちに来い!!」
鍋を抱えたジャス店長が扉から入って来た。途端、暴走状態のルカが猛然と其方に向かっていく。
掴み掛かられる瞬間、鍋のみルカに押し付けててジャス店長は身を翻した。
「うわぁ……」
「いつもより元気そうだから、油断した俺が悪かった。…大丈夫か?」
特に何かされたわけでもないので無事である。ただ床に血反吐を吐いて倒れているリオをどうすべきかと聞くと、ベッドに寝かしておけば良いとの事だった。
「ベッド脇に回復薬が常備されてるからな。いつもの血反吐程度なら、問題ない」
あとあっちもなと、ルカを指差した。猛然と鍋の中身を喰らい尽くすと、その場でばったりと倒れた。ちなみにルカが飛びかかった所為で、部屋の扉は壊れている。
「…ああ、扉くらいいつもの事だ。ああうん、修理は得意だからな」
ジャス店長の背中が煤けているのは、気のせいじゃない気がする。店を閉めたのでちょっと話をという事で、店長に誘われて再び店舗部分へと降りた。
「……いつもああじゃないから、…出来る事なら嫌ってやらないで欲しいのだけどもな」
ジャス店長は深いため息を吐いた。なんだろう、見るからに不憫オーラが出ている気がする。いやあの二人の保護者って事は、まごう事なき苦労人なんだろうけど。
「アイツら、呪いの所為で同年代の友人ってのが居ないんだよ。…冒険者仲間もいないしな」
深い深いため息の後で、ジャス店長が言った。
「実の所、俺とアイツらは血は繋がってない。ストレイル家の呪いを受け継いでたのは、俺の元相棒とその兄貴だったんだよ」
暫くして迷宮攻略中に怪我をしてジャス店長は引退。店を始めたところ、元相棒が幼いストレイル兄弟を連れてやってきたそうな。
「アイツらは孤児だ。それを養子にして、……呪いを引き継がせたんだよ」
幼いストレイル兄弟をジャス店長に預けて、元相棒とその兄は旅立ったそうだ。呪いがなければ冒険者としてもっと稼げるから、それで子供の呪いを解くとか言って。
結局、呪われた子供二人を店長に押し付けて、逃げたそうだけど。うわぁ、まごう事なき屑だ。
「俺は元相棒の言葉を信じて見送っちまった。ストレイル兄弟も、親ができたって素直に喜んでて、…もう本当に」
グスッと店長が泣き出した。というか店長、全くの無関係というか、むしろ言い方は悪いけど、ストレイル兄弟という面倒事を押し付けられたんじゃないのかな。いや間違いなくそうだよね。
「元相棒がやっちまった事の罪滅ぼしじゃないが、俺が面倒を見ているってわけさ。ビゲルもな、元相棒を信じてストレイル兄弟を引き取る時の保証人になっちまって、責任を感じてるんだよ」
冒険者ギルドで中堅以上のソコソコの年齢の方々は、そんな事情を知っているという。
「あれ、でもあんな日常的に血反吐を吐いたり空腹で暴れてたら、逃げた親御さんて冒険者できてたの?」
現役のあの二人、初心者向けの迷宮の出入り口で倒れてたし。聞いてみた途端、ジャス店長が渋い、そりゃあもう渋い顔をした。これは地雷を踏んだのかな。
「……迷宮の魔物を倒すとな、ほんの僅かだが魔素ってのが体に取り込まれ、魔力だとか筋力だとかが少し増えて、強くなっていくんだよ。そして呪いは、死ぬかもしくはそれに近い状態では強制だが、それ以外では任意で引き継げるんだ。…元相棒はソコソコ冒険者として実績を積んでから、その呪いを引き継いだんでな。ストレイル兄弟は子供の頃に引き継いじまったから…」
レベル10の人とレベル1の人では、元の体が違うから、同じデバフ状態でもゲージの減りが違うとかそういう事かな。それでもってレベル1でデバフが掛かってるあの二人は、そのレベルすら上げれないのか。うわぁ、本当に逃げた親御さんって屑じゃないかな。
「…魔神との契約は絶対だ。ストレイル兄弟が死んだら、逃げた元相棒に戻るか、そいつらの血縁に降りかかる。絶対にな。…今のところ、一番可能性があるのは、養父になってる俺かもしれないが」
あいつらより長生きするだろうしと、店長は仕方ない事だとなんだか達観してるというか、受け入れちゃってるというか。
「俺、こう見えても蜥蜴族と人族のハーフなんだよ。だから寿命が少し長いから」
唐突に出てきたファンタジー要素に、戸惑いしかない。蜥蜴族って何って聞いたら、メール王国の湿地帯とかに集落がある二足歩行の蜥蜴と言われた。身も蓋もない。
「東地区なら水系の迷宮があるから、割と見かけるぞ。俺は特徴が人族寄りだからな、せいぜい首元にエラがあるくらいかな。まあ泳げないけど」
「泳げないの!?」
「濡れるのが嫌いなんだ」
まあ、そういう事もあるのか。あるんだろうな。だってファンタジーな異世界だもんね。深く考えるのはやめておこう、そうしよう。おばあちゃんだったら多分きっとそうした筈だ。
「呪いのせいで、幼い頃からぶっ倒れたり暴れたりで、あいつら同年代の友達もいないんだよ。だから出来る事なら、少しでいいから、仲良くしてやってくれないかな。絶対無理ってなったら、ビゲルに頼んで、ちゃんと別の家と職場を紹介させるから、な?」
「びっくりしたけど、まだ嫌うほどじゃないから…」
「本当か!? 本当なんだな!!?? …なんだ君はもしや、聖人なのか…? そうか、ストレイル兄弟を不憫に思った天上の神々が遣わしてくれたんだな」
「店長落ち着いて」
「俺は今日初めて神という存在に感謝したよ。うんうん、本当に良かった。ビゲルに迷い人が神の御使だって、ちょっと今から連絡してくるからな」
「本当に店長落ち着いて」
俺の手をがしりと握りしめて、ジャス店長が色々と言ってるけど。取り敢えずジャス店長の諸々のハードルの高さがおかしい。
遂には泣き出した店長を部屋に連れて行ってあげたら、更に泣かれた。店長はちょっと、色々と追い詰められて疲れ過ぎだと思う。