03 おばあちゃんに会いたい俺
ビゲルさんに連れられて、露天とかで賑わってて異国情緒あふれた街中を歩いていく。俺がいるのは、ナンシェルの街の南地区と呼ばれる場所なのだそうだ。主に街の人や冒険者になりたての人が行く通称『はじまりの迷宮』があるんだって。
そのほかにも大小さまざまな迷宮があるけど、有名なのは広大な鬱蒼とした森になっている『大森林の迷宮』だそうだ。そこだけは、強い冒険者が何人かで組んで探索するとか。
ほんとにゲームとかそういうのみたい。
「この国じゃ、迷宮で魔物を狩って得た品々の恩恵を受けてるんだ。迷宮に頼り切りじゃいろんな意味で危ないから、農業や畜産もやってるがな。魔物を狩って出てくる食べ物は、とにかく美味いんだよ」
メール王国で伝えられている話では、この世界を作った神達の一柱が、ズルをして他の世界の食文化を盗んでこの世界に与えたのだそうだ。
本来なら少しずつ少しずつ、長い年月をかけて育てていく必要があるのに。それを知った一番偉い神様、つまり創造神が大層怒って、迷宮を作ったのだという。与えられてしまったものを取り上げることはできないから、魔物を倒さなければ手に入らないという業を人に背負わせたのだそうだ。
「だから迷宮産の食べ物は高いんだよ。味も格別だが」
試しに食ってみろと、串焼きを二本奢ってくれた。なんだか強面だけども、ビゲルさんめちゃくちゃ面倒見いいな。
畜産品は、ちょっと筋張っててなんか臭いし硬い。食べられない事はないっちゃないけど。迷宮産の方は、口に含んだ瞬間、肉が溶けた。何これめちゃくちゃ美味しい。
「普通の肉の串焼きは500メル、迷宮産の肉は3000メルだ」
「ヒェッ、格差凄すぎ」
「串焼き用の肉だから、切り落とされた余りを安く仕入れてこれだぜ。それらを考えると、冒険者ってのは一攫千金の夢があるんだよなぁ」
あの二人が何度も迷宮に挑戦する気持ちもわからなくもないような。ちなみに俺でも迷宮で魔物狩れるかなと聞いてみたところ、ビゲルさん曰く訓練すりゃ多少は出来るだろうとのこと。けれども、日常的に魔物を狩ったりする習慣がないのならやめておけと言われてしまった。
「見たところ、俺らと同じくらいか、もう少し便利で平和な世界で生きてきただろう、お前」
「そんな事わかるの?」
「国から金が貰える制度ってのを理解してたしな。いいか、そういう事が申請して当たり前に受理されるってのは、国自体が相当ちゃんとしてるって事だぜ。まあメール王国の大半の市民が平和を享受してるからなぁ」
そういう人達が冒険者に憧れ仕事を始めても、魔物を殺すという事を割り切れず心を病んで辞めてしまうそうだ。
「向き不向きがあるから、一概にやめとけって言えないが。お前さん見てると、どうにも戦いに向いてそうにないしなぁ」
一年間はビゲルさんが身元保証人って事で後ろ盾になってくれるそうで。やってみたい事があるなら相談しろと言われた。
やってみたい事かあと、昔を思い返してしまった。
俺の両親はすっごく自立した人達で、仕事や趣味に生きがいを持ってて毎日を精力的に過ごしていた。だから子供達にも自立を促していて、やりたい事を見つけなさいと幼い頃から言われていた。
高校まではお金を出すけど大学は別とまで言われていた。ただ本当にやりたい事、学びたい事ならちゃんとお金を出すという方針で、一番目の姉は医大を卒業して研修医となったし、二番目の姉はピアノを専攻して留学している。三番目、末っ子長男の俺はと言えば、高校の成績はまあ悪くなかったのだけれど。
俺は親の言うやりたい事というのが見つからなかったのだ。
とりあえず大学に通ってやりたい事を探すというのを、親はあまり良しとしなかった。ちゃんと目的があって勉強するなら良いけどってスタンスだったから。
目的や目標があれば、それに対する協力は惜しまない親だったんだよねぇ。
だからやりたい事が見つからない俺は、高校卒業後は就職したんだけど。その会社はすぐに倒産しちゃって、結局フリーターになった。
少しでも興味が湧いたらやってみようかなと思って、いろんなバイトをしたけど、結局これというものが見つからなかったのだ。
そんな俺を、おばあちゃんはいつも大丈夫よと受け入れてくれたのだけれど。
おばあちゃんは「おじいさんに似て悟(俺の父ね)はせっかちだからねぇ。そんなにやりたい事なんてすぐ見つかるもんじゃない」と笑っていた。何十年も経ってようやく見つける事、気付く事だってあるのよと優しく言ってくれた顔を思い出して、おばあちゃんに会いたい気持ちで一杯になった。
「おばあちゃんに会いたい…」
「うおっ、突然なんだどうした!? ホームシックってやつか」
泣きそうになる俺に対し、ビゲルさんが焦ったような声をあげた。そして近くの屋台で甘いアイスを買ってくれた。かなり子供扱いしてないか、ビゲルさん。まあ買ってもらったアイス美味しいけど。
というか人種とか服装がファンタジー寄りなだけで、なんかこう食べてるものとか生活環境とかあんまり変わらなそう。あ、でも、王様が統治してる国だから細かいルールとか違いそうだなと思った。
首都ナンシェルは東西南北と四つの地区に分かれているんだそうだ。それでもって中央に人工の湖があってその中心の小島に王城が建っているんだそうだ。ビゲルさんに指さされた先には、遠くに絵本に描いてあるようなお城が見えた。
「暇な時にでもストレイル兄弟か誰かに連れてってもらえ。開放日には王城内の見学もできるからな」
へえと感心する俺に、ビゲルさんは少しばかりホッとした様子でほら行くぞと先を促した。
アイスを食べ終えた頃に辿り着いた先は、なんというか寂れたお店だった。屋台街からちょっと離れているし、あんまり人通りもないような。
「店主の知り合いがお情けで常連になって来てくれて、なんとかもってる店だからな」
「そんな状況で俺なんか雇えるの?」
「迷い人を雇用すると補助金的なものが入るんだよ」
「なるほど」
「家に住まわせるとさらにアップだ」
うわあ囲い込みだ。おばあちゃんもいないこの国で住むところと働くところを紹介してもらえるだけ、ありがたいけれど。
店内はこじんまりとしていて、カウンターがあった。カウンターに立っているのがあの二人の叔父さんで店長さんか。
「ようジャス、ストレイル兄弟から話は聞いたろ。こいつが迷い人のロータだ。よろしく頼むぞ」
「…ああ、俺はジャス。ここの店主だが、…住まわせてやるがうちの仕事は厳しいぞ」
どこか神経質っぽい顔付きで、ジャス店長は言った。うわあ職人タイプなのかな。そういう人って真面目に仕事をやった上でさらに頑張らないと、なかなか認めてくれないんだよね。
そう思ってたんだけど。
試しに夕方の営業を手伝ってくれと言われて、働く事になった。内容は酒と料理を運ぶ事。注文は聞かないのかと訊ねたら、この店にメニューなどなく、エールが一種類とその日の煮込み料理一品のみなのだそうだ。
こだわりの一品なのだろうか。何故かビゲルさんは帰らず奥の席に座って見守っているんだけど。厳つい顔がこっち見てるのでなんかやりづらい。そうしているうちにお客さんが入って来た。
最初に聞いた通りジャス店長と知り合いらしく、ビゲルさんと同じような厳つい男の人達が気安い様子で席に座っている。とりあえずいらっしゃいませくらいは言っておこう。それでもって言われた通りエールと肉の塊が入ったスープを提供すると、目を丸くされてマジマジと見られてしまった。
口々においマジかよとか信じられねえとかざわついている。え、もしかして何か失礼なことをやっちゃったわけなの。そんな事ないよねとビゲルさんを見てみれば、驚愕の表情を浮かべていた。
「ジャスの店でちゃんと料理が出てきた…だと?」
「そういえばいらっしゃいませだなんて、初めて聞いたぞ」
「おいなんかちゃんとした店に来た気分だぜ」
いや冗談だよねと今度はジャス店長を見る。すると感動したように、いい人を紹介して貰っちまったと震えている。いや嘘でしょ、ねえ嘘でしょ。
「料理を運ぶ間に食べないし、配膳の最中で血反吐はいてぶっ倒れたりしないなんて。…君はすごいな」
疲れたらすぐに休憩するんだぞとジャス店長に言われてしまう。まって、本当に待って。まだ1テーブルに料理運んだだけだよ。なんなの最初の職人気質の雰囲気はどこにすっ飛んでったの店長。チョロ過ぎないか店長。
洗い物を手伝ったら皿を割らない事に驚かれた。
「10枚中1枚無事なら良い方だから。…君は天才か?」
ビゲルさんに助けを求めて、他の店もこうなのかと詰め寄ってしまった。
「いやだってここ、ストレイル兄弟を養ってるジャスの店だからな。なんていうか、あいつ苦労性なんだよ」
苦労性の度を超えてるんだけど。大丈夫なのかこの店は。
「…叔父さん」
「お、ルカか。なんだ、腹でも減ったのか?」
奥の扉から無表情のイケメンが顔を出して来た。鎧は外してラフな格好をしているけど、おにぎり一気食いしてたルカだ。兄のリオと違ってほとんど喋らないし無表情だから、まともに会話してる姿にちょっと驚いた。
「ロータの部屋の準備が出来たから呼びにきた」
「そうか、それじゃあ今日はもう上がりでいいぞ」
疲れてるだろうしと言われ奥へ追いやられた。ええ、ちょっと店長優しすぎやしないか。それともこれがこの世界の通常なのだろうか。
扉は階段になっていて、昇った先にリオが居た。
「必要最低限のものは揃えてきたので、どうぞ中へ」
案内されたのは備え付けのベッドと小さな机の置いてある部屋だった。クローゼットもあって、一人暮らししてた俺の部屋より小綺麗だ。
トイレ(普通に水洗だった)と洗面所は階段の脇で、一番奥が店長でその隣がリオとルカの二人部屋だそうだ。この建物に風呂はないけど近くにお風呂屋さんがあるし、行きたいなら案内すると言われた。それからご飯は店の方で食べるそうだ。
「おーい、ロータ。俺はもう帰るからな。明日、ストレイル兄弟に案内してもらってもう一度ギルドに来い。金とか身分証とか作っておくからよ」
階下からビゲルさんが顔を出して言った。何から何までとお礼を言うと、気にするなと言って去っていった。本当に面倒見の良いおじさんだ。
「身分証があれば、ギルドにお金を預けれるサービスを利用できますよ。12万メルは持ち歩くにはそこそこ大金ですから」
まあそうだよね。俺もあんまりお金持ちではなかったので、財布の中に2万以上入ってるとめちゃくちゃ緊張したし。
「……あの、ちょっと話をしたいので、私達の部屋に来てもらってもいいですか?」
真剣な顔でリオが言ったので、なんだろうと思いつつ頷いた。俺の部屋よりは広いけど、ベッド二つあるので結構狭く感じてしまう。ぎっしり詰まった本棚と紙類が積み上がった机、それから鎧とか剣が無造作に床に置かれている。
こちらにどうぞと勧められた椅子に座ると、二人はすぐそばのベッドに腰かけた。さて何の話だろうか。




