21 月光の迷宮探索と俺
一日経って、リオが復活した。前より元気になるスピードが早くなってるってルカがいうけど、体調不良の原因ってやっぱり普段の生活が問題だったんじゃ。
朝ごはんを食べてから、早速『月光の洞窟の迷宮』に行くことにした。なんといっても徒歩10分。
大量に作った肉サンドと、それからスープに。
「そうだアモニュス、ついでにこの野営セットを胃に入れてって」
「構わぬぞ、我に任せよ。迷宮で芋を揚げるのだな!?」
「そーゆーわけじゃなくって……、そーゆーわけかなぁ」
いつも迷宮探索用にお弁当を作って持って行くけど、ストックが足りなくなる事がある。それを考えると、『月光の洞窟の迷宮』でドロップした、キノコとか芋をその場で調理すればいいんじゃないかなって思ったんだよね。特に、ルカのはらぺこ地団駄アタックの被害に合わないように。
あと店長のために。店長のためにね。だってまだ迷宮毛ガニ漁から帰ってこないだもの。
迷宮に入ってすぐ、アモニュスの洋燈を使う。魔法を使う間にモンスターに襲われるわけにはいかないからね。
「じゃあルカ、いきますよ。……【汝に幸運と…隨ャ蜈ュ諢溷シキ蛹悶�蜉�隴キ繧�】」
あれ、いつもはちゃんと言葉として聞こえるのに、なんか変。
「ふぬぅ、新しく創った魔法だからぞ。チコっと失敗してるのだ。よくある誤差の範囲なのだ」
「え、それ大丈夫なの?」
「発動してるから問題ないのだ! みよ、ルカが光ってるのだ」
リオが魔法を使うときに呪文言語には、魔力を通わせるのが必要なんだって。その調整が上手くいかなかったから、聞き取れないとか。失敗したら何も起きないから、光ったということは大丈夫だってアモニュスは言ってるけど、アモニュスが言ってるからなぁ。
「呪文言語の創作なんて初めてなので……。ルカの幸運値と野生の勘が強化されるようにしてみたんですけど」
「何か感じる?」
「……こっちだ」
今回はドロップ品目当てというよりは、隠し部屋や隠し通路、迷宮のお宝探しなので、モンスターとの戦闘はできるだけ避けようって話になった。
先頭にランプを持ったルカ、続いてリオで、それから俺。アモニュスは俺の服のフードに入ってるんだよね。二人から何かあったらアモニュスを投げて逃げろって言われてる。
アモニュスはそれを知らないからか、お金があればハンバーグセットが食べれるって浮かれてるよ。涎は垂らすなよ、マジで。
一層から二層に降りてそのまま三層へ来ちゃった。モンスターと戦ってないから、進むの早いな。
「だいたい三層で探索を切り上げてるって話ですね」
「出るモンスターが変わらないんだっけ」
「はい、迷宮岩ガメしか出ないし、ドロップ品も変わらないと」
ギルドで仕入れていた情報だとそうなんだよね。さっきからルカが無言で歩いてるけど、本当に何か感じてるのかな。ただ闇雲に歩いてるわけじゃないよね。
三層から四層へと降りて、ルカはどんどん突き進んでいく。
「え、本当に大丈夫?」
「一応まだ、歩き始めて一時間も経ってないので、引き返せる範囲です」
そしてさらに歩き続けて、とうとう十層に到達しちゃった。
「……ねえ、絶対これ、俺たちには場違いだと思うんだけど」
「奇遇ですね、ロータ。私もそう思います」
「安心しろ、俺もだ」
十層に踏み入れた瞬間、やっちゃったって思ったよ。
だってさ、真っ暗な洞窟内だった迷宮の景色が一変したんだもの。
「……キレーなお月様が五つある」
「迷宮の謎の一つですね。迷宮の中なのに、外にいるという。一応、私たちが普段暮らしている世界とは、また別の世界ではないかって言われてます」
「そうなのだ。迷宮はお前たちが暮らす世界とは、別次元の亜空間なのだ!」
「どっかの誰かのせいで迷宮ができたんだもんね」
ともかく、お空のお月様が綺麗だった。それ以外に目を向けたくないけど、でも。
「さっきからズシーンズシーンって、超低重音が聞こえるんだよね気のせいかな」
「ロータ、あの山が動いているんだ」
「山じゃないですね、あれ多分ドラゴンですね。岩みたいにゴツゴツしてるからアースドラゴンじゃないですか?」
やっぱり、ねえやっぱり。ファンタジーだったら絶対出てくるドラゴンさんだよ。でも、ああいうのって、お強いんでしょう。
「はっきり言って、一瞬で潰されて終わりです。魔法使う暇もなく、ブレスで消し飛ぶか、踏み潰されるか、尻尾で潰されるか、死に方のバリエーションが変わるくらいで……」
「ルカ、絶対に洋燈消さないでね」
「まかせろ」
アモニュス産の洋燈のおかげで、近寄って来ないから、そこはまあ良かった。けどこんな物騒なところ、早く出た方がいいに決まってるのに。
「……降りてきた階段、なくなっちゃったね」
「ええ、なくなりましたね。よくあるんですよ、こういう開けたタイプの迷宮って、足を踏み入れた瞬間に入り口が消えるんです。『凪いだ草原の迷宮』もそのタイプですね」
じゃあ最奥にある魔法陣を目指さないと、帰れないって事だよね。草原の迷宮の方は、初心者向けだって聞くけど。
「そうです、草原の方はそんなに広くないんです。30分もあれば、最奥に行けます。けれどもここは、どれくらい広いか見当がつきませんね」
あともうひとつと、リオが顔を青くして言った。え、これ以上悪い話あるの。
「多分なんですけど、この階層のボスを倒さないと、その魔法陣が発動しない可能性がありますね」
「え、階層のボスなんているの?」
「ええ、存在します。一度倒したら二度と現れないので、私も知識としてしか知りませんが」
九層までは普通に階段を降りて来ちゃったよ。
それって九層までは、誰かが階層ボスを倒して攻略してたって事だよね。
「アースドラゴンは岩ガメとは比べ物にならないくらい、強いモンスターです。この辺りの迷宮を探索している冒険者となると、この階層は突破できないんじゃないかなぁと」
詰んだ。詰んでる。これ、詰んでるよね。
「よくある新人冒険者にありがちな、撤退のタイミングを見誤って死ぬ、という事態かもしれません」
「反省だな」
「死んじゃったら反省できないからね」
どうしよう。というかどうしよう。
「ロータ、落ち着いてください。どうしようもないので、まず落ち着きましょう」
「落ち着けるかなぁ?」
「とりあえず腹が減った」
この状態でルカが暴れたらもう終わりだ。全然落ち着ける環境じゃないけど、ご飯にしようか。もう俺は現実逃避する事に決めた。
持ってきた肉しかないサンドをルカが食べてる姿を見てたら、なんか落ち着いてきた気がする。
「迷う事なく突き進んできたけど、ルカはなにを目指してたの?」
「あれだ」
食べながら指をさしたのは、空に浮かぶ五つの月。
「え、お月さま?」
「俺の勘が、あそこにすごい宝があるとつげている」
辿り着ける気がしない。え、月だよ。空にあるんだよ。
「しかしあれ、本当に月でしょうか?」
なんだか変だとリオが月を見て言った。
「ここが迷宮内という事もありますけど、妙に明る過ぎる」
そうかなと思ってもう一度空を見上げた。のだけど。
「ねー、なんか月とその周りの星、横に動いてない?」
「確かに……!?」
月の真ん中に横線が入った。と思った瞬間、パカって開いてそこから爬虫類のような目が。あれ、月じゃなくて、生き物の目なの!?
「ぬぬぬっ!? お前ら、耳を塞ぐのだ!!」
アモニュスがフードから飛び出してきて、俺の頭に乗った。短い手足で耳を塞ぐアモニュスに続いて、俺も自分の耳を塞ぐ。
途端。
空気を揺らすとんでもない咆哮があたりに響いた。
なにこれ、ファンタジーじゃなくて巨大怪獣じゃんか。
五つの月は全て爬虫類の眼球で、空が割れたかと思うと、その隙間から巨大な牙が見える。そして星だと思っていたのはそれの発光する表皮だった。
「なななななななにあれ!!!??」
「た、多分、超巨大なドラゴンタートルかとおおおおもいますけど」
「でかい」
「あんなの絶対無理じゃん!?」
「強い」
「そりゃあね!?」
咆哮を上げたドラゴンタートルは、目を閉じて動かなくなった。
「あんまり、動かないのかな」
「階層ボスは移動範囲というものが決まってて、そこから出てこないって聞きます」
じゃあつまり、あのドラゴンタートルの足元あたりに、移動用の魔法陣があるってことなの。
こういう場合の作戦としては、攻撃範囲外からの長距離射撃とかだけど。
「……石を投げるか?」
「それで体力を削っても、トドメは絶対に階層ボスの攻撃範囲に入らなきゃ討伐したという事にならないですよ。昔、迷い人がそういうことを試して証明してました」
試した人いた。
「石を投げてどれくらい攻撃が通るかみてみよう」
そして試そうとしてる人いる。
「えええ、大丈夫なの、それ」
「ここは攻撃の範囲外だし、洋燈もある。多分大丈夫だ」
ルカの手にはヒヒイロカネ。あ、おおきく振りかぶって、投げた。
なんか彗星みたいに光を纏ってるんですけど。
「あ、当たった」
「当たりましたね」
「当たった」
炸裂音が響いたけど、ドラゴンタートルは目を開く事もしなかった。
それを見届けたルカが、静かに頷いて言った。
「攻撃する方法はない」
だよね。本当にどうしよう。
「とりあえず他の場所を探索してみましょう。何かあるかもしれませんし」
「そーだね。一応、食べ物は多めに持ってきたし、コンロもあるから、追加で作れるよ」
「さすが、ロータ」
「私はほとんど魔力を使ってないですから、まだ血反吐は吐きません」
「吐かないで」
「俺は多分、あと三時間は平気だ」
「一時間経ったら声かけるよ」
この二人に関しては油断しちゃいけない。一応、俺って攻撃無効の加護ついてるけど、攻撃力ないから、二人がいないとお終いなんだよね。
「無闇に歩いても仕方ないですけど」
「せっかくだから右を選ぶのだー!」
「では左の方向に行きましょう」
アモニュスの提案をあっさりと却下したリオが、ルカと頷き合って反対方向を指差した。アモニュスが泣いてるけど、俺のフードに入ってるんだよ、濡れちゃうからやめてあげて。
「周囲を探索する前に、もう一度ルカに魔法を掛けておきましょう」
「そんなに何回もやって大丈夫なの?」
「重ねがけしても効果があるものではないので」
魔力もそんなに消費はしないのだそう。
「【汝に幸運と第六感の強化を】」
今度はちゃんと聞き取れたけど、第六感て。それでいいのかな。
「……あっちに何かある」
今度こそ何か発見できればいいんだけどね。
ルカの指し示す方向へ歩いていくと、岩が人工的に積まれている場所に出た。ぐるりと回る道みたいになっていて、少し坂になっている。
そのまま登っていくと、一匹のアースドラゴンがいた。それもちょっと、小さいやつ。
「ベビーアースドラゴンですね。最初に見たアースドラゴンの下位互換と言われてるモンスターです」
「岩ガメより強いが、アースドラゴンよりはかなり弱い」
「大きさ的に、岩ガメよりちょっと大きいくらいだね」
ここはどうやら、ベビーアースドラゴンの寝床のようだった。
「奥に宝箱的なものがあるかもしれません。一匹なら、なんとか倒せるかもしれないので、ロータは洋燈を持って下がっててください」
「き、気をつけてね!」
「わかった」
ルカがアモニュスを振って、石を出してる。振らなくても出すと思うよ。
「【勇猛の加護を与えよ】」
今までは単純にリオが魔法を撃って、ルカが攻撃をしているだけだったけど。そういうのだけでは勝てなそうな相手だからか、リオはルカに身体能力を強化する魔法を掛けてた。攻撃する魔法より魔力が必要ないんだそうだ。
ベビーアースドラゴンが咆哮をあげて、二人に向かってくる。
ルカが石を投げながら、腰にさしてた剣を抜いて飛びかかってく。注意がルカに向いた隙に、リオが魔法を撃って攻撃してる。そして今度はリオが襲われそうになると、ルカが投擲して再び注意を惹きつけるっていう、見事な連携だ。
俺はそれを物陰から見てるだけだったけど。
しばらくすると、ベビーアースドラゴンがひっくり返り、そしてポンっという音と共に分厚いお肉が何枚もドロップされた。
「か、勝ちました!」
「わー、良かったよー!!」
二人に駆け寄っていくと、嬉しそうな笑顔が向けられる。
それから。
「すみません、限界です」
リオが血反吐を吐いてぶっ倒れた。うん、予想できたよ。




