17 探索失敗と俺
小休憩を挟んで、再び石を投げていたルカなんだけれど。
「……なんだか調子が良い」
そう言って凄まじい勢いで石を投げまくり始めた。アモニュスレーダーを使わないでも、なんか投げてるように見えるんだけど。
「何となくだが、気配を感じる」
「あっさりと達人の域に足を踏み入れてってる」
これが暴食の呪いの代わりに手に入れられるチートってやつかぁ。剣で一閃して衝撃波を出した時も思ったけど、とんでもないよね、マジで。
「我の授けた力ぞ、凄いだろう!」
アモニュスがドヤってるけど。棒にくくりつけられた状態でやられてもね。投げるのに邪魔だから、俺が持ってるしかない。
仕方ない、棒から解放してやるか。紐を取ろうとしたら、アモニュスが早く解けってジタバタし出した。暗いんだから暴れないでほしい。この『月光の洞窟の迷宮』って本当に薄暗くて見えづらいのだから。
「アモニュス、ちょっと動かないで…って、痛ぁっ!?」
棒が迷宮の壁か何かに当たって跳ね返ってきた。アモニュスの加護のおかげか、痛くないんだけどちょっとした衝撃が来て、後ろによろめいてしまう。いつもなら踏ん張って倒れずにすむのに、本当に不運な事にアモニュスを縛ってた紐が足首に絡まって、更に後ろへと引き倒された。
ガシャンという嫌な音が響き、洋燈の灯りが消えてしまったのだ。
薄暗い洞窟で灯りが消えちゃうって、これって間違いなく命の危険じゃないか。
何にも見えないっていうのは、予想以上に怖い。
あ、これまずいかもと思った瞬間、ぶわっと肌が泡立って、それから息が詰まるような感じに。
「ロータ!」
どうしようとパニックになりかけた時、腕を引かれて抱き締められた。うん、抱き締められている。間違いない。でも一体誰に。
「大丈夫か、ロータ」
「る、ルカ」
声からしてルカのように思えるけれど。あと顔に当たるゴツゴツしたのは、いつも装備している鎧だろうか。リオだとローブみたいなのを着ているから、こんな感触ではないのは確かだ。
「いま魔法で出入り口まで照らしますから、少し待ってください」
リオの声も近くから聞こえて来て、少し安心した。
「灯りがついたら俺が出入り口の扉まで走る。つかまっててくれ」
「わ、わかった」
呪文を詠唱するリオの声が、暗闇に響く。けれどもそれよりも、真っ暗な中で感じる力強い腕とか、なんだろうもう安心して惚れちゃいそう。
「……【光よ灯れ】」
予想以上に眩しい光があたりに包まれ、アモニュスが悲鳴を上げた。
「ぎゃああああああんんっ! 我、強い光浴びると浄化して昇天してしまいそうになるんだぞおおお!!!???」
「フンッ」
「我の扱い酷すぎいいいっ!!!!」
ルカがアモニュスを出入り口の扉へと投げると、リオを背負い俺を抱えて走った。鎧も付けてるのに凄いスピードだ。本当チートだよ、この子。
迷宮の出口へと飛び出すと、門番の人達がどうしたと駆け寄ってきた。土煙上げて出てきたら、そりゃ驚くか。
「なんだなんだ!? やばいモンスターでも出たか!?」
「あ、いえ、その、洋燈が壊れちゃって…、なんかすみません」
「それなら良いが。無事で良かったな。この迷宮で灯りなしじゃ、本当に危険だから」
門番さん達はそのまま持ち場に戻っていった。本当この国のおじさんって、良い人しかいない気がする。
あまり人気のないこの『月光の洞窟の迷宮』でも、やっぱり探索する冒険者はいるので、邪魔にならないように端へと寄ってからの。
反省会である。というか悪いのは洋燈を割っちゃった俺だよね。
「本当にごめんなさい。俺の所為で、二人を危ない目に合わせちゃった……。謝っても許される事じゃないけど、でも本当にごめん」
二人が簡単にモンスターを倒してたから、油断してたのもある。洋燈がなくなるとあんなに真っ暗になるだなんて、想像すらしてなかった。しかもそれでパニックになり掛けるなんて、本当にどうしようもない。
「いえ、人は真っ暗闇に放り込まれると、どうしようもないですよ。私もルカも、子供の頃に何度か、僅かな光すら差し込まない祠に閉じ込められた事があって、慣れていたんで大丈夫でしたけど」
「わずかなひかりすらさしこまないほこら」
「あの時はリオが居たから怖くなかった。身を寄せ合っていたら、安心して眠れたんだ」
微笑ましくもない重苦しい過去なのに、ストレイル兄弟はえへへって声が聞こえるかのような笑みを浮かべている。いやさぁ、邪教徒の村出身なのは教えてもらってたけどさぁ。微笑ましく笑い合える話とは違うよね、多分。
「ここは迷宮だからな。眠ってしまったら危険だから、大急ぎで外に出た」
「う、うん」
「眠るなら家のベッドが良い」
「そうだね?」
「よし」
「何がよしかわからないんだけど?」
両脇に手をいれられて、ルカに抱え上げられた。いやさぁ、抱え方が幼児扱いな気がする。訳がわからないってかおをしてたからか、リオが洋燈も壊れてしまったし今日は探索おしまいですと言った。
「元々、お試しで来ただけですから。今日の探索で、反省点を上げてまた明日挑戦すれば良いだけの事です」
「でもさぁ」
「大丈夫ですよ、ロータ」
リオは目を細め、柔らかな笑みを浮かべている。
「僕達は『はじまりの迷宮』を探索するのに、二年掛かりました。血反吐を撒き散らし倒れ、空腹で暴走しながら、そもそも迷宮の入り口にたどり着くのに一ヶ月はかかったんですよ」
この『月光の洞窟の迷宮』はかなり近いけど、『はじまりの迷宮』は歩いて三十分以上掛かる場所にある。途中、市場とか冒険者ギルドとか、人の多い通りを歩くので、予想以上に時間が掛かる道のりだ。
呪いの掛かってる二人にとっては、俺が感じるよりも大変な道のりでしかないだろう。
「貴方が来てからというもの、凄いスピードで私達は成長出来てるんです。『はじまりの迷宮』で、私達はモンスターを倒しているんですから。たった一回くらいの失敗だなんて、失敗のうちにはいりません」
また明日挑戦すれば良いとリオが良い、それにルカが同意した。
二人の目には、絶対に諦めないというような、強い意志がある。
ああ凄いなあと、素直に思った。
だってそういうの、俺は絶対に無理で、何にも持ってなくて。
両親や姉達はみんな持っていたのに俺は。
無言になった俺をどう思ったのか、ルカは頭をぽんぽんと撫でて、そしてリオも担いで全力疾走で家に帰った。
店長が泣きながらサンドウィッチを食べてる横を通り過ぎて、そのまま三人でお昼寝してしまった。怖いことがあったから一緒に寝ようとかなんとか言われてさぁ。
いやいや扱いが年下どころか幼児並みになってないか、俺。
小一時間くらいで目が覚めた俺は、ストレイル兄弟に挟まったまま呆然としちゃったよね。
あ、あとアモニュスを普通に忘れてきた。
まだ寝ているストレイル兄弟をそのままに階下に降りると、店長が仕込みの準備をしていた。手伝いますと言うと、それよりもあれどうにかしてくれと指差される。
見ればカウンターの上に、なんか見覚えのあるちょっと太ったタヌキのような猫のような謎な生物が。
「ううううっ、酷いのだ。我を忘れて置いていくなんて、酷いのだああ」
アモニュスが号泣してた。
「お前達が帰ってきて10分くらいして、こいつが芋を一個持って帰って来たんだよ。それからずっとあそこで泣いてて」
「我の所為で洋燈わっちゃったから、怒ったのか? うっ、うっ、うっ、我とてふつーの加護を与えられるのなら、最初っから与えてるのだ。我、魔神ぞ? 祝福とか、神の一柱だった時だって、人間に与えたことなかったのにぃ」
「ご、ごめん、アモニュス。色々あってびっくりして、うん」
「全盛期と違って、今の我はいたいけな小動物なのだ。もっと丁寧に扱うのだ」
「………うん」
「そこは即答せよおおおお!!!???」
けれども、俺の不運ってアモニュスの加護の所為だからなぁ。防御に関して鉄壁っぽいかったけど、痛くはないけど衝撃はあったし。
怪我をしなかったのは加護のおかげだけど、うーん。考え続けると堂々巡りになりそう。俺そういうの考えるの苦手。
ともかく、置いてきたアモニュスには悪かったと反省した。色々と気が動転してたけど、次からは出来るだけ忘れないようにしよう。
というわけで、アモニュスにお詫びの品を作ろうかな。
芋は一個だけだけどあるし。しょげてるアモニュスに、まあ作戦立案料として芋一個分のフライドポテトくらいお供えしてあげようかな。
「ピャアアアアアアアアアアアアッ!!!! ロータは良い奴なのだぁ!!! 夢にまで見たフライドポテトがここにぃぃぃっ!!!!!」
油の残量が心許ないので、揚げずに焼いただけだけど。気付いてないならセーフかな。
「うぅぅ、芋と油ってなんでこんなに美味しいのだぁ」
泣きながら食べてるし、うん、まあ大丈夫だろう、うん。しかも少量しかないから、やたらとゆっくり食べてる。一瞬でなくなるかなって思ってたけど、噛み締めるように食べる姿はいっそ憐れで俺泣きそう。
でもってアモニュスは、やっぱりもっと食べたいと言ってきた。予想通り過ぎる。
「フライドポテトは山盛りこそなのだ! 明日も『月光の洞窟の迷宮』で、狩りまくるのだぁっ!!!」
飛び跳ねるアモニュスが若干ウザ…、いや煩いけども。これくらいがアモニュスらしくて良いと思おう、うん。
「なんだ、お前達。『月光の洞窟の迷宮』に行ったのか」
「あ、はい。凄い近くでびっくりしました」
「だよなぁ。ちなみにあそこは、まだ誰も迷宮を攻略してないぞ」
「攻略?」
「簡単に言うと、一番奥に行って、迷宮の主を倒した事がないってやつだ。何せあそこは暗いだろ。それから出てくるモンスターが硬くて、倒す労力がいる。にも関わらず、魔素は微妙でドロップ品もキノコと芋だからな。キノコと芋なら、別の迷宮でも手に入るし」
なるほど。ゲームとかやってたから、何となくわかる。でもそういう所って、美味しいお宝があるってセオリーだけど、どうなんだろう。
「三層までは冒険者が攻略してるが、そこまで行っても旨味がないと、やっぱり攻略してやろうって気になる奴はなかなかいないぞ。誰もかれも生活が掛かってるからな」
「世の中、お金かぁ」
「世の中、お金なんだよ」
あ、店長が煤けて来た。そうだよね、ストレイル兄弟の借金の額考えると、そうなっちゃうよね。俺もおばあちゃんに会いにいくとしたら、凄い金額掛かっちゃうし。あっちからおばあちゃんの使いの人来るって言うけど、いつになるかわからないし。
世知辛過ぎる。
「初攻略すると、冒険者ギルドから称号と賞金が貰えるぞ。『月光の洞窟の迷宮』だけじゃなくて、不人気な迷宮は未攻略なのも多い。そういった迷宮攻略メインに活動する物好きもいるから、ギルドで偶にそういった連中がパーティを募集してるんだ」
おお、異世界ファンタジーっぽい事を聞いた。こういうのって物語の最初の方に聞く事だと思うけど。
ギルドの掲示板に募集とか貼ってあるから、興味があったら見てみろとか教えてくれた。まあ俺はそういうの応募とか無理だけど、ストレイル兄弟はどうなんだろ。
いまのままはちょっと厳しいかな。ビゲルさんが若い連中から嫌われてるみたいなの、言ってたし。あの二人、物凄いチートなんだけどね。
「ま、ある程度実力がついて稼げるようになってからだな、そういうのは。変なのもいるが、良い奴もいる。そういう出会いがあるのも、冒険者ギルドの醍醐味だ。若いうちは色々と経験したほうがい良い」
店長、さすが元冒険者。言う事がゲームのNPCっぽいよ。これぞ異世界ファンタジー的なお話だよ、店長。
店長と話し込んでいる間、アモニュスは黙ってた。のだけど、唐突に光だした。えっ、光だした!?
「我の紋章が光輝いているのだ! これは、お供物をもらったから、我ちょっとレベルアップしたのかも!!」
嫌な予感しかない。
「痛ぁっ!? 痛い、イタタタタタタっ!!!!」
唐突に腹を抑えて転がり出したアモニュスが、のたうち回っている。ドロップ品の芋って、食べさせちゃダメだったのか。
「洞窟岩ガメからドロップするのは、迷宮黄金イモだろ。普通に美味い芋だぞ。あと油は古くない…筈だ」
そこは言い切って店長。
「あっ、出る! なんか出る!! フヌーーーッ!!!」
ポンと間抜けな音と共に出て来たのは、洋燈だった。いや、なんで洋燈。どゆこと。




