15 いらない加護と俺
三人と一匹で冒険者ギルドに行こうと、店の外に出た時だった。このお店って道から二段高く土台を作ってるんだよね。そのちょっとした段差を降りようとした時に躓いて、思い切り前へ転びかけた。
ちょうど前にいたリオが受け止めてくれたのだけれど。
残念ながら、とても残念ながら。俺より身長はあれど肋が浮いてるほどガリガリなリオでは支えきれず、二人して倒れそうになったのをルカが受け止めた。
そういえば俺とリオを抱えてベッドに連れて行ったのは、ルカだったな。
「あ、ありがとー。ごめんね」
「ロータが転ぶなんて珍しいですね」
「疲れてるのなら、今日はやめておくか」
「いや全然大丈夫だから」
なんにも無いところで躓くなんて恥ずかしいな。
しかしながらルカの言う通り、自分でも気づかないうちに疲れているのかな。
いつもならなんともない街中を歩くだけの事なのに、人にぶつかられてはよろけてリオとルカに受け止められるというのを、何度か繰り返していた。
それどころか途中、運悪く水の樽を持った人とぶつかり掛けてずぶ濡れになる所だったし。まあそれに気付いたリオが咄嗟に庇ってくれた上に、ルカが素早く動いて樽を支えてくれたおかげで助かったけど。
冒険者ギルドに来るまでに、やたらと疲れた気がしてならない。
ぐったりとしつつも中へと入ると、ビゲルさんが出迎えてくれた。ギルド長が常に対応してくれるって、考えてみれば凄いよね。
「野菜とかが手に入る迷宮か。『凪いだ草原の迷宮』は確かに初心者が行く、セオリーみてえなのがあるが、あそこで手に入るのは肉の他には牙や毛皮だしな。食物が手に入るといえば…、『月光の洞窟の迷宮』だ」
あっさりと教えてもらえた。情報は二階の資料室にあるそうなので、出てくるモンスターとかを調べるとリオが意気込んでいる。
「キノコ類をドロップするんだがな、やたらと固いモンスターが多いから、不人気な場所なんだよ」
初心者でも行ける場所ではあるが、モンスターを倒すのに時間が掛かり過ぎる為、効率が悪過ぎるから不人気なんだって。中堅くらいの人達が依頼を受けて行く位だそうだ。
「あとは稀に芋とかドロップされるとか」
「芋」
「芋は美味しいですよ」
「芋も野菜だな」
出来れば芋以外の野菜が欲しいんだけど。いやしかし消費量を考えれば、種類についての贅沢は言えない。手に入るだけありがたいよね、うん。
「ま、詳しくは自分らで調べろ。あと行く時はそこの掲示板にある依頼を確かめてからにしろ。『はじまりの迷宮』よりは、金になるのがあるからな」
なるほど。いよいよ一般的な冒険者としての活動が始まるようだ。
「駆け出しだが、そうなるといよいよ一人前だな。暴走したり倒れたりしないように、二人でちゃんと自己管理しろよ」
ビゲルさんの言葉に、リオとルカがピシリと固まった。あ、やっぱり一般人でしかない俺は、ついて行くの無理かなんて思ってたんだけど、どうやら二人は違うようだ。
「ロータは連れて行けない?」
「そりゃあ、ミニボアとかミニウルフ相手にするわけじゃねえからな。前後左右から襲ってくるんだ、下手すりゃ骨折、運が悪けりゃそのまま死ぬ可能性だってあるんだぞ。まあほとんど死亡報告なんてねえが、それでもやっぱり危険な場所なんだから」
「ロータ、もっとモンスターを倒して強くなりませんか?」
「え、いやぁ、でも俺。そこまで戦いに向いてるとも思えないし…」
あと普通に家事とかしているのが、性に合ってるんだよね。二人の事は心配ではあるけど、足手まといになる事は間違いない。
だってすでに二人共チートじゃん。お弁当作って持たせれば良くないかな。
「でもですね、私とルカだけだと、確実に食事を忘れると思うんです」
「それは否定できない」
なんでルカはそこで力強く頷くかな。
「我の胃袋に収納されていくか?」
「それってうっかりエナジードレインされて、俺死なないかな?」
「………」
黙るなアモニュス。
「ともかく出てくるモンスターを調べましょう。それでどうやってロータを連れていくか、対策を考えねば」
「そうだな」
待って、俺行くの決定事項なの。夕方からジャス店長のお店の手伝いあるんだけど。
「大丈夫です、迷宮に行くとしても二、三時間程度ですから」
「それ以上は確実に腹が減って動けない」
俺の料理を食べて虚弱と暴食の呪いが一時的に抑えられたとしても、蓄積される疲労があるとか。血反吐を吐いたり空腹で暴れたりはしないけども、魔法を発動させたり激しく動いて戦うのは無理っぽいとか。
「多分だが剣を一振りするごとに、ロータの料理を食べ続けなければならないくらい、消費が激しくなると思う」
それはもう戦うの不可能じゃないかな。
「あとお店の手伝いは私達もやりますから、ロータに負担かけないように頑張ります!」
ガシッと手を握られて、リオが力強く言った。なんて答えたら良いのやら。助けを求めるようにビゲルさんを見ると、立派になったなあだなんて涙ぐんでるし。
「自分より年下の奴を預けりゃ、面倒を見るためにしっかりすると思ったが。むしろ世話をされててどうしようかと頭を抱えたが、やる時はやるもんだな」
待って、待って。ビゲルさん俺の年齢知ってるよね。成人済みだってのもちゃんと説明したのに。
「いやロータは異世界の人間だろ。この国じゃ十五歳が成人だぞ。話を聞く限り、お前の年齢でも学校とやらで学んでる奴がいるらしいじゃねえか。それを聞いて、こっちとは寿命やらなんやらでずれがあるなって思ってな」
だからストレイル兄弟とは同年代かやや年下だろうと思ったとの事。うう、否定したいけど、否定する言葉が見付からない。俺あんまり頭良くないし、うう。
落ち込んでいるからなのか、二階に上がる階段でも躓いて転び掛けた。それを見たビゲルさんから本当に大丈夫かお前と心配された。もはや何も言えない。
国営だからなのか、資料室には地区毎に迷宮についての資料が置いてあった。『月光の迷宮』は、内部が洞窟のような作りで、明かりがないと足元すら見えないとか。
「出てくるモンスターは洞窟岩ガメという、かなり硬いモンスターですね。倒し方は冷やしてから熱すると甲羅が割れやすくなるから、それから武器で砕いて倒すと」
「魔法使い必須な迷宮だね。っていうか、リオの負担が凄くないかな」
魔法連発しなきゃならないんじゃないかな。五、六回がやっとの現状、厳しいと思うんだけど。
「おいおい、お前ら。そんな装備で行く気か?」
「ストレイル兄弟じゃねえか、借金まみれなお前らじゃ武器なんて買えねえだろうしな」
厳ついおじさん冒険者達が唐突に話かけてきた。何事かと思ったら、心配して声をかけてきてくれたようだ。なんだろう、おじさんに悪い人は居ないんじゃないかな、この国。
「ギルドの売店で売ってるハンマーですら、最低でも五万メルはするからなぁ」
「岩ガメは近付かなきゃ、攻撃範囲が狭いからそこまで怖くないんだがな。弓矢や槍の攻撃は通らないんだ」
「お前の持ってる剣なんか、すぐに折れちまうよ」
そんな話をしていると、他の冒険者のおじさん達も集まってきて、ああでもなければこうでもないと話し始めている。え、これどういう状況。
「ともかくお前達、能力値を数値化して見てもらってこいよ」
「そうだな、それで防具や武器をどうするか考えるのが一番だ」
なんでもお金は取られるけど、現在の身体能力を詳しく数値化してもらえるとか。ギルド証では大雑把にしかわからないことも、細分化されると色々と対策も取りやすいとか。
至極真っ当なアドバイスだ。
早速ビゲルさんにいくらくらいかかるのか聞いてみたら、一人1500メルだって。まあそれくらいなら、なんとか出せるとの事なので見てもらった。のだけど。
「……え、ドユコト?」
「ちょっと詳しくみてみるから、待ってて!」
ストレイル兄弟は普通に数値化されて出てきた。ついでにと俺もみてもらったら、防御力の所の表示がおかしい。凄くおかしい。ナキアさんがいうには、一般人はせいぜい防御力が10前後だっていうのに、鎧をつけてるルカですら18とかそこらだったのに。
俺の防御力が数値じゃなくて無効って出てるのだけど。無効ってなにさ、無効って。
「なんでお前らは、絶対何か起こるんだ?」
ビゲルさんが鑑定士の人と一緒にすっ飛んできて、詳しくみてくれた結果。
「あ、わかりましたよ! この『魔神アモニュスの加護』っていうのがロータさんに付与されていて、その効果が物理・魔法攻撃無効となって現れたようです」
その場にいた全員が無言になったのはいうまでもない。
おいアモニュス。なんでお前も驚いた顔してるの。犯人はお前じゃないか、どう考えても。
「わわわわわ、我!? 我ロータに何にもしてないぞ!?」
「ですが犯人の名前がここにきっぱりと記されてますよ」
杖を突きつけてリオが凄み、ルカが無言でアモニュスを吊し上げている。ビゲルさんも腕を組んで難しい顔をしていた。
「その加護ってのはどういう効果だ?」
鑑定士の人がいうには。
魔神アモニュスに供物を捧げ続ける限り、如何なる事からも傷付けられる事がなくなる。その代わり、常に不運に見舞われる、らしい。
「……なんか出かけた時からおかしいと思ってたんだけど、躓いて転んだりぶつかられたりって、まさかとは思うけど、アモニュス」
「ピャアアアアッ!!?? だってだって、ロータのご飯食べれなくなったらヤダから、怪我しなきゃいいなって位は思ったけども!」
「不運に見舞われるって、呪いと変わらないじゃん!」
「だって我、魔神ぞ! 幸運だけは授けられぬぞ!?」
「魔神アモニュスの眷属には幸運を分け与えるって、鑑定結果にありますけど」
必死に否定するアモニュスに追い討ちをかけるように、鑑定士の人が言いいづらそうに口にした。それはどういう事だろう、本当に。
良くわからないんだけど。リオとルカもわからないようだ。首を傾げつつ困り果ててると、ビゲルさんが深いため息を吐きながら言った。
「あー、なんだ。俺がロータにこれの世話を頼んじまったのが原因だ。本当にすまねぇ。俺が面倒を見れば、その加護ってのは肩代わりできるんじゃねえか?」
「ヤダヤダヤダ! 我、異世界人のロータのご飯が良い!!! やっと、やっと味わえた異世界の味! お願いじまずぅぅぅ!!! ご飯だべざぜでぐだじゃいいいい!!!!」
恥も外聞もなく、アモニュスが泣き喚いている。それを見たナキアさんと鑑定士の人が、うわぁとドン引きしてた。俺も同じ気持ちなんだけど。
「それにロータ、我、お腹いっぱいご飯を食べ続けて善行し続ければ、魔神から普通の神になれる筈なのだ! そうすれば幸運だけ授けれるようになるから!!」
え、これどうすればいいの俺。
「……まあ、考えようによっちゃだ。ロータには迷宮のモンスターに襲われても怪我しないって事だ」
あ、なるほど。
それから俺が見舞われる不運については、ストレイル兄弟がフォローしてやったらどうかってビゲルさんが言った。それってどうなんだろう。迷惑じゃないかなと聞いてみたら、二人が任せろと胸を張ったので、不安を抱きつつもお願いすることに。
つまり俺も、迷宮探索にくっついて行くのが決定した。




