13 寂しい夜と俺
「アモニュス、それじゃあお願い」
「我の力を見よっ!!!」
肉巻きおにぎりを食べながら、アモニュスがピカッと光った。途端、奥の方から迷宮ミニボアの群れが突進して来る。
それを待ち構えていたリオが火の魔法で焼き払い、ルカが剣で斬り払った。そして積み上がる、ドロップ品の肉の山。壮観と言うべきか、ちょっと気持ち悪いと言うべきか。
二人を休憩させている間に、背負える大きな袋にとにかくドロップ品を詰め込んで、本日の迷宮探索は終了である。
アモニュスのお祈りを使うと、モンスターが引き寄せれるので、わざわざ最奥まで歩いていく必要はないし。大量のモンスター討伐で、二人の基礎能力が上がったんだって。それならってことで、血反吐を吐いたり暴走したりしないように気をつけながら、モンスターを討伐するのが良いのではとなった。
あと大量の肉を運ぶのも大変だったりする。
こういう時、アイテムボックスとかマジックバッグ的なものが役に立つと思うんだけど。そういうのないのとリオに聞いてみたら、空間をどうこうするなんて神の領域ですよと冷静に返されてしまった。
魔法使ってる時点でそれ言うかと思ったけども。
考えてみればまあ確かにあり得ないと言えばあり得ないか。うん。
「転移魔法陣は割と普及してますから。買うとお高いですけど。高ランクの冒険者の中にはドロップ品をまとめて、倉庫とかに転移させてる人もいますね」
「お高いっていくら?」
「迷宮からの脱出程度の単純なものなら一枚10万メル。転移場所を指定するものなら30万から50万メルですかね」
便利なのはそれなりにお金が掛かるのは、世の中の道理だよね。仕方ない。
一日に二回、午前と午後に行って手に入れたお肉を使って、大量の鍋料理を作ってみた。ジャス店長さんが帰ってくるし、水の中で只管ドロップ品の回収してるのなら、あったかいものが食べたいだろうし。
そうして帰ってきたジャス店長を三人と一匹(?)で出迎えたところ、店の入り口で膝を折って崩れ落ちた。
「出かける時よりも、店が綺麗になってる上に、ストレイル兄弟まで小綺麗になってるだなんて…、俺は夢でもみてるのか?」
「店長、落ち着いて」
ご飯の準備もしておいたと言えば、涙を拭いながらありがとうって言ってくれた。ちょうどあったかいものが食べたかったそうな。良かった、良かった。
「それにしても豪華だな。こんなに肉を、しかも迷宮ミニボアの肉じゃないか」
「実はこれ、二人が迷宮ミニボアをいっぱい討伐して手に入れたんだよー」
「なん…だと…」
おお、店長さんが驚いてる。もっと驚かして喜んでもらおうと、リオとルカの背中を押して、ギルド証を提示させた。仲間以外にも任意の相手に自身の状態を見せれる機能もついてるんだって。
「いっぱい討伐したから、二人共ちょっと強くなったんだよ、凄いよね!」
目を見開いたジャス店長だったけど、優しい笑顔になって二人に頑張ったなと言ってくれた。二人もちょっと照れてるし。いい家族だなぁ。
「なあロータ」
「はーい」
「俺は今日、死ぬのかな?」
「店長、ちょっと疲れてるんだよ。休もう、ね?」
真っ白に燃え尽きそうなジャス店長を部屋まで送ってあげたら泣かれた。迷宮毛ガニ漁って過酷なんだな、ほんと。アモニュスのことを言い忘れたけど、明日で良いか。
それよりも階下に戻らないと、ルカに食い尽くされちゃうなと思ったんだけど。
なんだか疲れてしまって、階段の上に座ってため息を吐いた。
おばあちゃんに会いたいのはいつもの事だし、フリーターとしてフラフラと色んなところで働いてたから、離れて暮らしてる期間も割とあったので、一週間以上会わないことだってザラなのに。
仲良さげな三人の姿を見てると、急に寂しくなっちゃった。あ、これダメなやつ。俯いた途端、涙が溢れてきた。
いきなり異世界転移とか、生活が変わったりだとか、そういう事があって。色々と慌ただしい生活だったけれど、いち段落したって感じで気が抜けた。
リオもルカも、それぞれモンスターを倒して強くなって、なんだかとっても生き生きしている。リオはあれだけ憧れていた魔法が使えているからか、すごく楽しそうだった。素直に良かったねと思えるけれど、それと同じだけ羨ましいなあと思えた。
やりたい事がいつまで経っても見つからない俺とは大違いだ。好きな事、やりたい事を見つけなさいと言われても、どうしてもそれがわからない。見つからない。だからなのか、やりたい事を見つけて一生懸命な人を見ると、おいていかれたような気持ちになってしまって、酷く寂しくなる。
こういう時にはいつもおばあちゃんに会いに行っていたのだ。けれどもそれが出来なくて、ますます寂しく心細くなる。
「ロータ!? ど、どこか具合が悪いとかですか…!? 回復薬飲みます!?」
オロオロとしながらもリオが声を掛けてくれたんだけど。ちょっと返事ができそうになかった。一人だったから涙腺がもう決壊してて、顔を上げるのも無理だ。
「ロータ…」
肩にそっと手を置かれたけど、それきり何も言わない。階段の一番上の段に座ってたんだけど、リオは静かに隣に腰掛けた。すぐ隣に感じる体温があったかくて、さらに涙が出た。
寂しくて堪らない。
子供の頃から誰かのそばに居るのが好きで、よく両親に甘えてた。姉二人が割と早く親離れしたのと、両親が自立精神の強い人達で、やりたい事があれば一人で行動するのも平気な人達だったから、俺の常に誰かと一緒にいたいという気持ちは、いまいち理解出来なかったみたいだ。
付き合った事はあったけど、ずっと一緒にいたいと思う俺の行動が重過ぎて息が詰まると言って、結局うまくいかない。
一人での食事が嫌で、友達とかと一緒に取るようにしてたけれども、それでもやっぱりいつもじゃない。むしろ夜とか外食するような友人はお酒が入って飲み会になってしまう。賑やかなのは好きだけど、酒の入った騒がしさはそこまで得意じゃないし、大勢の中にいるのに、ひどく寂しく感じてしまう。
なんでこんなに、寂しいのだろう。
おばあちゃんだけは、そんな俺を受け入れてくれた。なんでも一緒にしたがる俺に、優しく接してくれたのだ。甘えれば甘やかしてくれるし、手伝いをすればありがとうって言ってくれた。
だからおばあちゃんのそばに居る時は、ホッとして寂しさが消えたのだけれども。そのおばあちゃんもいなくて、知り合いもいない。スマホで偶に連絡を取り合う家族とすら会えない。
そんな気持ちが込み上げてきて、ただただ涙が流れ続けていて。離れがたい温もりに縋りついた。
子供の頃、寂しくて堪らなくなっておばあちゃんに縋りつくと、一緒の布団で寝てくれたっけ。流石に小学生低学年くらいにはやめたけど。懐かしいなあおばあちゃんと一緒に寝る夢を見るなんて。
と思ったんだけど。手を伸ばして掴んでいる何かが、妙に弾力があって温もりがある。
あれと思って目を開くと、泣いたせいか思い切り腫れていた。それはともかく、一体何を掴んでいるのだろうと視線を向けると、自分の右手がなかった。
「ヒエッ!?」
いやないわけじゃなくて、アモニュスが寝ぼけてるのか俺の右手をしゃぶってた。歯は立てられてない(むしろ歯あるのかアモニュス)から痛くない。でもヌメヌメして気持ち悪くて、反射的に手を振ってぶん投げてしまったけど、俺は悪くないと思う。
壁にぶち当たったアモニュスは床に転がったけど、何やらむにゃむにゃと呟いて寝入っていた。さすが悪神、頑丈だ。
というかアモニュスは俺の部屋で寝たのかと、体を起こそうとしたのだけれども。なんだか頭の辺りに温かい感触が。そういえば部屋に戻った記憶がないし、自分に割り当てられた部屋より広い気がするし。
まさかと顔を上げると、至近距離にリオの寝顔があった。というか胸に抱き込まれるようにして寝ていた事に気付いてしまったわけで。
あまりの衝撃に心臓が飛び跳ねたように感じた。
泣いたまま寝落ちだなんて、子供のする事じゃないかと頭を抱えたくなった。どうしよう、すっごく迷惑掛けたよね。
慌てて起きあがろうとしたけど、やっぱりそれが出来ない。モンスターを倒して強くなったとはいえ、多分だけどまだ俺の方がリオより力がある筈なのに。
右腕の二の腕がガッチリと何かにホールドされているような。
リオは二人部屋なのだから、もう一人の住人がいるのは間違いない。という事はと、少しだけ身を捩って視線を向ければ、そこにはルカとジャス店長がいた。え、どゆこと。
俺の二の腕を掴んだルカが、反対側にいるジャス店長の腕を掴んで寝ている。すごく満足気に寝ている。なんだか店長が寝ながらうなされてるようにも見えるんだけど。一体何がどうしてこうなったんだろうか。
「ん…? ロータ、目覚めたんですか」
「あああの、ごめんね。昨日、俺ってば迷惑を…」
リオが眼鏡を探してもそもそと動いている。いつもより動きが遅いのは、眠いからとかなのかな。
「謝るのは私達の方です。ロータは迷い人で、まだここでの生活に慣れてないのに、こっちの事情に付き合わせて無理させちゃったんですから」
「でもそれは、俺が好きでやった事だし」
「それでもですよ。ロータは住み慣れた場所や、家族や友人とも突然別れる事になってしまったんですから。寂しいと思うのは当たり前です。…ロータがあまりに平気そうだったから、いえ、これはただの言い訳ですね」
シュンとした様子のリオに、情けない俺が悪いのだからと罪悪感が込み上げてくる。どうしよう、なんて言ったら良いのかな。
「それに、双子といえど私は兄ですから。人よりちょっぴり虚弱ですけど、充分に頼ってくれて良いですし、寂しかったらいつでも甘えてください」
胸を張ってリオが言ってきて、思考が一瞬停止してしまった。というか、えっ。
「えっ?」
「よくよく考えてみれば、見た目は似てても種族が違いますし。二十二歳といっても、私達の年齢でいえばロータの方が年下になるって事もあるの、失念してました。すみません」
それってファンタジーで良くあるエルフの百歳が人間でいう若者って事を、俺に当て嵌めようとしてるわけ。
あれ、俺ってすごく子供扱いされてないかな。いやされている。間違いなくされている。
「いや、俺はもう大人…」
「うんうん、大人ですよ、ロータは」
あ、これダメなやつ。子供が背伸びして自分は大人って言ってるのを、微笑ましく見ちゃうやつ。誤解が解けたとしても恥ずかしいし、解けなくても恥ずかしい。自業自得だけどもね、本当にどうしよう。




