10 はじめての魔法と俺
一般人でも講習さえ受けれる『はじまりの迷宮』は、一層しかない迷宮で、しかも最奥の祭壇まで一本道だそうだ。でもって出没するのはちょっと高級なお肉を稀にドロップする猪系のモンスターと、筋の多いお肉をドロップする狼系のモンスターだとナキアさんが教えてくれた。
「迷宮ミニボアは一直線にしか突進してこないし、そのスピードは結構遅いので簡単に避けれるの。あたってもちょっと衝撃があるくらいで、人によっては転ぶ事もあるかもって感じよ。迷宮ミニウルフは少しばかりすばしっこいけど、攻撃してきたら暫く側から離れないから、倒すのは容易なの」
「だから一般人でも入れるんだね」
「そうね。それでも問題が起きるかも知れないから、衛兵がチェックしてるの。奥の祭壇は綺麗な水晶が嵌め込まれていて綺麗だから、普通の観光に飽きちゃった人が行ったりするわ。大抵は冒険者ギルドのツアーに申し込むけど」
ちょっとスリルある観光ツアー。確かに面白いかも知れない。ナキアさん曰く、冒険者ギルドは国営だけど営業努力はしないといけないからと言った。どこの世界も世知辛いよ。
「ストレイル兄弟は杖と剣を持ってるから良いとして、ロータはそうね。この木の棒でも持っていく? 『はじまりの迷宮』のモンスターくらいなら、これで十分よ」
「なんで持ち手のところに『はじまりの迷宮』って彫ってあるの?」
「冒険者ギルドの売店で2000メルで売ってる迷宮土産の定番よ。地方からの観光客に人気の品なの」
観光地のお土産物屋さんで売ってる木刀と同じ匂いがする。
「奥の祭壇まではのんびり歩いて、モンスターと戦闘になったとしても一時間も掛からないわ。三時間くらいを見積もっておけば、大丈夫だと思うけど」
何かあった場合、全力で走って外に出れば衛兵がいるからと教えられた。『はじまりの迷宮』のモンスターに限っては、殺傷能力がないので、気絶して倒れてても死ぬ心配はない。そしてストレイル兄弟が入ると、定期的に見回ってくれるとか。至れり尽くせりじゃん。
『はじまりの迷宮』に関しての知識はこれくらいで充分と、ナキアさんが言った。
「初心者用の迷宮があるってすごいね」
「そうね。でも本当に初心者用に作られたものなのかは、私達にはわからないの」
なんでも入り口部分に古代語で迷宮を示す言葉が書かれていて、考古学者さん達が解析した結果の名称らしい。
「古代語も完全に解析されたものじゃないから、新しい発見があったりすると迷宮の名前が変わったりするわ。その時は冒険者ギルドを通じて公表されるから、一日一回はギルド内の掲示板を見て欲しいのよね」
冒険者に関する注意事項も説明してくれた。依頼を受けて達成する時に、手数料と税金を差し引いて支払うんだって。一年間稼いだ金額によって、さらに収める税金が変わるとか。なんとなくだけど、まあ理解出来るかなぁ。
「素材の買取も同じね。買取をしないで自分のお店で使う場合は、お店の売り上げでそっちの税金が変わるわ。まあその辺はジャスさんがやってるだろうけど。迷宮で食材を手に入れてお店で提供する場合は、冒険者ギルドと店長であるジャスと相談してね。自分で食べる分は気にしなくて良いけど」
『はじまりの迷宮』でドロップするお肉は、売ってもそんなに良いお値段じゃないとか。あとそこまで人気のあるものじゃないので、一日に買い取ってもらえる量も決まってるそうな。
一枚せいぜい15メル、稀にドロップされる高級なお肉は100メル。これは、ルカの胃袋で消化してもらった方が良いかも知れない。うまくドロップして手に入れれたらだけど。
「さて、他の説明は。うーん、魔法かしらね」
「魔法!? え、え、もしかして俺も使えちゃう?」
ファンタジーものの定番である魔法。まだ屋台のおじさんが使ったのしか見てないけど、やっぱり憧れるし、使ってみたい。
「魔法を使うにも適性があるの。鍛錬すればどうにかなるけど、適性があるかないかでその鍛錬量も変わってくるから。時間は有限だから、趣味でやるのでもなければ適性次第で考えたほうが良いわ」
「なるほど」
「適性はこの水晶に手を当てて、何か感じるかしら」
ナキアさんが差し出した水色の水晶に触れてみるけど、全くもって何も感じない。あ、これだめなやつ。
「適性があったら属性が浮かび上がってくるから、…ロータはだめみたいね」
「うーん、残念」
使ってみたかったなあ、魔法。なんでもギルド証に表示される魔力とやらが一定以上あって、適性があれば呪文を覚えて発動出来るそうな。
「魔力がないと発動出来ないのよ。リオネストの場合はその魔力が足りてない…あら、これって」
同じパーティの仲間の体力と魔力は共有できるわけで、ビゲルさんが登録してたんだよね。なので俺のを見てたんだけど、二人のも表示されてて、ナキアさんが何かに気付いたようだった。
「いつもは1か0だったのに、今日は一般人並みの数値になってる」
「えっ?」
「これなら、魔法を発動出来るわよ」
「ええっ!?」
俺とナキアさんの会話を聞いていたリオが、大声を上げた。信じられないような、それでいて嬉しいようなリオの背中を、ルカが押して連れてくる。
「試しにそこのカカシに初級魔法でも撃ってみて。発動の仕方は知ってるでしょ」
「魔力を集中させて、じゅ、呪文を唱える」
若干リオの声が上擦っているのは、気のせいじゃないと思う。
「適性があるかないかは、その魔力を感じられるかどうかってところよ。リオネスト、あなたその感覚はあるでしょう」
ナキアさんの説明口調はとっても助かる。どこか緊張した面持ちで、リオは前方に手を翳した。そして皆んなが見守る中、聞き慣れない言葉を発した。
途端、カカシに小さな火の玉が勢い良く放たれ、小さな焦げを作った。
「おおお、魔法だ!! すごい、格好良い!!!」
「今のは火球ね。大きさは鍛錬次第で変わる、使い勝手の良い魔法なの。あとリオネストが唱えたのは、呪文言語って言ってね。魔力を乗せて発音することで、魔法が発動するのよ」
解説ありがとうございます、ナキアさん。さすが先生だと言えば、顔を赤くしてちょっと照れられた。
手を翳したまま、リオは呆然と立ち尽くしていた。あれもしかして、一発で具合悪くなっちゃったのだろうか。
心配になって駆け寄るけども、顔色はまだおかしくない。土色でもなければ、青くもない。それどころか、頬に赤みがさしていて、なんだか興奮しているようにも見えた。
「…魔法が…」
「うん」
「…血反吐を吐かずに魔法が使えました…」
それが普通なのだろうけれど、リオにとっては決して手に届かない普通だったに違いない。それを考えるとちょっとしんみりしちゃったけど、こういう時は涙より笑顔だよね。
「うん、魔法使ってるリオ、すっごく格好良かったよ!」
「ありがとうございます!!!」
感極まった様子のリオが、抱き着いてきた。ロータの料理のおかげですと言っているけど、少しは役に立ったのかな。ルカを見ると無言で頷いていた。どこか嬉しそうなのは、気のせいじゃない。
「明日からはもっとロータの料理食べます!!」
「うん、じゃあ固形物食べれるようになろうね」
「はい、もちろんです!! 野菜も死ぬ気で食べますから!!!」
「それは普通に食べて」
固形物が食べれないと言っていたリオだけど、ルカと同じで野菜嫌いみたいだった。野菜スープ作る為の材料を見て、味と匂いが苦手とか言ってたんだよね。何も食べれないじゃんと思ったけど、そもそも何も食べてなかった事に気付いて黙ったんだけど。
「せっかく魔法が使えたんです、火球以外にも色々と練習をしたいです」
「一般人並の魔力だから、せいぜい二、三発がやっとだからね、リオネスト」
ナキアさんが制止するが間に合わなかった。うん、間に合わなかったんだよね。
浮かれたリオが、火球より魔力を使っちゃう氷槍とかいう広範囲に氷の槍を撃つ魔法を放って、その場で血反吐を吐いて倒れた。
そしてそれを目撃しちゃったナキアさんは、新たなトラウマ現場に絶叫した。なんかごめん、ナキアさん。あとで甘い物をお詫びに贈っておこう。
騒ぎを聞きつけてすっ飛んできたビゲルさんに事情を説明し、謝罪してから帰宅した。本当なら午後から迷宮に行ってみる予定だったんだけどね。
明日行けば良いかって話になったわけだけど。結局リオが熱を出して、二日ほど寝込んじゃった。
「嬉しすぎて興奮しての発熱だろ」
「遠足前の子供がなるやつ」
「なんだそりゃ。まあわからなくもない」
仕事を終えたビゲルさんが様子を見に来てくれた。大人しく寝てれば大丈夫だろという事で、まあ一安心と言えば安心だ。迷宮に行けない事をリオが残念がってたけど。
「うぅ、本当だったら行っていた筈なのに」
ベッドに横になっているリオが、眉を寄せて悲し気に呟いた。
「はいはい、それは熱が下がってから考えようよ。万全の体調で行ったほうが、楽しいよ」
「そうだ。そしてその方が迷宮で食べる飯が美味くなる。ロータがいっぱい弁当を用意して持っていってくれるというから、今から楽しみだ」
「うん、迷宮へ行く目的から外れてるけど、まあいいや」
無表情だけれども、ルカは迷宮でお弁当を食べる事を楽しみにしまくっているのはわかった。そんなルカの様子を見て、リオが小さく笑った。
「明日には、明日には絶対治しますからね! そしたら迷宮に…」
「それじゃあちゃんとご飯食べてね」
胃に優しいものが良いんだろうなと思っても、俺が作れるのっておかゆくらいだけど。そこに少しばかりの野菜が入ってる事に気付いたリオが、ちょっと目を逸らした。
「あ、あとで食べますから」
「あったかいうちに食べてよ」
「そうだぞ、ロータの作った料理はなんでもうまい」
「でもこれ、やさ…っ、もがっ…」
みじん切りにしてバレないように入れたのだから、余計なことは言わないでほしい。スプーンに乗せて冷ましたおかゆをリオの口に突っ込んでおいた。味はどうかと聞いてみたら、めちゃくちゃ不本意な顔で答えてくれた。
「…美味しいです」
本当に小さな子供みたいだな、この二人。なんだか可愛く思えてきた気がする。小さな弟が出来たって感じで。
「それじゃいっぱい食べてね。はい、あーん」
「体力回復の為に、極力動かずに食べさせてもらった方がいい」
「いえ、その……あ…」
眉間に皺を寄せながらも頬が赤くなったリオが、最終的にはちゃんと口を開いて食べてくれた。うんうん、早く元気になってね。




