響かなかった影の音
麻生翔太は清峰高校の教室の隅で、窓の外の10月の紅葉を眺めていた。高1、16歳。乱れた黒髪、鋭い目つき。口は悪いが、人の心を見抜く。クラスでは浮き気味だが、困ってる奴を見ると放っておけない。学園祭の準備で騒がしい校庭、笑い声が遠く響く。翔太は机の傷を指でなぞりながら、1年前の浜辺での出来事を思い出す。あの先輩、倉田詩織の言葉が頭にこびりついている。「本音を見ろ、麻生。見なかったら、誰もお前を見ねえぞ」あの夜、彼女の姿が透けて、消えかけた。
「麻生、看板持つの手伝えよ」クラスメイトの山崎亮が声をかける。無口で、いつも影が薄い。翔太は「うっせ、バーカ」と返すが、亮の目が妙に暗いのに気づく。放課後、翔太は旧校舎の音楽室で埃っぽい楽譜とカセットテープを見つける。錆びたロッカーの奥、10年前の先輩のメモ。「本音を響かせろ、さもないと消える」再生すると、途切れたハーモニーと囁き。「本音を隠すな…」翔太の背筋が冷える。
翌朝、亮が教室で話しかけるが、声が聞こえない。唇は動くのに、音がない。「おい、亮、なんだそれ?」翔太が言うと、亮は目を逸らし、足元の影がない。音楽部の倉田詩織が教室に入る。高3、穏やかな笑顔だが、どこか脆い。翔太は気づく。詩織の姿が薄い、まるで透けている。「先輩、なんか変だぞ」詩織は微笑むが、目が揺れる。「…麻生には見えるんだね」
放課後、翔太は詩織を追って学校近くの浜辺へ。夕陽が海に沈み、波音が響く。詩織は砂に座り、呟く。「親が医者になるって決めた。でも、私、音楽がやりたい。言えないよ、壊れる気がして」彼女の姿がさらに薄くなる。翔太は叫ぶ。「隠すなよ、バレバレだ! 俺には見えてんだよ、お前の本音!」詩織の目が潤む。「音楽が私の全部なのに…」彼女の声が震え、姿が揺れる。翔太の胸が締め付けられる。1年前、中学の時、友人を救えなかった後悔が蘇る。あの時も、本音を見抜けなかった。
音楽室に戻ると、亮がいる。彼の影はなく、俯く。「親が毎日喧嘩して、俺、なかったことにしたかった」翔太は亮を睨む。「バカか、お前。隠してどうすんだよ」亮の目が震える。「誰も俺のこと見てねえよ」翔太は拳を握る。「俺が見てる。隠すな」亮が泣き崩れる。「見ずになかったことにしたかったんだ…」
佐藤先生、音楽部の顧問が音楽室に入る。30代、穏やかだが、目が重い。「10年前、先輩たちが本音を隠してバンドが壊れた。1人が学校を去ったよ」彼女の声は悔恨に満ちる。翔太は楽譜を握る。「また繰り返す気かよ」詩織、亮、先生、誰もが本音を隠し、消えかけている。翔太は自分の本音と向き合う。友人を救えなかった中学の夜、誰も見なかった自分の弱さ。「人を救いたい。でも、傷つくのが怖え」心臓が締め付けられ、喉が詰まる。それでも、叫ぶ。「俺は見る! お前らの本音、全部見る!」
詩織がピアノの前に座る。「音楽が私の本音。親の夢じゃない」彼女の指が鍵盤を叩き、音が響く。姿が戻る。亮が呟く。「親の喧嘩、俺のせいじゃないって言いたい」影が足元に現れる。翔太の姉、遥が現れ、言う。「人の心を見なさい、翔太。見なかったら、誰もお前を見ねえ」彼女の声は進学圧力に疲れた響き。翔太は頷く。「わかったよ、姉貴」
学園祭当日、詩織がピアノを弾き、澄んだ音が響く。亮が観客に混ざり、初めて笑う。翔太は舞台裏で呟く。「本音、見逃さねえ」詩織が卒業前に言う。「麻生、誰かの本音を見てあげて。君ならできる」夕陽の校庭、紅葉が舞う。翔太は空を見上げ、「次はお前らの本音だ」と呟く。
END