勇者は現れることありませんでした
勇者を子育てする話を作っていたらちょっと行き詰って別パターン
ある日。赤ん坊の泣き声がどこからか聞こえたのでそちらに行ってみることにした。
「またですか……」
呆れたように呟く側近の声は無視して向かった場所には、6つ足狼の群れが赤ん坊を抱いている女性を取り囲んでいた。
気付かずにいたら自然の摂理だと亡きがらを弔ったが、赤ん坊は必死に泣いて自分と自分を抱えている女性を助けてくれと呼んでいるのを放置するわけにはいかない。しかたないので6つ足狼に別の餌として、自分の魔力を分け与えて、この場を引いてもらう。
「マジかよ……」
道理で自分の元まで泣き声が届いたわけだ。
「勇者かよ……」
正式にはまだ覚醒していない勇者の卵。赤ん坊の正体がそれだったと自分こと今代魔王は溜息を吐くしかなかった。
「陛下……なんで勇者を拾ってしまうんですか……」
「わりぃ……」
側近に叱られている傍では赤ん坊をあやしている女性とぐずぐずと抵抗しているがやがて眼を細めて眠っていく赤ん坊。
「陛下はなんで魔王になったんですか⁉」
「………貧しい魔国を豊かにして子供が空腹で死なないようにするためです」
「魔王が死んだら元も子もないのですよっ!!」
我が国は魔王がいなかったら成り立たないのですよと言われて、まあ悪かったと思うが今更捨てて来いなんて言わない側近はなんだかんだで甘い。
「――で、どうするんですか?」
「さあな」
正直どうすればいいのか分からん。狼を退けてその後放置するのも微妙だから魔王城に連れてきたが、扱いに悩んでいる。
「あの……御迷惑かけて申し訳ありません……」
赤ん坊がぐっすり眠ったのを確認して、こちらに頭を下げてくる女性。
「気にするな。――まあ、気にはなるか」
側近は真っ黒い蝙蝠のような羽根を持っているし、俺にはヤギの様な角が生えている。人間から見れば恐怖の対象で殺されるか不安だろうと思っているのに……。
「動じないな。その赤ん坊同様。流石親子だな」
思わず感心してしまうと、
「親子……いえ、この子……レイクは私の甥であって、母親じゃないのです……」
「甥? じゃあ、姉か妹の子供か……」
「はい。この子は姉の子供で……双子は縁起悪いからと捨てられました。不吉な力を持つ化け物だからとレイクの方を捨てると」
簡潔に説明されたが、双子は不吉で縁起悪いからとどちらかを捨てる習慣があるとか。さすが勇者の卵だからか生まれつき魔力があって、感情で魔力が暴走することがしばしばあったとか。
魔力のある子どもも普通にいるし、魔道具もあるが、そんな癇癪するたびに暴走する魔力を持つ子供は昨今では生まれなかったこともあり不気味に見えたとか。
そんな不気味な子供はいらないと捨てようとしたのを妹であるシャンディがとっさに庇って、気が付いたらあそこにいたと話をする。
「あそこに……」
魔物がうじゃうじゃいる場所だぞ。いくら何でも急展開では……。
「――陛下。あの付近に魔力の痕跡があったと報告が」
「っ!!」
転送魔法。かなり魔力を消費するが魔道具を使えば楽に転送が出来る。
そこまでして、赤ん坊を捨てようとしたのか。
「愚かだな」
育てられないと悲鳴を上げてしまうのは無理もない。だが、それで捨てるという考えが、転送して死んで来いというかのような魔法の使い方をするなんてふざけているとしか思えない。
「陛下」
「――ここなら魔力暴走しても対応が出来る。しばらく住むといい」
魔王が勇者を育てるなんて常識的におかしいと言われてもおかしくない。だけど、このまま放置したり、どこかに置いてくることなどできなかった。
それから数日が過ぎた。
レイクの癇癪じみた魔力暴走は実際に体験した。
レイクは寂しかったり、悲しい時ほど魔力暴走するようでレイクの魔力暴走を最初目の当たりにした時にシャボン玉を創生して、その上に乗せて宙に浮かべてみたら、シャンディが慌てふためいてパニックになっていたが、レイクはたのしかったのかきゃっきゃっとはしゃいでいた。
「なんて危ない事させるんですかっ!!」
だが、その後シャンディが怒髪天になって、正座をさせて説教してきたのは恐ろしかった。
レイクは俺の魔法を見ているうちに同じような魔法を使いたがり、本能で魔法を覚えて、魔力暴走が少しずつ減ってきた。そうなるとシャンディは時間を持て余し、何かできることはないかと尋ねてきたので、魔王城で実はできる者がいなかった内政を任せることにした。
魔王城を手入れして、どんぶり勘定ではない資金の使い方。手入れが届かなかった魔王城はたちまち綺麗になっていき、城で働く魔族が増えてきた。
「驚きだな……」
「ですね」
魔族は基本、力第一主義。弱い者は魔王城に近付こうとしなかった。というか強い魔族が固まっていて寄せ付けなかったが、シャンディのおかげで力が弱い魔族が勤め始めて、その者たちは魔力が弱い代わりに手先が器用で城の手入れや飾りに手を加えて見る者を圧倒させる技術を持って、力こそすべての者たちの目を覚まさせた。
俺の座る玉座が俺をより引き立たせたと感動していた者も居た。
「すごいな。シャンディは」
レイクを宙に浮かべながら散歩をしていると大広間に巨大な俺の絵を飾りだすという今まで考え付かなかったことをしている。
「いえ、王城ならこれくらい飾らないといけないと……力強い魔族もこの絵を含む飾りを壊さないように慎重に動かないといけないので魔力の制御が上手くなっています……って、魔王さまっ!! またレイクを宙に浮かべて!!」
今の状態に気付いて説教を始めるシャンディにやばいと慌てて逃げようとする。すかさずそれを捕まえようとするシャンディ。それを楽しそうに歓声を上げて見ているレイク。
レイクがうとうとし始めると、シャンディは昔々というフレーズから始まる物語を語りだしたり、不思議な音を出し始める。
「前から思ったが、その妙な音は何だ?」
喉から出る不思議な音。
「えっ? 子守り歌ですよ」
「子守り…………?」
「はい。――魔族はないのですか?」
どういうものか分からないので詳しく説明を求めると赤ん坊を寝かしつけるための歌だと教えられる。
「無いな。――魔族はゆっくり子育てをする習慣が無い。と言うか、ゆっくりできる環境があまりないというのが正しいな」
魔国は貧しいので子育ても必死だ。魔族によっては子供は産んですぐに独り立ちさせるのもある。
「えっ? でも、子供を捨てることをお怒りになっていたではないですか?」
「産んですぐ独り立ちさせているのは魔族にとって子供を守る手段でもある。子供が最初に食べるのは親の血肉の種族もあるし、子供を守って死んでいく種族もある。……そもそも生活するのがやっとなんだ。魔王が誕生しないと」
魔王が魔力を循環させてようやく環境が整う。だが、その前に魔王になりたがる魔族で争いが起き、やっと安定すると勇者が現れて魔王を討伐する。
魔国が安定した証明である資源を根こそぎ奪って――。
「だから、子守り歌を知らないし、歌自体知らない種族もいるな」
「…………そうなんですね」
「だからもっと聞かせてくれ」
もっと聞きたいと告げると顔を赤らめて歌いだす。その優しい歌声を聞いていると魔族の民にもこのような歌が当たり前のように歌えるような平和な時期があればいいのにと思えてくる。
そのためにはもっと強くならないと。
(大切なものたちを守るためにも)
その大切なものの中にシャンディとレイクも当たり前のように含まれていた。
魔族の成長は多種多様だから人間の成長具合が分からないなと側近に尋ねると側近はすぐに人間の常識を学んできて、レイクの教育に専念する。
「まおーさま。見て見て!!」
「こらっ!! 巨大植物を庭に生やしちゃ駄目でしょう!!」
レイクは5歳くらいになると魔族たちと相撲をしたり、魔力を使って悪戯をしてシャンディに叱られるようになってきた。
「まあ、いいじゃないか」
「魔王さまは甘やかしすぎですっ!!」
「そう言われてもな……あの植物の果実は美味で有名で、みんなのおやつにぴったりだと思ったんだが」
魔国では勇者に魔王が倒されると国造りがすべてゼロかマイナスになってしまう。俺が即位してから魔国は復活したが、それでも足りないところがある。それをレイクが魔力を放出して補ってくれるので少しずつ豊かになってきた。
おやつを食べるという習慣が生まれるほどゆとりが出来たのだ。
「そうですか……それならいいのですが……」
「何なら、シャンディも食べるか? 美味しいぞ」
当初はどうしようかと思っていたが、今ではシャンディもレイクもいるのが当たり前で、いなくなる未来が想像できない。
「そうですね。一つ貰っていいですか?」
その時を楽しみにしているシャンディは出会った頃の何かをしないと追い出されるんじゃないかという恐怖感もない。
ただ、当たり前のように微笑んでいる。
ああーー。幸せだ。この幸せが。
「――この幸せがいつまでも続くといいですね」
俺と同じ事を思っていたのかふとそんな呟きをシャンディが漏らす。
レイクを見つめる優しい眼差し。魔族の子供と勇者であるはずのレイクが仲よく遊んでいる光景。
「――なあ」
ふと自然に漏れた。
「魔族の求婚は貴重な果実を分け合うことだが、人間はどうやるんだ」
シャンディがいる当たり前の生活。この幸せがいつまでもあればいいと思ったらそんな言葉が零れたのだ。
人間と魔族は寿命が違う。何事もなければ魔族の方が長命だ。レイクは勇者だからもしかしたら魔族ぐらい生きられるかもしれないがシャンディはいつまでも一緒に居られないと思えたらそれが寂しく思えた。
「急な話で驚かせたな。だけど、こんな幸せをもっと長く過ごしたいと思ったんだ。だから」
結婚しないかと告げたらシャンディは顔を真っ赤にして目に涙を溜める。
「や、やだったか⁉」
魔族と結婚なんて断るよなと前言撤回しようとしたら。
「やった~~!! まおーさま僕のお父さんになるんだねっ!!」
「おめでとうございます、魔王さま」
「おめでとうシャンディ!!」
周りにいたレイクと魔族たちがいきなりおめでとうと喚きだす。いや、シャンディの返事を聞いていないと慌てるが、
「とっくの昔に……」
小さなシャンディの声。
「とっくの昔に嫁いだ気持ちになっていました!! 喜んで結婚します!!」
と勢いよく抱き付いてくる。シャンディの返事と共にレイクが空に向けて爆炎魔法でおめでとうと文字を描き、次々と魔族がお祝いの声を掛けてくる。
そのムードが嬉しくて、二人を拾った時には想像しなかった未来が来て驚かされる。
いつかレイクに殺される未来が来てもおかしくないと思ったのに。
「勇者と魔王は家族になりました。――こんな物語がいつか語られるかもしれないな」
赤ん坊のレイクに聞かせていた物語のように語られる未来を想像してしまい、それが実際に来るためにまた頑張ろうと思えたのだった。
魔族の国が発展していると報告が上がった。魔王が誕生すれば資源が取り放題だとさっそく勇者を探すように神殿に命令をした。
「そ、それが……」
焦ったように怯えつつ神官が報告する。
勇者はとある家の双子として産まれていたが、魔力が強すぎて勝手に転移して行方不明になってしまったと。
そんな信じらない内容でもっと詳しく調べろと命じて数年後。子供が魔力が高すぎて叔母共々捨てた事実と勇者は魔王と共に幸せに暮らしているというありえない報告が来て、説得して魔王を倒すように訴える神殿関係者を転送魔法で追いだして、しまいには人間が入れないように結界は張り巡らせてしまうのであった。