顔の化け物と不気味な寺院②
「ひいっ!」
その瞬間、氷の刃が背中をなぞるような冷たい恐怖が全身を駆け抜けた。
目の前の化け物の表情が、怒り、悲しみ、困惑と、目まぐるしく変化していく。人間らしい感情に見えるのに、どこか異質で、気持ち悪い。
そして——次の瞬間、顔の化け物の皮膚がぐにゃりと歪み、その中央から ヌチャッ… と粘液を滴らせながら手足が生えた。
「はぇっ…!?な、なんで?ご、ごめんなさい!やめて!なんでもしますからぁっ!」
少女の悲鳴も虚しく、化け物は一瞬で距離を詰める。
直後——。
『愛している。』
そう聞こえた。
脳が焼き切れるような衝撃とともに、頭の中へ 意味のわからない映像 が流れ込んできた。
歪んだ記憶、見知らぬ景色、誰かの涙、叫び、血、闇——。
身体が急激に冷え、意識が遠のいていく。
(これが……走馬灯……?)
少女は目を閉じ、 もののコンマ数秒の世界 に身を委ねた——。
しかし、すぐに少女を現実に引き戻す奇妙な音が響く。
「ムゥームゥー、ガキン!」
「ムゥームゥー、ガキン!」
奇怪な音が響く。恐る恐る目を開けると——。
そこには、無数の巨大な目を持ち、大きな口いっぱいに刃のような歯を並べた、黒い異形がいた。
そいつは ギチギチ… と顎を鳴らしながら、ゆっくりと蠢き、まるで少女を包み込むように迫ってくる。
「ひぃっ! つ、次は何ですか…?」
少女は咄嗟に逃げようとする。しかし縄で縛られているせいで、一歩も動けずただ、もがくことしかできない。
黒い化け物は、まるで「存在そのものを侵食する」かのように、じわじわと輪郭を歪ませながら、少女に近づく。
そして、その黒い指のようなものが、少女の額に触れた、その瞬間——。
ズシャッ!
突如、頭上から"顔の化け物"が降り立ち、黒い異形の 頭を丸ごと噛み砕いた。
バリバリッ……
骨すらないはずの身体が、何かを噛み砕かれるような音を立て、黒い化け物は 黒い粒子 となって崩れ落ちていく。
だが、それは静かな消滅ではなかった。
ズルズル……ズル……
無数の目が最後の悪あがきのように蠢き、黒い塵が断末魔のような「音」を響かせながら消えていく。
それは 声ではない。魂そのものが引き裂かれる音だった。
少女は縄に縛られたまま、ただ震えることしかできなかった。
恐怖で喉が引きつり、声すら出ない。
自分がいつの間にか失禁していたことにも気づかなかった。
——だが、悪夢は終わらず、空気はまるで氷のように冷たいままだった。
それもそのはず。
顔の化け物もまた、動きを止めていた。
まるで何かを思案するかのように、ねっとりとした目で少女を見下ろしながら。
そして、その視線の意味に気づいたとき——少女の心臓が凍りついた。
"助けられたわけじゃない。"
そして——今度は"自分の番"だと悟った。
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