2. ステップ1
要は、チオアセトアミドとブロモピルビン酸エチルを冷蔵庫から取り出し室温に戻し、ナスフラスコにチオアセトアミドをエタノールに溶かした溶液、滴下ロートにブロモピルビン酸エチルをエタノールに溶かした溶液をセットし、滴下ロートの上に塩化カルシウム管(塩カル管)をセットして、滴下を開始した。
「新庄先輩、なんで塩カル管をセットするのですか?」
大学二年生の時、学生実験のとき有機合成も経験したが、このような器具は初めてみた。
「それは、空気中の水分が反応系に悪さをしないようにするためだよ。有機合成はちょっとした水分で反応しなくなることがあるから、念には念をね。ただし加水分解反応には必要ないけどね」
と新庄は自分の反応を仕込みながら答えた。しばらくして滴下が終了し、要は新庄に報告をした。
「ノートに滴下開始時間と終了時間は書いた?それで滴下終了時間が反応開始時間ね」
と言いながら、新庄は縦五センチメートル(5cm)幅二センチメートル(2cm)の白い粉が担持されたアルミのシートを持ってきた。
「これはTLC、担持されているものは、シリカゲルだよ。下五ミリメートル(5mm)のところに鉛筆で線を引いて、キャピラリー(毛細管)で有機溶剤で溶かした原料や反応液を吸着させて、展開溶媒で上五ミリメート(5mm)まで展開してね。終わったらドライヤーを使ってアルミ側から軽く乾かして、二百五十四ナノメートル(254nm)のUV(紫外線)ランプで照らしてみて。キャピラリーは皆な自作だけど、山野君はしばらく私の使っていて」
と指示をだし自分の実験に戻っていった。展開が終わってUVランプで確認したら、目的物らしきものは発生してきたが、原料はまだ残っていた。新庄に確認をとったところ、加熱還流一時間後にもう一度確認するように指示された。要は滴下ロートをジムロートに替え、シリコンオイルが入ったオイルバスで加熱し始めた。新庄は、
「その間に自分で使うTLCをカッターで切ってみて。見本を見せるから」
と、大きめのカッターを使い、サラッと切ってみせた。要は幾つかTLCを切ったあと、新庄に尋ねた。
「先輩、何しているんですか?」
新庄はメモを見せながら、
「卒論発表の練習をしていたんだ。明日は吉井先生の前で発表するから、山野君も一緒に聞くようにね」
そう言った。
よく考えてたら、卒論発表の練習をわざわざ実験室でして、さりげなく要はサポートされていた事にたいし、新庄の評価を「氷華の魔女」から「氷華の天使」に格上げした。
TLCで反応を追跡して、原料が消失したところで攪拌を止めた。ロータリーエバポレーターを用いて減圧濃縮することでエタノールを留去させた。ロータリーエバポレーターとは、ナスフラスコを回転させながら室温より少し温かいウォーターバスで温め、アスピレーターで減圧して濃縮させる装置のことである。エタノールを留去後、抽出を行うために残渣を水と酢酸エチルで二つ用意した分液ロートの一つに移し、pHを弱アルカリ性にして酢酸エチルで二回抽出、水で一回洗浄を行って、三角フラスコに酢酸エチル層を集めた。酢酸エチル層は水分を含んでおり、水分を除去乾燥させるため無水硫酸マグネシウムを適量加え軽く攪拌して乾燥させた。
「そうしたら、使った実験器具洗っておいてね」
と新庄から指示が出て、要は実験器具を洗い始めた。器具の洗浄を終えた時、新庄は丸い濾紙を手にし、硫酸マグネシウムを露別するために使えるよう、綺麗に折り始めた。流れるような折り方に要は思惑「綺麗」だと思ったが、「氷華の天使」だよな、とも思った。大きめのナスフラスコにロートと折ってもらった濾紙をのせ、硫酸マグネシウムを盧別してナスフラスコをロータリーエバポレーターにセットした減圧濃縮を行った。一旦濃縮を終えると小さなナスフラスコに移して、濃縮しなおす作業までして、要の作業は終わった。時計を見たら午後八時を回っていた。
「それでは今日は終わりにしていいから、帰っていいわよ。明日もよろしくね」
と新庄に言われ要は帰宅することにした。もう一人配属された川本といえば、とっくに作業を終えて帰っていた。