16. ステップ10
要はL-イソロイシン由来のチアゾール環化を進めていき、エチル 2-((2S,3S)-N-Boc-2-アミノ-3-メチルーペンタン)-チアゾール-4-カルボキシレートを二十グラム(20g)以上得ることができた。
「山野君、出来たチアゾール体は遮光瓶に入れて冷蔵庫で保管しておいてね」
要は新庄の指示通りチアゾール体を冷蔵庫に保管してから、L-セリンのメチルエステル化の準備を始めた。
L-セリンのメチルエステル化は、メタノール中L-セリンに塩化チオニルを作用させ加熱還流することで、L-セリンのカルボキシル基を酸塩化物に変換し、それにメタノールが反応することによりL-セリンメチルエステルに変換される。反応が終了した後はエバポレーターで減圧濃縮しメタノールを留去してからアルカリ性にして酢酸エチルで抽出する。抽出した酢酸エチル層は硫酸ナトリウムで乾燥させ濾過したのちに酢酸エチル層をエバポレーターで減圧濃縮し、シリカゲルカラムで精製しまた精製溶媒をエバポレーターで減圧濃縮することでL-セリンメチルエステルが得られる。
このようにして要はL-セリンを二百ミリグラム(200mg)スケールで反応を始め精製体を得て、デシケーターで乾燥させた。
翌日精製体の重量を測定したところL-セリンメチルエステルを二百十五ミリグラム(215mg)を得た。収率に換算すれば九十五パーセント(95%)といったところだ。NMRで構造分析したところカルボン酸のH(プロトン(水素原子))はなく、メチルのプロトン三個のピークがあった。
「メチルエステル化はうまくいったようね」
新庄から労いの言葉をもらって、L-セリンメチルエステルのアミノ基のBoc化反応を始めた。アミノ基のBoc化反応はL-イソロイシンの時と同様に出来るので要にとってはもう慣れたものである。要はL-セリンメチルエステルのBoc化反応を行っている間、L-セリンのメチルエステル化を今度は一グラム(1g)スケールで開始した。そんなころ四月から教授秘書になった菅谷が顔を出した。
「そろそろお昼行かない?って先生が言ってたよ」
そう菅谷が言うと実験室の面々は切りのいいところで白衣を脱ぎ、学食に出掛ける準備を始めた。
「朱美、秘書の仕事慣れてきた?」
そういいながら新庄が菅谷の横を歩いていた。
「今のところそれほど忙しくないよ。講義の小テストの採点とかしてるけど昔を思い出すよ」
「朱美が採点するの?それに昔って程じゃないでしょう」
「最終チェックは先生がするよ。しかし、採点していると、あの頃はまだまだ勉強が足りてなかったと思うよ。」
「確かにそうかもね。実験を通して学ぶことは大きかったね。」
「ほんとほんと」
そんなことを言いながら歩いていた。
昼食を終え実験室に戻りBoc化反応をTLCで追跡してみたが反応速度が遅いようで、先にメチルエステル化反応の方が終わっており、昨日と同様に後処理をし始めた。スケールが大きくなるとそれだけ使用する有機溶剤の量が増えるので、減圧濃縮にどうしても時間を取られてしまう。カラム精製を終えた頃には夕食時になり要は夕食抜きで終わらせようかと思っていたが、新庄から声を掛けられた。
「今夜の夕食どうするの?」
「実験を終わらせてからにしようかと思っているのですけど」
「あまり健康的ではないね、それって」
「まあ、そうですけど」
「じゃあ、私の家で食べる?」
「いいんですか?」
「いいよ、朱美に連絡しとくよ」
そういいながら新庄は菅谷にメッセージを送っていた。
大学の裏門で待っていると新庄がFRスポーツカーで登場した。
「新庄先輩、車も持っていたんですね。スポーツカーなんて。しかもマニュアル車なんて」
「ああ、バイクもこの車もおじいさまからのおさがりなの。マニュアルの方がペダルの踏み間違えなくて安全だって。免許取るときにAT限定じゃなくて初めからマニュアルの免許取らされた。今となってはAT限定じゃなくてよかったと思っているよ」
そういいながら新庄はスポーツカーを発車させた。




