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15. ステップ9

 四月になり要と川本は無事四年生になり新庄は大学院修士課程一年生になった。菅谷は大学職員としての研修を受けている。

 四月七日、新庄は遅れて実験室に来た。いつものスーツより良いものを着ており、化粧もいつもよりバッチリされていた。

「入学式ようやく終わったよ」

要はそれを聞いて、再び新庄のスケジュールを把握していなかったと反省した。

「入学おめでとうございます」

「なんか今更って感じもするけどね」

新庄は要に実験の進捗状況を尋ね、N-Boc-L-イソロイシンのアミド化を全量終えたことと、チオアミド化を数回のスケールに分けて実験を行っていると報告を受けた。またチアゾール体の合成はチオアセトアミドからのチアゾール化とは違いエタノール中リフラックス条件ではなく、新庄の卒論に合った通りよりマイルドな条件の、チオアミド体のテトラヒドロフラン溶液に炭酸水素カリウム八.〇当量(8.0eq.)を激しく攪拌させアルゴン雰囲気下氷冷し、ブロモピルビン酸エチル一点二当量(1.2eq.)を滴下し、滴下終了後、室温に戻し二時間反応させたのち再び氷冷し、テトラフルオロ酢酸無水物四点〇当量(4.0eq.)とピリジン八点〇当量(8.0eq.)のテトラヒドロフラン溶液を滴下しさらに一時間反応させる方法を試したと報告を受けた。

「来週研究会があることは聞いてるよね。報告書は出来ている?」

新庄が尋ねると、要は慌てて「まだ出来ていません」と報告した。

「とりあえず、先月から行っていることを報告するのだからちゃんとまとめておいてよ。あと報告書は毎週月曜日に先生に提出することになるのだから忘れないようにね」

要は小さくなり返事を返した。


 研究会の日、要はL-イソロイシンからチアゾール体までの小スケールでの一通りの実験結果と、L-イソロイシンからの大量合成の結果を報告した。チオアミド化までは大体終了しておりあとはチアゾール環化を行えば、一旦は終了となる。

「実験の結果は新庄君の結果と遜色ないし、ペースもまあまあだろう。次の実験としてはどう考えているかな?新庄君としては」

「そうですね、L-セリンからのチアゾール環化が良いと思うのですが」

「そうだね、そうしようか。じゃあ、山野君はL-セリンからのチアゾール環化をお願いしよう。よろしく頼むよ」

新たな実験課題を出され要の初めての研究会は終わった。


「しかし、緊張しますね。新庄先輩は僕よりも先生に色々言われていましたが毎回こんな感じですか?」

「毎回だよ。初めはもっと色々指摘されてたよ。段々慣れてきたけどね。実験の仕方も報告の仕方も」

なるほどねぇ、と要は考え深げになった。


 大学は週休二日制であるが、研究室は週休一日である。と言っても有機化学の二つの研究室は土曜日の午後はスポーツの時間にしている。それは毎日毎日実験室に籠っていると運動不足になりがちだからだ。今日は大学のテニスコートが借りられたので、二研究室合同でテニスが始まった。要は新庄と大西は川本とペアになってそれぞれ試合をいていた。要と新庄はバトミントン経験者ではあったがテニス経験者ではないので、当初、ダブルスの連携があまりとれていなかったが、新庄は昨年から研究室でテニスを始めていたので、要より上手にボールを相手コートに打ち返していた。いくら試合と言っても、ラリーが続かないとそれはそれで面白くない。そこを分かっていて新庄は動いていた。要はラケットのスィートスポットに当てるのが精々で、コントロールは二の次であった。ここで意外な活躍を見せていたのは川本である。川本は運動神経抜群でラリーを続けて相手に隙が出来ればどんどん点数を重ねていった。ペアの大西も流石体育会系の動きでいいコンビネーションを決めていた。

「これ、研究室対抗のテニス大会で優勝するんじゃない?」

と囁かれるほど良い活躍を見せていた。


 夕方になり研究室に戻ると吉井教授が、ビールを飲み始めていた。

「運動後の一杯は最高だね。みんなも飲むかい?」

と勧めてきた。吉井教授は歩いて十分程の教職員住宅に住んでいて、飲んでも歩いて帰ればいいが要はちょっと考えていたが、秘書になった菅谷と新庄は早速飲み始めていた。もちろん大西と川本も。要は自転車で来ていたが、新庄たちはこうなることを知っていてバスで通学してきていた。

「ごめん、連絡し忘れていたみたい」

新庄が要に謝ると、要は観念してビールを開けた。


 夕食前ということもあり、今回の飲み会は軽く終わった。大西と川本は同じ方向ということもあり同じタクシーで、要は新庄と菅谷と三人でタクシーに乗り合い帰宅することにした。しかし、ただで帰してくれる菅谷ではなかった。

「夕食作るから飲み直そう」

という一言で新庄らのマンションに向かうことになった。今回も新庄はキッチンに入れてもらえず、菅谷が一人で調理を始めた。要と新庄二人で飲み始めたが会話が続かなかった。要はとりあえず実験の話を始めた。そうすれば色々と新庄は話してくれるのだが、それ以外はなかなか話が弾まずいると菅谷が揚げたての唐揚げを持ってきた。

「なにお通夜みたいにしているのよ。ほら揚げたて食べて飲もう飲もう」

揚げたて唐揚げを食べ三人は至福の時を過ごすのであった。



 


 

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