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13. ステップ8

 今朝も要の作業はNMR測定から始まった。今回の解析結果で今までと大きな違いは、チアゾール環のピークが出てきたことである。これで一通りの合成ルートを終えたことになる。今日からは本格的に大量合成が始まる。

「山野君、目標量はどのくらいを考えてる?」

「大体十グラム(10g)くらいですかね」

「それじゃL-イソロイシンの使用量は十グラム(10g)か?倍作ってくれるかな?」

「分かりました」

そう答えると、要はBoc化反応の仕込みをすることにした。昨日L-イソロイシン五グラム(5グラム)スケールでBoc化反応を行ったので、今日は十五グラム(15g)スケールで反応を行う準備を始めた。反応を開始してからN-Boc-L-イソロイシンの様々な溶剤による溶解度を測定し始めた。追実験ではなく検討実験は初めてなので、要はちょっとした楽しみを覚えた。

「新庄先輩、何種類か検討してみたんですけど、メタノールと水の混合溶液がよさそうな気がするのですけど」

「そうしたら、それで実際に再結晶してみて。オーバーヘッドモーターはある?」

「一台空いてます」

「それじゃ、昨日教えたとおりにやってみて。スケールは一グラム(1g)くらいで行けるかな?」

「多分大丈夫だと思います」

「そう、それじゃよろしくね」

新庄はウィンクをして要に実験を促した。要はそんな新庄の姿を初めて見たので、胸の奥にドキリとした感覚を覚えた。

 再結晶実験は、先ず溶媒中で固体を加熱溶解させ、溶解温度から摂氏一、二度(1,2℃)くらいの温度になったら種晶を接種し温度を徐々に下げていき、晶析し始めた温度で一時間くらい保温する。そうするとゆっくりと大きな結晶が育ってくる。ここで一気に冷やしてしまうと微細な結晶が育ってしまい、不純物を混合しやすくなってしまうからである。一時間保温したらゆっくりと室温に戻していきまた一時間くらい保温する。そして濾過することによりきれいな結晶が得られる。

 「いい結晶が晶析してきたみたいね」

新庄から声を掛けられた要はうれしくなり「はい!」とテンション高めの返事をした。

「そろそろ一時間くらい経ったかしら」

「そうですね」

「それじゃ、放冷してお昼に行きましょうか」


 昼食から戻ってくると、再結晶中の溶液温度は摂氏三十度(30℃)くらいになっていた。

「そこまで下がったら、なかなか室温まで冷えないから、水で冷やしてね。あまり下げすぎないようにね」

要は早速ウォーターバスのお湯を捨て、水を入れて冷却した。室温で保温している間にBoc化反応の後処理をし始めた。抽出して硫酸マグネシウムでの乾燥を始めたころ、再結晶の保温時間がちょうど一時間くらいになった。新庄が吸引濾過用のロートと濾紙を用意してくれ、要はアスピレーターで吸引しながら濾過を開始した。

「濾過したら、フラスコに残った結晶は母液を少し戻して濾過してね。それから同じ溶媒で洗浄してね」

新庄のアドバイス通りに濾過、洗浄していった。結晶をシャーレに取り出しデシケーターの中に入れ、真空ポンプで吸引し真空乾燥させていく。

「結果たのしみだね。明日は日曜日だからしっかり乾燥できそうね」

新庄はそういうと自分の実験に戻っていった。

 要は抽出していた酢酸エチル層の濃縮に取り掛かった。流石に今回はスケールが大きかったので濃縮する量も多く時間を要していた。これから他の実験をするにもN-Boc-L-イソロイシンの精製を行わなければならないので、何もできない状態になっていた。中途半端な時間になったので、要は新庄から渡された文献を読むことにした。


 夕方近くなり減圧濃縮を終えた頃、菅谷が新庄に声をかけていた。

「私実験終わったんだけど、梨香ちゃんはどう?」

「私も区切りいいかな」

「じゃあ、今日は家で食べますか」

「そうだね」

「要君も誘っちゃう?」

「えーそれは・・・」

と言っている間に、菅谷は要に声をかけていた。

「要君、今日私たちのマンションでご飯食べない?」

「え、いいんですか?でもなんか・・・」

と戸惑っているうちに、

「じゃあ決まりね」

と半ば強引に決まり、N-Boc-L-イソロイシンの濃縮を済ませた。


 大学の裏門で新庄と待っていると、菅谷は小型SUVでやってきた。

「お待たせ~」

「菅谷さん車持っていたんですね」

「うん、四年生になってから買ったんだよ。夜道は怖いでしょ」

なるほど、それは通りもあるかと感心した。

「いつも二人で乗り合わせてくるんですか?」

「別々の時もあるよ。梨香ちゃんも車もってるし」

「そうなんですか!二人ともバイク以外に車持っているなんて金持ちなんですね」

「今まで一所懸命バイトしてきたからね」

どれだけバイトしたらそんなに儲かるんだ?という疑問が残った。

 新庄たちのマンションに着くと、エントランスを通り抜けエレベーターに乗り込み、部屋のある階まで上がって行った。

「そういえば山野君って何で通学しているの?」

「自転車ですよ」

「ごめん、悪いことした」

「いいですよ、月曜日はバスで通学しますから」

「そう」

新庄は申し訳なさそうに返事をした。

「ちょっと部屋散らかっているかもしれないけど我慢してね」

と言いながら新庄がドアを開けた。散らかっているなんてとんでもない話で、リビングは綺麗に整理整頓されていて要は恐縮してしまった。車を止めてきた菅谷が来て早速キッチンに入った。新庄もキッチンに入ろうとしたが、

「お客様一人にしておくの?」

菅谷の一言で新庄はビールと枝豆とともにリビングに戻された。

「じゃあ、お言葉に甘えて先に始めさせてもらいますか」

新庄は自分のタンブラーと要のタンブラーにビールを注ぎ乾杯した。


小一時間ほど経ったころスパイスの香りが漂ってきた。

「カレー出来たよ~」

菅谷の顔が少し赤くなっていた。煮込んでいる間にビールを飲んでいたらしい。

「では、いただきます」

要はカレーをスプーン大盛を口に運んだ。

「めっちゃ、おいしい!辛さもちょうどよいです」

「それはよかった」

菅谷は笑顔で答えた。

「二人は辛口大丈夫なんですか?」

「まだまだいけるよ」

今度は新庄が答えた。

「普段も菅谷さんが料理しているんですか?」

要はあまりにも失礼な質問をしたが、二人とも「そんなことないよ」と可愛く答えた。

「でも、朱美の方がおいしいもの作るかな?」

「そんなことないと思うけど、梨香ちゃんはお菓子作りが得意よね」

「お菓子作りはレシピ通り量らないといけないし、そういうのは得意だから」

「一度食べてみたいですね」

そう要が感想を述べると、

「作ってあげなよ、梨香ちゃん」

「そうね、今度暇が出来たら」

そう答える新庄であった。





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