11. ステップ6
要はいつも通り九時半に実験室についた。
「新庄先輩おはようございます」
「お、おはよう」
新庄はちょっと顔をそらしながら返事を返した。
「NMRの操作見てもらえますか?」
「ごめん、ちょっと手が離せないから朱美に見てもらえないかな?」
「と言うわけで、菅谷さんお願いします」
「まあ、いいけどね。梨香ちゃんと何かあった?」
「いえ何も」
「ちょっと煽りすぎたかなぁ」
「え?」
「なんでもないよ」
操作と分析を終えて、研究室で詳しく分析をしたところ、ちゃんとアミド化されていた。収率も九十七パーセント(97%)と高収率であった。要はN-Boc-L-イソロイシンアミドのチオアミド化に取りかかった。ローソン試薬を冷蔵庫から取り出しアミド体二百グラム(200g)を塩化メチレン(CH2Cl2) 十ミリリットル(10ml)に溶解、攪拌し、アルゴンガス雰囲気下にした。ローソン試薬が室温に戻ったころ、一点五当量(1.5eq.)を加え攪拌を続けた。反応時間の間、昨日カラム精製しておいたN-Boc-L-イソロイシン(Boc体)の減圧濃縮をはじめた。Boc体は昨夜から試験管の中に溶液としてあったが一晩置いていたため有機溶剤がある程度蒸発したことで、固体化してきていた。
「新庄先輩、Boc体って抽出するにも、カラム精製をするにも有機溶剤の使用量が多くて時間もかかるじゃないですか?これ以上大量に作るなら、後処理が大変になりそうなんですけど、どうしましょうか?」
「そうねぇ、とりあえず抽出に使う酢酸エチルの量を減らして、抽出率が下がらないことを確認して、後は酢酸エチルから結晶化できるか試すのもいいかもね。私は小スケールでしかやってこなかったから試してもらえるかしら?」
要は承諾し、Boc化の実験に取り掛かっていた。その様子を新庄は微笑ましく見ていた。
チオアミド化の反応が終了し、要は反応液の減圧濃縮を開始したが、ローソン試薬の残渣の硫黄臭が酷くて我慢しながら作業していたが、実験室にいる人達からは(川本からを除けば)苦情はなかった。皆、慣れているらしい。減圧濃縮を終えた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製し終えたら、丁度昼食の時間になった。
「朝のあれはないでしょう」
菅谷が新庄にNMRのことを突っ込んだら、
「だって、どんな顔すればいいか分からなくて」
そう返された。
「どこの恋愛初心者か?」
「初心者で悪かったですね」
「このお嬢様は」
「午後からは普段通りにするよぉ」
新庄は自信無さげに答えた。




