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第5話 お嬢様として生きる場所

 普段は泊まれないような豪華な宿のふかふかなベッドで眠り、慣れないまま目覚めて部屋を出るとそこには朝ごはんが用意されていた。

 これもまた豪華だ。パンに、スープに、厚いハムに、果物に。色とりどりで、種類が多く、量も多い。

 冒険者の頃食べていた硬いパンや魔物の肉とは雲泥の差だ。


 ご飯を食べながら、彼女は言う。


「じゃあ、屋敷に……私たちルヴァン家のおうちに帰ろっか」

「えっ」


 急に彼女はそういった。


「そりゃ、当たり前でしょ? 両親も心配してたし、1回顔見せに行かないと。たとえ、記憶喪失でもね」


 両親。両親か。

 俺の両親は今頃……


「うん?  なんかいった?」

「あ、いえなんでもありません」

「ふーん?  まあ、何でもいいけど。とにかく帰ろうね」

「……はい」


 帰るのに二の足を踏んでいるのは理由がある。

 それは、俺が死んだ後の影響がどうなっているかをまだ認識しきれていないからである。


 とりあえず俺が犯罪者扱いされているのはわかった。わかったが、なぜあいつら、俺が元々組んでたパーティの奴らが死んだことになっているのかがわからない。

 その真偽を確かめなければならない。


 それと――俺と体を入れ替えた彼女、アルティ・ルヴァンなのかはわからないが……彼女がどうなっているのか、確かめなくてはならない。

 彼女の体は一体どうなっているのか。もしや俺の体の中に……?


 そこで、はっと気づく。彼女が、俺の体に入ってあいつら元パーティの奴らを殺した。そういう可能性があるのではないだろうか。

 しかしなぜだ。どんな理由があってあいつらを殺す理由がある。

 赤の他人のはず……いや、体を入れ替えたのだから他人ではないのか?

 そう考えていると訳が分からなくなってくる。……少し、頭を冷やさなければ。


 スフィアさんは、ご飯を食べ進める。

 というより、この体になってから、やたらと食べ物がおいしい。

 前の体では味気ない保存食ばかり食べていたのに、この体になってからは高級な食事が食べられる。

 これが若返ったということなのだろうか。


「……ご馳走様」

「あ、はい」


 考え事をしているうちに、スフィアさんが先に食べ終わっていた。

 眼の前の皿に盛られたご飯はまだ半分以上残っている。……仕方がない。食べるか。

 俺は急いでご飯を食べた。


***


 それからしばらくして、豪華な馬車がやってきた。

 屋敷に帰るための馬車だ。

 俺はそれに揺られていた。

 がたり、と馬車が小さく揺れる。


「あっ」

「大丈夫?  アルちゃん」

「はい、なんとか」

「そう、よかった」


 むしろ、快適すぎるくらいだ。

 今まで俺が馬車に乗るといえば荷物と一緒に横たわるのがせいぜいであった。

 椅子に座ることもあったが、その時は固い板の上で大きな振動に揺られるのがせいぜいだった。


 こんな、豪華すぎる馬車に乗ったことはない。ふかふかの椅子に揺れることは少ない。これならお尻が痛くなることもないだろう。さすが、侯爵の令嬢というべきか。

 俺は、外を見ていた。今までいた町が見える。

 しばらく、冒険者としてダンジョンを潜るためにいた町だ。

 街が次第に小さく、遠く、遠くになっていく。

 それは、俺が冒険者でいなくなっていることを示しているような気がしていた。


「……」

「どうかした?」

「いえ、別に」


 俺は、これから何をすればいいんだろう。……何もない。ただ、この体になったまま生きていくしかない。

 ただ、今の俺の手には魔法を使える手がある。それだけは、確かだ。

 魔法使いになる。それはやりたいことの1つだ。


 ……ただ、俺にはほかにもやる事がある。

 死の真相を確かめる。俺と体を入れ替えたあの少女を探す。

 ……のだが、スフィアさんに見つかってしまった以上、俺は下手に動けない。

 無理やり彼女の手を引きはがし、一人で冒険者なりをやろうにも剣を持てないほど体を鍛えておらず、魔法もあまり使えない俺にはそれをすることが出来ない。

 素直に彼女の庇護下にいるのが一番丸い選択肢であろう。


 その結果、日がたつたびに、あの町は変わっていき手掛かりを探すのは遠くなる。

 これからどうなるのか。見も知らぬ家の屋敷に行って、俺は違和感なく過ごすことが出来るのか。

 不安は募るばかりだった。


「アルちゃん、大丈夫。ちょっと、挨拶するだけだから。心配かけてって怒られるかもしれないけど」

「でも、私は……記憶喪失で」

「まあ、あたしも上手くフォローするから。きっと納得してくれるって」

「そうでしょうか……」


 スフィアさんは俺を元気づけようとしてくれているが、どうにも不安がぬぐえない。

 というか、そもそも俺はアルティ・ルヴァンでないことがばれたら。

 しかも記憶喪失なんていう嘘をついていることがバレてしまったらどうなるのだろうか……。


 ……まあ、真相を正直に言っても信じてもらえないだろうが。

 あまりにも荒唐無稽すぎる話で、どれだけぼろを出しても真実にまではたどり着けないだろうけど。

 俺は、自分の置かれた状況にため息をつく。


「あーあ……」

「また落ち込んで」

「いえ、すみません」


 なんだか、いろいろあって疲れた気がする。

 体中に疲労感が蔓延する。

 ……前の体では、こんなに疲れなかったはずなのに。

 いろいろなことを考える気力もなくて、このまま……


 そっと、体が暖かいものに包まれる。

 なにか、心が安らいだような気がした。


***


 長い、長い時が立つ。


「アールちゃん♪」

「はいっ!?」


 ほっぺたがつつかれ、飛び起きた。


「モーそんなに過剰反応しなくていいのに」

「いつのまにか、眠って……」

「アルちゃんの寝顔、可愛かったよ!」


 ……どうやら、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 こんな、無防備な所で寝てしまうだなんて……起き上がろうとすると、 体が、毛布に包まれている事を知った。


「体、暖かくしたら眠っちゃったみたい。それとも……アルちゃんが、昔から使ってた毛布だったから、安心したのかな?」


 その毛布は、今まで見たことがない、ピンク色の生地。

 でもなぜかその匂いをかぐと、心が安心するような気がする。

 俺の記憶はそうではなくとも、この体が安らいでいる。

 体に合わせて、心も安らいでいる。


 これは、なんだ?

 記憶と体が、矛盾している。

 悪寒と、不安と、冷や汗が、体を支配する。


「……ほら、もうすぐ着くよ」

 

 その言葉に、はっと我に返る。

 俺は、窓から外を見る。そこには大きな門と屋敷があった。

 あの屋敷に行くのか。

 風が勢いよく吹いている。向かい風で、走る速度は遅い。

 砂埃が舞い、先が見えない。


 これから先、何が起こるのか。それも見えないままだった。


 毛布の匂いを嗅ぐ。

 少しだけ、不安が和らいで、心が落ち着いた気がした。

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