ドラゴネシアの秘密基地にて
セシリアとイーナは自分達が悪い夢を見ているような気がした。
そこでお互いのほっぺを抓り合ったが、普通にとっても痛かった。
「夢じゃないのね」
「あいつ裏切る、ない?」
「ないわ」
「だな。うむ」
二人が不安で仕方が無いのは、リカエルがセシリアの大事なものを取りに再び出掛けて不在となっているからではない。
今はもう、リカエルは絶対に戻って来ると信じている。
では何が不安かと尋ねられれば、この現状だと言うしかない。
「王宮格納庫はドラゴネシアの秘密基地?」
イーナが何度目かの同じ質問をセシリアに繰り返した。
セシリアこそイーナが同じ言葉を繰り返してしまう気持ちがわかる。
彼女こそリカエルに連れ込まれた隠れ家が、王宮の地下に作り上げられた秘密の格納庫、であることが未だに信じられないのだ。
こんな秘密を知った自分達は生きて明日の太陽が拝めるのであろうか。
そんな不安ばかりである。
そして格納庫が王族の持ち物であることを示すように、居住空間としての設備がマダムデボンヌに与えられていた使用人部屋と比べものにならない程に良い。
今セシリアとイーナが寛いでいる場所は、格納庫の中に収納されている巨大戦車の中である。戦車内は王族が利用するからか、高級絨毯が床に敷き詰められている。壁を背もたれにするように左右に設置されている長椅子などは、座面はベッドに出来る程に幅があり、今まで横になった事があるベッドよりも柔らかい。
今は動いていないから使用できないが、馬車にはトイレまであるのだ。
「ねえ。トイレあるほんと見る?顔と手を洗いたい」
「そうね。リカエルが教えてくれた場所にあるのか確認しに行きましょう」
二人は手をとりあって立ち上がる。
リカエルは最初に格納庫に設置されているトイレ位置を二人に教えていた。
そこが実際にトイレだと言うならば、天使のレリーフが刻まれた金属扉にしてあるのはかなり悪趣味だとセシリアは考える。
そして馬車の外に出て天使の扉の前に立った二人は、地下の格納庫を明るくしている不思議について初めて気が付いたかのように頭上を見上げた。
驚くばかりだった。
明かりは街明りとなっているガス灯と同じ仕組みだとセシリアはわかったが、街のガス灯とは違う装飾のある照明器具である上に、天井には地下では絶対に見る事が叶わない青空が描かれているのである。
青空には天使まで舞っている。
「天井画まであったなんて。いいえ、ここはもしかして格納庫ではなく、王族の避難用の隠し部屋だったのかしら」
セシリアは自分の台詞にぞっとした。
本当の秘密の秘密の大事で内緒の場所にセシリア達はリカエルに連れ込まれてしまったのであり、自分達がここにいる事を知られたら秘密裏に消されてしまうのではないのかと、思い付いて脅えたからだ。
「リカエルは裏切らない。でも、私達のせいで処刑される可能性も?」
セシリアの手をイーナがぎゅっと握った。
セシリアは自分を見上げるイーナの黒い瞳に胸を締め付けられた。
イーナはとても美しい少女だ。
褐色の肌は香ばしく焼けたパン色で、華奢で小柄な体は小柄だろうが手足は長くバランスが取れている。真っ直ぐな髪は艶やかでさらさらと揺れ、クラヴィス人と同じぐらいの大きさだがクラヴィス人と違って目尻が上向きの目元はエキゾチックこの上ない。
男達が幼いイーナに欲情を見せたのも当たり前ぐらいに、彼女は美しいのだ。
しかし今のイーナはその美しさを台無しにするぐらいに、顔をくしゃくしゃに歪めてセシリアを見上げているのである。
「どうしたの?イーナ」
「わたし国帰れない。父負けて死んだ。私誘拐された違う。ほんとは違う。私は売られた。売ったの国。わたし力ない。リカエルとセシリアを助けられない」
二年近く一緒にいて、初めてイーナが語ったイーナの真実だった。
彼女はセシリアの呟きを聞いて、彼女とリカエルをジサイエル国へ逃がしてあげられないと謝って来たのである。
自分こそジサイエル国に捨てられた人間でごめんなさい、と。
イーナの身の上の真実、それは貴族でもないセシリアにも想像がついた。
政権争いで負けた一族か、ジサイエル国内にある民族間争いで負けた一族か、とにかくイーナは故郷では生きて行けなくなったということだ。
セシリアは奥歯を噛みしめて笑顔を作り、イーナの手を強く握り返す。
「じゃあ、一蓮托生よ。私の最後まであなたを付き合わせる。それであなたの最後も私に付き合わせるのよ。私はドレスデザイン。あなたは私のドレスに最高の刺繍を施す。私達はクラヴィス国最高のドレス店の店主になるの」
「わたしも店主?」
「ええ。私一人じゃ騙されてすぐに店を潰しそう。共同経営者が私には必要だと思うの。あなたもそう思わない?」
イーナは泣き顔を笑顔に変えた。
「そう思う。セシリア最高だが優しすぎて甘い」
「ひどいわね。じゃあ、しっかり頼むわよ」
「まかせろ。わたしセシリア守る」
二人は笑い合った。
セシリアは笑顔を作りながら、夢をすらすら語れる自分に驚いていた。
諦めていたばかりの自分はどうしてしまったのだろう。
「さあさ。目的だったトイレにまず行きましょ。それでちゃんと出せる環境か確認したら、私達はひと眠りでもしない?普段だったらもう寝ている時間だもの」
イーナはコクリと頷く。
涙が残る顔で笑顔になったイーナは本当に可愛らしいと、セシリアはうっとりとイーナを見つめてしまった。
「どうした?」
「あなたは綺麗だなって。あなたにはどんなドレスが似合うかなって思ったの」
「セシリアは人のドレスばかり。なのに自分のドレスを考えない、なぜ?」
セシリアはなぜかしらと笑って誤魔化した。
本当は分かっているけれど。
失った夢について思い出したくないだけである。
それだけは二度と夢みられないことはセシリアはわかっている。




