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君達に恐怖を与えた俺が悪いんだ

 リカエルに案内された先でセシリアとイーナは、見た事もない恐ろしい馬車を目にする事となった。

 だからなのか、イーナが呆然とした声で彼女の国の言葉で呟いた。


「ゴングリア」


「そうイーナ。巨大要塞だ。ゴングリア、だ。ドラゴネシアの自慢の馬車だ。ここなら絶対に安全だから、君達がおへそを出して寝ていられる。あとね、あっち、あっちを見て」


 リカエルこそこの空間と馬車が自慢であったのか、子供っぽい口調でセシリア達に場所について語り、あっちだと指を指す。セシリアとイーナはリカエルが指さす先へと首を回し、明りに照らされた金属の扉がそこにあることを知った。


 金属板でも天使のレリーフが施されている扉の部屋は、目の前の巨大な馬車が戦車と言うならば武器庫なのだろうかとセシリアは思った。


「馬車にもトイレあるけど動いていない時は使用不能。その代わりとして、あそこにあるトイレを使おう。手洗い場も広いしお湯も出るから、身繕いもできる」


「――凄い場所ね。ドラゴネシアは凄いのね」


「だから安心して一息つこう。馬車の中は毛布もあるし、椅子をベッド代りにして休んでいて。俺は適当な食糧なんかを持ってくる」


 リカエルはセシリア達に微笑んだ。

 その微笑みは、セシリアを崩壊させるには充分だった。

 幼い頃に悪い夢を見たセシリアに対し、夜中にたたき起こされた事など関係なしに、大丈夫と微笑んで慰めてくれた彼女の両親が見せた微笑みと同じなのだ。


「どうした?セシリア?」


「今まで私が失敗続きだったのは、私が私でしかないからなのね」


「セシリア?」


「判断力も無い。覚悟も無い。だから勝負に負け続けだったのよ」


「おいおい。君はちゃんとやってただろ。急に」

「やっているだけじゃダメなの。一歩先を、ヴェリカみたいに、一歩も二歩も先を見て計画を練られる人間じゃ無かったから、失うばっかりだったのよ。今だってそう。あなたがいなければ私は自分だけじゃなくて、イーナを失ってたわ」


 セシリアは目の前が真っ暗になった。

 リカエルが彼女の頭を自分の胸に押し付けたのだ。

 セシリアの流した涙はリカエルの胸の布に吸い込まれ、セシリアの顔はリカエルの温かさばかりに包まれる。


「俺が君に出会えたのは、君があの性悪を助ける選択をしたからだ。君があの性悪に与しなければ、俺は君を助けに行く事はなく、恐らく口にもしたくない目に君とイーナは遭っていただろう。今の状況は君が作ったんだ。誇れ」


「いいえ。失敗よ。私は台無しにしてしまった!!」


「何が?どうした?」


「リカエル。セシリア沢山置いて来た。沢山縫ったドレス置いて来た。これじゃセシリアヴェリカに店貰っても店が開けない」


 セシリアはさらに自分が情けなくて涙がさらに溢れた。


 イーナの方が状況を見ていたわ。

 私は私だったから失敗しかしなかったのね。

 ヴェリカが叶えてくれると約束した夢を、今だって自分で台無しにしてしまったのだ。残して来たドレス。私が縫った私の新作を誰かに奪われてしまったら、私の作品は誰からも盗作としか見られなくなってしまうじゃないの。


 どうしてあれらを残してきてしまったの!!


「わかった。俺が取りに行くから、ほら、落ち着け」


 セシリアはリカエルの胸から顔を上げ、彼を見上げる。

 リカエルは何事も無いという風に彼女に微笑んで見せ、そこで彼女はたくさんのドレスを失っても構わない、急にそんな風に思った。


 取り返しに戻った彼が酷い目に遭ったら?


 そう考えてしまった瞬間、彼を信じず裏切った自分が彼をそんな目に遭わせる事など出来ないと思った。思った途端にドレスを諦められたのだ。


「おい。どうした?」


「いい。大丈夫。ドレスはまた作ればいいの。大丈夫」


 リカエルはかなり苛立った顔つきとなった。

 抱きしめていたセシリアを突き飛ばしそうなほどに、彼は険悪そうな雰囲気になったのである。


「リカエル?」


「俺に頼りたくない?」


「違うわ!!わた、私は、本当に馬鹿だったからもういいってだけ。だって、あなたを信じなかった。いつでも逃げられる軽装に拘ったために、本当は持って逃げなきゃいけないものを置いてきてしまった。そんな私の失敗をあなたを危険に晒してまであなたに押し付けるわけにはいかないわ」


「やっぱ。俺が頼りない?」


「頼りなくなんか無いわ」


「俺に頼まないじゃないか」


「――あなたが危険な目に遭って怪我をするのは嫌だわ」


「俺はすでに危険な目に遭ったけど、無傷じゃないの?」


「そうよ!!そんなあなたが怖いからあなたから逃げる算段で軽装なんて馬鹿をした私なの。今さらあなたに頼れて?私の馬鹿であなたを危険に晒させて?いくら強いあなたでも、馬車にはねられたら普通に死ぬでしょ?って、きゃあ」


 セシリアは再びリカエルの胸に押し付けられていた。

 少々乱暴に。

 そしてセシリアが顔に感じるリカエルの胸は、温かいのは変わらなくともびくびくと痙攣する煩いものと化していた。


 リカエルが大笑いしているのだ。


「確かに!!馬車に轢かれたら死ぬな。そっか、怖かったか。俺が怖すぎて俺から逃げようなんて思ったくらいなのか。やばい、俺!!」


「リカエル?」


 リカエルの胸から顔を上げたセシリアに向けて、リカエルは軽く片目を瞑った。

 エメラルドグリーンの瞳はキラキラ輝いていて、セシリアはそのきれいな瞳から目が離せなくなった。


「リカエル」


「取って来るよ。君達を怖がらせたお詫びで、何でも致しましょう。それで、君のドレスについて教えて貰えるかな」


「それは、デザイン帳にあるから。いいえ、私も一緒に」


「いや。間違えていたら何度でも取りに行くし、面倒だったら店ごと持ってくる。君とイーナはここにいて。君達の守りをしてたら俺は糞にも行けないから、安心して残っててくれ」


「あなたって台無しね」


 セシリアはリカエルに頼みごとをする事に決めた。

 男の人に期待するのは何年ぶりだろうと思いながら、また、彼が自分には絶対に失いたくない男性になってしまったと自分に認めながら。


「ヴェリカのドレスだけでいいわ。それをヴェリカに届けてくれるだけでいい。彼女ならきっと店を出す約束を叶えてくれる。店が開けるなら、今回失ったドレス以上のものなんか、私はいくらでも作り出せるはずだもの」


 リカエルを失うまでして取り戻す価値など無いのだわ。

 そう、私には才能が溢れるばかりにあるはずなのだから。


 ドレスを諦める選択をした途端にセシリアは自分の曇った視界が晴れた気がした上に、自分の才能への自信さえも戻って来ていた。


 けれど、リカエルからセシリアに戻ってきたのは、大きな舌打ちだった。

 リカエルはセシリアをポイと自分の腕から放り出すと、ぶっきらぼうにセシリアに手を伸ばす。


「デザイン帳。あいつに再会するぐらいだったら、店一個持って来た方が楽だっていうのに、このおねえさんは変な遠慮で無駄なクエスト与えやがる」


 セシリアはリカエルに素直にデザイン帳を手渡した。

 彼がこんなにヴェリカを嫌うのは、彼こそヴェリカが好きだからなのでは、なんて急に湧き出した疑問を胸に隠しながら。

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