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俺は引継ぎ中のはずだったはず

 リカエルは従兄妹達の中でレティシア以外皆年上、という状態であるせいか、非常に負けず嫌いな面がある。リカエルよりも半年早く生まれただけのガムランなどは、半年分があるためか年齢的にはリカエルの一つ上だ。


 そして年上の従兄達は全員してリカエルの兄ぶりながら面倒があればリカエルに泣きついて来るので、自分がこんな負けず嫌いで几帳面な性格になったのは兄達のせいだとリカエルは考えている。


 さて、そんなリカエルであるので、ドラゴネシアをおん出てやると決めたからには自分が去った後の引継ぎをしなければいけない、と律義に考えた。


「普通はそういうものを放り出して出ていくものじゃ無いの?こうやってしっかり引継ぎするでしょう?そしたらあなたがいなくても困らずしばらくは回るから、あなたがいなくても大丈夫って勘違いされるのよ?もっと自分の価値を大事にしましょうよ」


 リカエルの天敵、ヴェリカの言葉である。

 ドラゴネシアの女達の代表の四婦人、正しくは四爺の妻達により、あなたを蛇蝎の如く嫌っている、と意思表示された哀れな女性のはずだが、とリカエルは思い出しながら首を傾げる。


 あいつは素直にありがとうと言ったら死んでしまう生きものなのだろうか。


 だが、図星だ、ともリカエルは思っている。

 完璧に引継ぎしなければと気負う反面、引継ぎした人の方がリカエルよりも良い仕事をすると思われたら許せないという、面倒な人でもあるのだ。

 そんな彼であるので、ムカつく女であるヴェリカにも自分がして来た領主館の差配の引き継ぎとして召使いとの挨拶の場を設けたのであった。


 ドラゴネシアの世間的には四爺の妻達が担っていると思われていたが、実際は空席だった領主夫人に代わってリカエルが領主の為に館の差配を請け負っていた。


 ただしこれには理由がある。

 リカエルが二歳ぐらいの頃、ドラゴネシアに不幸が起きたのだ。

 四爺の妻達、ドラゴネシア四婦人と呼ばれているが、彼女達が子供達の為に王都から招いた家庭教師とその愛人に宝石などを盗まれてしまったのだ。その結果として、ドラゴネシアで家庭教師や乳母やメイドをしていた王都出身者は職を解かれたり、いわれのない陰口や悪意を受けることになったのである。


 リカエルの母ナタリアは王都出身では無いが、ドラゴネシア人的にはクラヴィスの人間そのものである。彼女は華奢な体つきに整った繊細な顔立ちとドラゴネシア女性にはない美しさを持つからか、この風潮を利用してドラゴネシアの社交界から彼女を弾き出そうとする流れもあった。


 だからなのか、ナタリアは幼いダーレンの見守りとして抜擢され、リカエル一家は領主館に数年ほど住むことになったのだ。


 よって、領主館で十歳頃まで育ったリカエルには、領主館は実家みたいなものであり、領主館で働く人々は完全に気心の知れた相手であり、前領主夫人が亡くなった後に彼が差配を握るのも自然な流れであった。


「そう、俺は今は引継ぎ中で、領主夫人の分野は投げたはずだ」


 彼が改めて自分の状況を分析したのは、領主夫人の分野を投げた先のはずのヴェリカが女中頭ベッツィーの娘のメリアを連れて、ニコニコ笑顔で、なぜかリカエルを囲んできたからである。


「俺はあと四日でここを出るんだけど?」


 ヴェリカは少々はにかんだようにして、リカエルを苛立たせる台詞を吐いた。

 リカエルの怒りは、ヴェリカへではなくダーレンへ向かっていた。


「ダンスホールを開放してドラゴネシア中の女性を招いたお茶会を開いたらどうだってダーレンが。でも、皆さんを招待するにはまずドラゴネシア四婦人の参加が必要でしょう。だからお願い。ダーレンが、リカエルにお願いすればいいよって言うから!!」


「あのさ、その規模の茶会が明日明後日で開けると思う?」


「ああ!!そう言えばそうね。彼は最初からあなたが帰って来てくれることを想定して話をしていたのね」


「いや。絶対に帰りたくないって思ったね。何それ」


「そんなことを言わずに、お願い。どうしたら四婦人に歩み寄れるか、それだけでも教えて頂けたらありがたいわ。ねえ、息子さん?」


「このぐらいの息子は母親から歩み去りたいと思っているものなんだよ?」


「お願いよ!!だって私はドラゴネシアで上手くやりたいのですもの。使えるものは使わせていただきたいの!!」


「おいおい本音の方が駄々洩れだぞ?使えるものって何だよ、お前は!!」


「あ、そうだった?では改めて申し上げますわね。ドラゴネシアの方達と歩み寄りするにはあなたに頼るしか無いの。お願い。リカエル」


「くっそムカつく」


「私からもお願いします、リカエル様。お母さんが、リカエル様だったら上手に橋渡しをされるはずだって」


 リカエルはメリアが自分に媚びる上目遣いの視線を向けて来た事で、何故か背中にヒュっと寒気が走った。幼馴染に近い彼女はこんな視線を今だかって自分に向けなかったはずなのである。

 リカエルは内緒話が出来る位置にヴェリカを引っ張った。


「メリアはどうした?ぶちまけていいよ」


「ダーレンの結婚であなたが解禁された獲物になったそうなの。私も大困りよ。あなたにセシリアを紹介したのは私でしょう?もしかして、私がセシリアをあなたに紹介したから、私はドラゴネシアの女性達から爪弾きにされてるのかしら?」


「ドラゴネシアの女達は気立てが良いけど臆病なんだよ。草食動物?ユキヒョウがやって来たら普通に逃げるなって、なんで嬉しそうなんだ」


「だってユキヒョウよ。例えられたら素敵だわ。セシリアはあなたのそういう所が好きなのね。あなたの言葉は人を傷つけようとしない」


「わかってんなら、君も優しくな?君は攻撃的すぎる」


 ヴェリカは今度は唇を尖らせてむすっとした顔をしたが、リカエルはその子供みたいな表情によって少し和んだ。彼は妹分という分野に弱い。


「おいで、情報戦ならばいい奴を紹介するよ」


 リカエルはヴェリカ達をベイラムの所に連れて行くことにした。

 ほんの少しベイラムの部屋の方角へ廊下を歩いただけで、ベイラム本人こそリカエルの目の前に出現してくれたのだが。


「あいつはさあ、自由でいいよね。なんか思い付いたら言っちゃう?」


 ベイラムはダーレンが提案した茶会について聞くや正直な感想を吐いた。

 リカエルは乾いた笑いで相槌を打ちながら、頭に猫乗っけている人に自由を言われたくないよなあ、とぼんやり考えた。


「お前が甘やかすばっかりだからだよ」


「俺のせいかよ。俺は後始末係だよ。甘やかしてたのは兄さん達こそでしょうが」


「いやいや。お前だな。出ていくはずのお前に大規模茶会の開催を相談して来るなんて、べったり甘えている証拠じゃないか」


「それじゃ、俺が兄さんにその相談を持って来たってことで、俺が兄さんに甘えているってことで俺を甘やかしてくれ」


 ベイラムはリカエルの物言いに妙に嬉しそうな笑い声を立てた。

 リカエルはその笑い声を聞いて、ベイラムが怪我を負う前の彼と自分の関係が思い出された。怪我後の彼への自分の向き合い方についても。


「悪いな、兄さん。俺は自分を置いてきぼりにして怪我して戻ってきたあんたが許せなかったのかもしれない」


「ダーレンが怒ったから、……」


 言葉の途中でベイラムはハッとした顔をし、それからリカエルに向けてにっこりと微笑んだ。それだけでなく、リカエルの背中を叩く。


「ベイラム」


「一番の甘えん坊の我儘を思い出した。嫌だな。俺の記憶は幼女と暑苦しい従兄しか詰まって無い変態みたいだ」


「猫に支配されてんだ。いい女の記憶なんか最初に消去されるさ」


「お前は。ほら、お迎えだ。あいつを積極的に甘やかしている奴がお前を呼びに来た」


 ベイラムはリカエルの後ろを指さし、リカエルが振り向くと城代のキースがリカエルに向けて嫌らしいほどに燦然と輝く笑顔を向けた。

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