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求婚と仕事の依頼

 リカエルが部屋の戸口から去ってすぐ、イーナは歌うような口調でリカエルについて好意的に評した。


「リカエルは優しいな」


「どこが!!」


「足音立てた。私あいつの足音昨日知らない」


「そ、そうよね。足音が聞こえるところでリカエルじゃないって思わなければいけなかったのに、私は何も考えずに朝から何度も扉を開けていたわ。す、すごく無防備に振り返ったりしていたし」


 恋した相手の足音一つ聞き分けられない、それを知ったらがっかりするわよね。

 多分、結婚しなくて済んだってホッとするぐらい、彼の気持も落ち着いたかも。


「いちいち落ち込むな。自分の足音教えるために音を立てた。考える」


「ごめんなさい」


「つぎごめん言ったらセシリアペナルティ。着替え急ぐ」


「そうね。リカエルにペナルティを受ける方が嫌だわ」


「期待している癖に」


「イーナ!!急に流暢にならないで!!」


 セシリアとイーナは身支度を済ませ、リカエルが待つラウンジに向かった。

 そこでセシリアは自分が情けないと再び自分を叱りつけた。

 彼にぐらついてしまったから!!


 リカエルは完全に昨日とは違う服装である。

 濃いグレーのスーツはリカエルがドラゴネシア当主の影であるための選択なのかもしれないが、長い足やしなやかな体のラインなど彼自身の肉体の美しさを際立たせていた。


 セシリアはリカエルの姿にこっそりと感嘆の吐息を吐いており、その途端に彼の服装も自分を見惚れさせるための選択だと思い付いて自分を叱る。


 いちいちそんな風に勝手に考えてしまうなんて、なんて浅ましいの、私は!!


「貸せ」


 ぶっきらぼうな物言いだが、リカエルは当たり前のようにして、彼女達が運んできた彼女達の鞄を彼女達の手から奪い取ったのである。

 彼のこの気遣いは昨夜の逃亡劇の時もそうだったと思い返し、状況が変わろうが彼の親切が変わらないことがセシリアの胸を打つ。


 こんなにも優しくて素晴らしい人など他にいないわ。

 せめて、欠点でも見せてくれたら諦めがつくというのに。


「どうした?」


「ええと、あっちの大箱こそだったわね」


「もう馬車に乗せ上げてある。急がないと伯爵家の庭が四爺に破壊し尽くされる。その後始末は全部俺だ。急ぐぞ」


 セシリアもイーナも四爺達が庭木を齧って庭を台無しにするイメージを抱いてしまい、二人で口元を押さえながらリカエルの後姿を追いかけた。


 リカエルが向かった先は普通に宿舎のエントランスで、そこには舞踏会にこれから出かける人が乗り込むためのような豪勢な馬車が待っていた。

 セージグリーンに塗られた箱に金色の蔦が張り巡らされている装飾で、朝日の淡い光を浴びてキラキラと光っている。


 セシリアとイーナが同時に自分の服を見下ろしたのは、二人ともデボンヌの店から逃げた時から同じ服で、どう見てもどこかの使用人にしか見えないみすぼらしさであるからだ。

 舞踏会行きの馬車には自分達がそぐわないと思ってしまったのだ。


「ほら、手を」


 リカエルは手を差し出して来た。

 セシリアは彼の手を跳ねのけるどころか、彼の手にしっかりと手を乗せた。


 自分を堪能しろと差し出されているのですもの。

 彼を堪能して何処が悪いの。


「とても車内が広いのね」


「ドラゴネシアの女達は、俺達が誘うと同じセリフを吐くんだな。馬車が狭くなって嫌って。そこで、我らの馬車はどんどん大きくなった」


 セシリアがリカエルの台詞で思い出したのは、大き過ぎる馬車の狭い貨物室の中でのことだった。

 確かにとっても狭かった。

 それでもあんなに安心できたのは十一年ぶりだった、そう思った。


 リカエルもそうだったのか、鼻をフンと鳴らした。


 それから彼は次にイーナに手を差し出す。イーナは昨夜の彼への反発など無かったようにして彼のエスコートを受けて馬車に上がり、車内に落ち着くやイーナは自分からリカエルに話しかけた。


「リカエルは女中に手を出すのか?」


「だ、出さないよ?イーナちゃんこそ急に何を言い出したのかな?」


「あの女中、セシリアに物凄く攻撃的だった」


「――ああ。勘違いさせたのか。俺は大事な妹分への噂を聞いときたいだけだったんだけどね。悪かった」


 セシリアはリカエルを見返した。

 リカエルは車外を眺めているようであったが、頬のあたりを紅潮させている。


「あなたの妹分。大事な人なのね」


「ああ。妹分は大事だよ」


 セシリアはリカエルの答える事が面倒くさそうな物言いに、その妹分は彼が恋した相手だったのだろうかと思った。


 彼は何て言っただろうか。

 そういう関係なんざ考えちゃいけない存在?

 もしかして彼女はリカエルには至高の存在なのかしら?

 だとしたら、彼が彼女と恋仲になれれば彼は幸せで、そうしたら私は自分のこの気持ちを落ち着かせることができるかしら。


「勘違いしてるから言っておくが、従兄妹でも実の兄妹同然で面倒見合うのがドラゴネシアだ。オムツを換えてやった相手に俺は欲情しないよ」


「な、なななな、なにを言ってるの?私は何も言ってないでしょう」


「言ってないが考えていることは手に取るようにわかるな。何度も妹分について聞いてくりゃ、ああ勘違いしているなって」


 ぷく。


 変な含み笑いをしたのは裏切り者のイーナだった。

 セシリアは自分の妹分の肩に自分の肩をぶつける。


「リカエル。セシリア意地悪だ」


「可哀そうに。俺の隣に座るか?」


「させないわよ!!」


 セシリアはイーナを抱き締めたが、リカエルは小馬鹿にしたように笑った。


「そんなに俺の隣に君が座りたいか。焼餅焼き」


「違います!!」


「その通りだ。焼餅焼き。私セシリアとリカエルが結婚するの安心。どうして結婚できない決めるか知りたい」


「そ、それは」


「他の男と経験あったは理由にならないな。俺だって他の女と経験ぐらいある。あとは身分か?」


「そうよ。あなたの男爵名はドラゴネシアの始祖の名前なんでしょう。汚したら絶対にいけない名前だわ」


「ハハハ。そっか、そうだよな。わかった。俺は明日には発たなきゃいけない。ひとまず君への求婚は取り下げる。それでいいだろう?」


 リカエルはセシリアに向けて数時間ぶりに笑顔を見せた。

 セシリアはこれだけで嬉しいなんてもう自分が情けなかったが、表面上は真面目過ぎる顔を作って、いいわ、と答えていた。


「伯爵家で俺の妹分を頼む。あいつは綺麗なはずなのにみっともない状態にされている。あいつに自分は綺麗だって気持ちを思い出させてくれないか?その分の必要経費は、ドラゴネシアが払う。あいつはドラゴネシアの姫なんだ」


 リカエルはセシリアに右手を差し出した。

 それは商談の成立なのだとセシリアは思い、リカエルの右手を握る。

 私が彼の妹分に対してのコーディネーターでいる間、彼は私への委託料を払うと言っているのだ。それも支払いは彼ではなく、ドラゴネシアだ。


 リカエルは私が囲まれ者にはなりたくない、その気持を受けてくれたのだわ。


「絶対に国一番の美女にして見せるわ」


「頼むよ。あのヴェリカをのさばらしたくない」


 ぷく。


 セシリアの隣のイーナはリカエルの台詞に肩を揺らしてぷくぷく笑い、セシリアもヴェリカに申し訳なく思いながらこみあげてきた笑いを解放してしまった。

 あんなにも傍若無人なリカエルなのに、イーナぐらいの身長の小柄なヴェリカが苦手だなんて!!

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