異世界に酒税法はありません!
「そんで、ヤスシさんどうすんの?」
同じ世界からこちらに召喚された仲間であるユウキくんが、心配げに問いかけてきた。
わたし・杜康は、うーんと唸って首をひねる。
ここは異世界の王国・スピリット。魔王が台頭し、モンスターを暴れさせ、各地にダンジョンをつくっているとかで、それを退治してくれる勇者を伝説に則って召喚した。
……のは、いいのだが、その「勇者召喚」にはミスもつきものらしい。
パラメータが高く魔法を沢山持っているユウキくんや、居るだけで周囲の人間の怪我を治してくれるらしい特殊なスキル持ちのヒメカちゃん、荷物をどれだけでも持てるし好きなものをもとの世界から取り寄せられるスキルを持ったトオルくんなど、勇者と呼ぶに相応しい者はたしかに居る。
その一方で、わたしのように戦いに有用なスキルをもらえなかった者も居た。
だが、土壌改良という農耕向きスキルを持っているアグリくんは早速、王宮に併設された農地へ勤務することが決まったし(そして屈強な農夫達に担がれて居なくなってしまったし)、美声という歌がうまいスキルを持ったシンさんは宮廷歌劇団にさらわれた。
現状、わたしはあまっている。
王さまは、「戦いに向かないスキルを持った勇者さま達は宮廷に居てもらう」と、わたし達の心配をしてくれたし、必要なものを買えるようにとお金までくれたので、まあ最悪なにもしなくてもここに居ることはできるだろうが……。
「俺は、ヤスシさんが一緒のほうが嬉しいけど、でもパラメータがなあ」
「怪我させたくないよな」
「ヤスシさんのスキルってえ、どんなのだっけ?」
ぽやぽやしているヒメカちゃんがそう訊いてきた。おそらく、鑑定能力のある王さまが見てくれた結果を聴いていなかったんだろう。
わたしは苦笑いで答える。
「殺菌消毒、だよ。どんなものでも殺菌消毒できる」
「へえ~」ヒメカちゃんは軽く手を叩いた。「じゃあさじゃあさ、モンスターを殺菌消毒ってできないのお? そ~したらさぁ、悪いものだから消えてなくなっちゃうとかあ」
「それはないだろ」
トオルくんが呆れたみたいに云った。
「もしそうなら、王さまが教えてくれてるよ」
「え~、やってみないとわからないじゃ~ん」
この三人は同じ高校に通っているそうで、もとから知り合いだ。なので、気易く話している。
ユウキくんがヒメカちゃんの頭をひっ叩いた。
「ヒメ、やめ」
「なあんでえ~?」
「さっき王さまが云ってたの。殺菌消毒はいいスキルだけど、持ってるひとは今までにも見たことあるって。ってことは、そういうひと達がそのスキルをためしてる筈だろ」
「ええ~、わかんないじゃあん」
ヒメカちゃんは納得いかない様子だったが、ぷっとふくれて口を噤んだ。
トオルくんが首を傾げる。目許にかぶさった前髪が揺れる。
「殺菌消毒なら、お医者さんとかに必要っすよね」
「あ、それだ。ヤスシさん、王さまのお医者さんにくっついてたらいいよ。そしたら安全じゃないかなあ」
「ど~して~?」
「ゴテンイってやつじゃんか。戦いに行かされることもないだろ」
「いやあ、ミスをして殺されちゃいそうだな。それに、殺菌消毒の手段なんて幾らでもあるだろうし」
「アルコールとかっすか」
「いや、どうだろうね。こっちに蒸留酒が……」
そこまで云って、わたしはトオルくんを見た。
彼はびくっとする。「ヤスシさん?」
「トオルくん、君のスキルは、もとの世界からなんでも取り寄せられるんだよな」
「え、いや、なんでもじゃないですよ。資格とかなく一般人が買えるものだけみたいっす。さっきためしてみたけど、核物質とかデッカイ発電所とかは流石になかったっすもん。あったとしてもすげー値段だろうし。あと俺が十六なんでかな、酒とか煙草も買えないっす。購入ボタンがどこにもなくて」
成程、核兵器を取り寄せたりしたら大事だ。その辺り、ストッパーがあるらしい。
あまりにも危険なものはもとからリストに載らず、年齢制限があるものは、もともと住んでいた国の法令に沿っているんだろうか。
「お金は、どれくらいかかるのかな」
「全部がそうとは限らないっすけど、大体ちょっと割高っすね。でもこっちのお金で支払えますよ。こっちの銅貨が一枚で、大体百円くらいの換算みたいっす。銀貨だと五百円くらい。金貨が一万円くらい」
わたしは懐から、王さまにもらった当座の資金をとりだした。豆粒みたいな小さな金貨を、王さまは「突然異世界に呼び寄せられて大変だろうから」と沢山くれている。
「ほしいものがあるんだが、とりよせてもらえるかな?」
「ヤスシさん、これおいしい」
一年後、王都周辺のダンジョン潰しに成功して戻ってきた三人と、宮廷農園のお偉いさんになったアグリくんが、わたしの工房のテラスへ来てくれた。
シンさんは宮廷歌劇団の公演で忙しいので、騎士団に頼んでさしいれを届けてもらっている。
わたしの工房は、宮廷の一角にあった。
王さまは鷹揚なひとで、「こっちが無理に呼び出したのだから」と、俺の要求をのんで立派な建物を用意してくれたのだ。宰相達は反対していたのだが、今になって彼らも態度をかえている。
それもこれも、トオルくんが取り寄せてくれたあるもののおかげである。
トオルくんが新鮮で安全なたまごを取り寄せ、みんなに配った。「ヤスシさん、小鉢ない~?」
「はいはい。どうぞ」
「俺、たまごかけご飯は塩派だったけど、ポン酢もうまそう」
「な! いい匂い」
彼らは炊きたてのご飯に、わたしがつくったポン酢をまぜたなまたまごをかけ、うまそうにかきこんだ。
テーブルには、きゅうりの酢のもの、人参のピクルス、フルーツビネガードリンクなどなど、お酢をつかった食べものがところせましと並んでいる。
なかでも目玉は、トオルくんが取り寄せてくれたお醤油と、わたしがつくったフルーティなお酢を合わせたポン酢で、さっきは王国名物の七面鳥をローストしてポン酢を絡めた照り焼きを、みんなおいしそうに食べてくれていた。
ユウキくんの隣に座る。
「口に合うかな」
「うまいよ! ヤスシさん、すっげー」
「ヒメカ、ヤスシさんも一緒に来てほしかったけど、ワガママいわなくてよかった~」
「ヤスシさん、ご飯おかわり」
「はいはい」
トオルくんのどんぶりにご飯を追加した。ちなみのこのお米は、アグリくんが育てたものである。
そのアグリくんはひとりだけ、ユウキくん達とは別の飲みものを呑んでいた。彼は二十歳を過ぎているのでいいだろうと思って、呑むことをゆるしたのだ。彼が呑んでいるのはどぶろくである。
一年前、わたしがトオルくんに取り寄せてもらったのは、「米」「米麹」「ドライイースト」「大判のさらし木綿」「麻紐」「秤」「鍋」「蒸籠」「広口の甕」「柄杓」「お酢」である。それだけのものを買うお金はあった。
その後、王さまに頼んで工房を建ててもらい、そこで醸造を開始した。
その際、わたしの「殺菌消毒」はとても役に立った。
まず、工房内を殺菌消毒する。
それから、こちらの世界の井戸水を殺菌消毒し、米をひたす。
その後、鍋と蒸籠で蒸して、甕へ移す。
そこへ米麹と、やはり殺菌消毒済みの水を同量追加し、よくまぜる。
少量のドライイーストを加え、まぜる。
さらし木綿で軽く蓋をし、麻紐で縛っておく。
あとは毎日かきまぜれば、半月ほどでどぶろくができあがる。
十日もすると、甘いようないい香りが漂いはじめる。それを隠すことは難しい。
宮廷の衛士達がそれに気付いて、ひとり、わたしが寝ている間に忍びこんでどぶろくを呑んでしまい、工房の床でべろべろに酔っぱらって寝ていた……という事件が起こった。
その衛士は処分を受けたのだが、どぶろくがうまかったことを喋ったらしい。ほかの衛士達も呑みたい呑みたいと押しかけてくるようになったので、仕方なく幾らか分けた。
それがまわりまわって宰相達にまで届き、今では宮廷専属杜氏という急拵えの役職をもらってしまった。農園ではワインをつくっているのだが、どぶろくはそれとは味が違うので、お酒好きにはたまらないらしい。
といっても、わたしの目的はどぶろくではない。
どぶろくを濾し、そこにお酢を少量加えて放っておくと、お酢になるのだ。
疲労回復に役立つものといえば、クエン酸である。わたしは、ダンジョンへ潜ったり、モンスターと戦ったりするであろうユウキくん達に、少しでも疲れをとってほしかった。
勿論、くだものや、こちらの世界にも存在するワインビネガーでも充分、クエン酸を摂取することはできるだろう。
だが、米からつくったお酢は、彼らが食べ付けている、慣れ親しんだ味だ。
突然異世界に呼び出され、戦わなくてはいけないというこの情況で、少しでも心を癒し手ほしかった。長期の海外旅行などでは、和食の味が恋しくなるし、どうせなら品質がいいものをつくって応援したかった。
今では、お醤油や味噌の醸造もやっている。王さまがポン酢を気に入り、別棟を建ててほしいというお願いをあっさり聴いてくれたのだ。
「みんな、まだおいしいものがあるよ」
わたしがからになったお皿を幾らか片付けると、アグリくんがにまにまして、隣の椅子に置いてあったものをテーブルへ移動させた。小さめのつぼだ。
ヒメカちゃんが目を輝かせる。
「あ! ヒメカこの香りしってる~! メンマだあ!」
「ご名答。はい、こっちは梅干し、これは奈良漬け、こっちはねえ……」
アグリくんはひょいひょいと、小さなつぼを置いていく。どれも漬けものだ。シロウリやハヤトウリの種を、アグリくんに頼まれて取り寄せていたトオルくんが、目をまるくした。
ユウキくん達三人は、嬉しそうに声を揃える。
「ヤスシさん、ご飯もう一杯!」
「なんだか、感慨深いなあ。もう五年経つんだね」
「ね」
宮廷の庭で、ヒメカちゃんがトオルくんと腕を組んでいる。アグリくんと、この国の王女もだ。盛大に、結婚式が行われているのである。宮廷歌劇団もやってきて、シンさんが素晴らしい美声を響かせていた。
まだ、魔王は倒せていないが、ダンジョンはあらかた潰せた。モンスターが町を襲うことも減ったらしい。
ヒメカちゃんとトオルくんは、魔王討伐の旅の間にお互いを好きになり、結婚が決まった。明日にはまた、王都を出て、あたらしく発見されたダンジョンへ向かうという。
潰しても潰しても、ダンジョンはまた見付かる。彼らはそれを、文句も云わずに潰しに行く。彼らのほうが速度があるので、ダンジョンは減ってはいた。
アグリくんは肥料の開発をして、王国の食糧事情をよくしたことで、王位を継ぐ予定の王女さまに相当気に入られ、こうやって結婚することになったらしい。あんまり喜んでいないような口ぶりだったが、アグリくんがウエディングドレスの王女を見て顔を赤くしていたのをわたしはしっかり見た。
わたしとユウキくんは、お祝いに訪れた貴族達の環から外れ、ゴブレットを傾けている。中身は澄酒だ。炭をつかって濾したものである。お祝いごとだし、澄酒のほうがなんとなく合う感じがしたのだ。
「ヤスシさん、うまいよ、これ」
「君らが、酒の味がわかるようになるなんてなあ」
「もう五年経ったんだから、もとの世界でだって吞める年齢だよ」
ユウキくんはくすくす笑う。
わたしは彼のせなかを軽く叩いた。
「君は、いい話はないのか」
「俺はそういうのいい」
ユウキくんは苦い表情になって、ぐいっと酒をあおった。それからまた、にこにこ顔になる。どうにも、感情が安定しない子だ。
「ねえ、魔王退治、うまくいったら、ヤスシさんとこで雇ってよ」
「え?」
今、わたしの工房では、「殺菌消毒」のスキルを持った人間を数人、醸造を学びたいという人間を数十人雇っていた。
大概は僻地の農村の人間なのだが、貴族も数人まざっている。どこも、産業をほしがっているのだ。
さいわい、アグリくんが居るので米自体はだいぶ普及している。わたしとしては、いろんなところで米酢を手にいれられるようになればユウキくん達の為になると思って、彼らに醸造法を教えてきた。
「君も、醸造に興味あるのかい」
「別に」ユウキくんは肩をすくめる。「でも、こういうのじゃなくて、どぶろくも呑んでみたいから」
「つくってるからって自由に吞める訳じゃないぞ」
「わかってるよ」
ユウキくんはむくれてしまった。
お祝いを云い終えた貴族達が、にこにこ顔でこちらへやってきた。「ヤスシ殿、我が領の農民達が世話になっています」
「ワインを酢にする方法のことを聴きました!」
「ざくろの酢をつくろうと考えているのですが……」
貴族達に対応している間に、ユウキくんは居なくなってしまった。
「こら」
静かな工房のなかに、ユウキくんは居た。どぶろくの甕の傍に座っている。どうやら、勝手に呑んだらしい。
「ユウキくん、だめじゃないか。お酒っていうのは、ちょっと呑むからおいしいんだぞ。君はまだ背も伸びるかもしれないし、酔っぱらうほど呑むんじゃない」
「ヤスシさん、俺、魔王倒すからね。したら、やとって」
「わ」
ユウキくんにひっぱられ、わたしは床へ膝をつく。彼はわたしをぎゅっと抱きしめ、むにゃむにゃと不明瞭な発音でなにか云う。
「なに、なんだい、どうしたんだ?」
「ヤスシさんがよわくなかったら、いっしょにいられたのに。よわいからきらいだよ」
ユウキくんはそう云って、わたしを抱きしめたまま眠ってしまった。
どぶろくを盗み呑みしようとした不届きな衛士に見付けてもらうまで、わたしは彼の腕を解かなかった。