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校内最強美少女の夢小説に俺が相手役で登場している

作者: 青戸部ラン

現代ものを書いてみました。

大日向(おおひなた)、お前の下の名前って『(なお)』だったよな?」


 ある日の昼休み、親友だと思っていた並河(なみかわ)が真面目な顔をして聞いてきた。高一で同じクラス、同じ部活でなんだかんだ一緒にいたのに忘れられていたとは……。俺は少なからずショックを受けた。俺も並河コウガの漢字はうろ覚えなのだが、それを棚に上げ、俺は大げさに嘆いてみせた。


「ひど……。俺ら、三年一緒にいるのにもしかして忘れられてた」

「いや、そういうんじゃなくて……」


 並河は俺の嘆きをさらりと流し、難しい顔をして考え込んでしまった。だがすぐに慌てたように、二度目の質問をしてきた。


「あのさっ。お前、科学部だよな?」

「だからなんなんだよ。お前と同じ科学部だよ!」


 俺も並河もうだつの上がらない科学部で三年だらだら過ごし、最近引退したばかりだ。わけのわからない確認に感情の起伏の少なさで評判の俺もさすがに腹が立ってきた。


「で、並河は何が言いたいわけ?」

「……妹もいたよな?」

「いるだろ! ()()()っていう、うるせーのが! だから話って言うのは何なんだよ?!」


 三度目の質問に俺はたまらず声を荒げた。俺には確かに高一の妹がいる。奴は家から近いという理由で俺と同じ高校を受験してきた。今朝も洗面台の使い方が汚いという理由でキレられてきたばかりだ。

 話があると呼び出されてきたのに、要領を得ない並河の態度に俺は段々苛立ってきた。


「落ち着いて聞いてほしいんだけど……」


 しかし並河は珍しく苛立った俺の様子にも動じず、神妙な顔をして胸ポケットからノートを取り出した。


「話って言うのはこれのことなんだ」

「なんだこれ、ノート?」


 並河は俺にノートを手渡した。手のひらに乗るほどの小さなノートはいたってシンプルなものだった。表にも裏にも何も書かれていないノートを何気なく開こうとすると、パッと並河の手が伸びて来た。


「だめだ! これは誰もいないときに見てくれ」

「え、どういう……」


 真剣な友人の表情に圧倒された俺に、並河は一段と声を潜めてささやいた。


「実はこのノート……」


 俺はそれまでの苛立ちも忘れ、無意識にごくりと喉を動かしていた。


■■■


「――ただいまっ!」


 その日の授業が終わるなり、俺は爆速で自転車を飛ばし帰宅した。

 俺は慌ただしく自分の部屋に入るなり、制服を脱がずにリュックのファスナーを開く。そして内ポケットの中に大事にしまっていた()()ノートを取り出した。


 手に取った小さなノートは並河から渡されたときよりもズシリと重みを増した気がした。


「これが、影山(かげやま)楓香(ふうか)の……」


 思わずそのノートの持ち主の名を呟いた俺は、並河に告げられた秘密を思い返した。



「か、影山楓香ぁ~っ!?」

「しっ! 声も顔もうるせえ。静かにしろ」


 何気なく失礼なことを言われた気がするが、うるさかったのは本当のことなので俺は大人しく口を閉じた。

 幸いなことに並河に呼び出された場所が科学準備室だったので、抑えられなかった俺の声は誰にも聞かれることがなかった。平静を装いつつ、俺は並河に尋ねた。


「影山、ってあの影山?」

「そうだ。校内一と名高い、()()最強美少女、影山楓香だ」


 影山楓香――。

 入学当初から「今年の新入生に桁外れの美少女がいる」と話題になっていた子だ。実物はそうでもないんじゃないかなんて言っていた奴らもいたが、実際に彼女の姿を見たら皆何も言えなくなっていた。


 大きな丸い瞳に長い睫毛。栗色がかった髪はよくハーフアップにしている。白い肌はいつもきらきらしていて、年相応に薄くメイクもしているがくどくない。スタイル抜群、成績優秀、だけど運動は少し苦手……。


 人に興味の薄い俺でもそこまで知っているほど、影山楓香は有名人だった。どこぞのプロダクションがスカウトしていただの、イケメンの誰々が振られただの、話題には事欠かない人物だ。


「ってか、その影山のノートをどうしてお前が持ってんだよ」


 俺は並河に尋ねた。こいつ、もしかしたら一線を越えてしまったのかもしれない……と仄かに不安がよぎったのだ。


「待て。お前良からぬことを考えているな。そんなんじゃない。化学の移動教室で影山のクラスと俺のクラスの時間が前後で、影山の座った席を使うのが俺なんだよ。そん時の忘れ物」


 並河の言い訳がましい説明に一応納得しつつ、俺ははたと気づいた。


「いや、持ち主わかるなら返せよ」

「それがさ、ちょっと出来心で見ちゃったわけよ。しちゃいけないって言われるとしたくなるやつ、あるじゃん」


 並河は悪びれもせず答えた。こいつ……とも思ったが、俺もきっと人の事は言えなかった。押すな押すなと言われると押したくなるあれだ。


 俺が内心共感していると、並河の表情がみるみる曇っていった。


「はあぁ……でもほんと、見なきゃよかった」

「え、で、何で俺に?」

「見ちゃったんだけど、後悔でかいんだわ。中身が……とんでもなかった」

「とんでもない……?」


 俺が含みのある並河の言葉に戸惑っていると、並河はおもむろに立ち上がった。そしてそそくさと荷物をまとめると、準備室の扉から飛び出していった。去り際に並河はとてもいい笑顔を俺に向けて言ったのだ。


「どうするかはお前に任せる。じゃね!」

「――っ、ちょ、どういうことだよ! 俺いらねーし!」


 だが俺が廊下に出る頃には並河の姿はすでに小さくなっていた。さらにその日、並河は早退しやがったので影山のノートは俺の手の中に残されたのだった。



「ダメとわかっていても、ですよね……」


 結局、そのままノートを持ち帰った俺は、何となく敬語になりながら影山のノートを手に取った。「とんでもない」と言われて、そのままスルーできるほど俺は大人じゃない。


 俺は何となくノートに鼻を近づけた。ほんのり甘い匂いがするのは、影山のものだろうか。


「ちょ、ちょっとだけ失礼します……」


 誘惑には抗えず、俺は表紙を開いた。




☆―☆―☆


 先輩の妹のみくるちゃんから手紙を受け取り、屋上に呼び出された私。

『直先輩、いったいどうしたんだろう。思いつめたような顔していたし……』

 私が屋上につくと、直先輩は爽やかな風に髪をなびかせ、一人佇んでいた。科学部の直先輩の白衣がまぶしい。

(え、かっこいい……。どうしよう、私ときめいている?)

 ドキドキしている私に直先輩が気づいて、近づいてきた。

『ごめんね、呼び出しちゃって』

『大丈夫です! 直先輩になら、私……』

 直先輩の顔がまっすぐ見れなくて、うつむく私。直先輩は私の顎に手を当て上を向かせる。

『あっ、直先輩……』

『影山、俺の気持ち知っているだろう。俺は影山が好きなんだ』

 突然の愛の告白。でも私も同じ気持ちだったから、嬉しくて涙が溢れてくる。

『嬉しい、私も直先輩の事好きでした』

『同じ気持ちだったのか。影山、キスして良いか?』

『やだ、楓香って呼んでくれたらキスしてもいいよ』

『楓香、愛してるよ』

『直先輩……』

私はゆっくり目を閉じた。直先輩の唇がだんだん近づいてくる。


☆―☆―☆


 俺はそこまで読んで、ノートをそっと閉じた。


 ……


 …………


 ………………


 え……?


 (これは、いったい……)


 俺はもう一度ノートを開いた。


 (「直先輩」。直先輩の妹の「みくる」。そして「楓香」って……。この「直先輩」は間違いなく()だよな。この「楓香」っていうのも、影山楓香……?)



(あに)! 兄ってば! ママが呼んでるよ、返事くらいしろ!」

「うわあああーっ!?」


 突然、背後に投げかけられた声に俺は飛び上がるほど驚いた。慌てて振り向くと、部屋の入口で妹のみくるが仁王立ちしている。


「ドア開ける前に声かけろって言ってんだろうが!」

「なに、エロいの見てたの? きもっ」

「ちげーよ!」


 だが俺の反論にも、みくるはゴミを見るような目で見つめてきた。大丈夫、こんなのいつものことだ。


(それに今の俺はみくるの態度に腹を立てている暇はない。一番、考えなきゃいけないのはこのノートの中の小説のことで……)


 そこで俺ははっと気づいた。みくると影山楓香は同じクラスなのだ。俺は仕事は終えたとばかりに自分の部屋に入っていくみくるを引き留めた。


「なあなあ、そういやお前のクラスに影山っているだろ? その子、かなり噂になってるけどさ――」

「楓香? え、兄、もしかして楓香のこと……」

「だからちげえって! 友達が話してたからさ、どんな奴か聞いてみただけ。もう答えなくていいわ」


 余計な誤解を招きそうになり、俺は慌てて話を切り上げることにした。だが珍しくみくるが複雑な顔をしながら話を続けてきた。


「あー、楓香狙ってんなら止めといた方がいいよ。いつもスマホいじっているけど、多分あれ付き合ってる人だと思う」

「だ、だよな」


 想像以上に現実的な情報を得てしまった俺の心は、何かを期待していたわけではないがしおしおと萎んでいった。


 このノートの内容は俺には関係ない、もしかしたら持ち主も影山楓香じゃないかもしれない。

 そう思うことで俺は平静を保つことに決めた。


■■■


「とはいえどうすんだよ、コレ……」


 家に置いておく気にもなれず、俺はノートを数日持ち歩いていた。並河はあれから学校で姿を見ていない。送ったメッセージも既読になるものの、返信はない。どうも俺は並河に避けられているらしい。

 

 その日学校から直接塾に向かった俺は、帰り道のコンビニでアイスを買った。店の外で食べながら何となく取り出したのはあのノートだ。


 このノートに書かれているのは、いわゆる「夢小説」と呼ばれるものだ。

 主人公の夢主に自分を投影して楽しむタイプの小説だ。ただし実在の人物で行うのはかなり注意が必要らしいが。


「こんな小説、あの影山楓香が書くわけないだろうが。とんだ勘違いだよ」

「――それ!」

「うわああっ!?」


 俺の独り言をかき消すかのように、悲鳴に近い声がコンビニの駐車場に響いた。思わずアイスを落としそうになりながら、声のした方を見ると、見慣れた制服の女子が立っている。


「か、影山……」


 見間違えるはずない。

 大きな瞳をさらに大きく見開き、口をパクパクさせながら立っているハーフアップの美少女は影山楓香、その人だ。


 妙な緊張が走る中、先に声を発したのは影山だった。


「それ……多分、私のものです」

「あ、えっと……これ、忘れ物かなって、預かってて……」


 しどろもどろの俺につかつかと影山楓香は近づいてきた。そして俺の手の中の小さなノートと、俺の顔を見比べながら呟くように尋ねてきた。


「もしかして、読みました?」

「ごめんっ! 誰のものかわからなくて、つい……」


 ここは素直に謝っておけ! 俺はガバッと頭を下げた。

 俺の長年の勘が叫ぶ。謝るタイミングを引き延ばせば延ばすほど良い結果は生まないのだ。これはみくるとの付き合いで相当勉強してきた。


 頭を下げたままの俺に影山楓香の表情は見えない。どんな顔をしていたのかはわからないが、しばしの沈黙の後、俺の耳に届いたのは影山楓香の問いかけだった。

 

「……どうでした?」

「え?」


 てっきり責められると思っていた俺は驚いて顔を上げた。

 だが、しっかり準備をしてから顔を上げればよかったのだ。心の準備が無いままの俺の視界に入って来たのは、破壊力抜群の最強美少女の照れ顔だったのだから。


「本人に聞くのもマナー違反だと思うんですけど、でも結構良いですよね?」

「よか、良かった、良かったと、思う、ます……」


 コンビニの明かりに照らされて、さらに白く透き通って見える影山楓香の頬はうっすらと赤く染まり、恥ずかしさで潤んだ瞳は目を逸らせないほど魅力的で、なんかこう背筋がムズムズするものがある。


 俺は影山楓香が何を言ったのかなんて、すでに右から左に抜けてしまっていた。片言の日本語と合わせてがくがくと頷くと、彼女は花開くように微笑んだ。


「ですよね! あれ、自信作なんです。よかった、直先輩に受け入れてもらえて!」

「そっか、自信作なら当然……」


(読んだ……? あれ……? 自信作……?)


 ぽーっと浮かされたようになっていた俺の頭が徐々に動き出してくる。無意識に手の中のノートを握りしめた俺は、ようやく影山楓香が言っている言葉の意味を理解しだした。

 だが時すでに遅し。


「あの、もしよければなんですけど……」


 この後上目遣いの影山楓香が発した言葉が、俺の学校生活、いや人生の転機を招くことになろうとは、この時は予想だにしていなかった。


「私の夢小説、現実になりません?」

「……はい?」


 俺のアイスはその瞬間、ぼとりと地面に落ちた。



■■■



 影山楓香は夢女子だった。

 彼女の創作対象はなんと俺。どうも入学当初から俺の事を知っていて、創作を続けていたらしい。


 俺はその後、逃げまくる並河を捕獲し、責めようと思ったら「羨ましいことになりやがって」と、逆に責められてしまった。


 影山楓香の夢小説はあのノートだけでは収まらず、文庫本になるほどの量があった。無論、全て彼女の妄想の産物だ。彼女は俺に自作の夢小説を読ませたがった。


「直先輩、いい加減に『楓香』って呼んでください!」

「じゃあ代わりに俺の事も『直』って呼んでよ(棒)」

「~~~っ、きゃぁああ、呼べないっ!! 最高、最高ですっ! ああ、たまらない……。先輩、もう一度やりません?」


 こんなふうに俺は毎日のように彼女のお相手役をしている。自分の妄想を本人に告げることができるなんて、そうとう強いメンタルの持ち主だとみくるは言っていた。

 たしかに彼女は()()()()()()()でも最強である。俺も少々うんざりしつつあるが、彼女が喜んでくれるし、それほど俺の事を想像してくれているのだと思うとまあ悪くはない。


「……でも、そんな楓香が俺は好きだよ」

「へっ……? は、はひ……」


 だが、彼女の夢小説に書かれていないことを伝えると、途端に影山楓香は最強どころかポンコツになってしまう。そのギャップを俺だけが知っているというのも、まあ悪くはないかなと思うのだ。


 

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