効果があるのかも分からないけども
「艦長、まずい状況です」
「どうした?」
「精神的にまいってる者が続出してます」
「医務室で処方してもらえ。
今はどうする事もできん」
「ええ、そうしてます。
しかし、このままでは最低限必要な操作員を確保できなくなります」
「なんてこった…………」
沈没こそ免れてるものの、状況は確実に最悪に向かっている。
どうにかせねばならない。
この状況を上手くしのがねばならない。
だが、その方法を誰も思いつかなかった。
何せ、衝撃を与えてくる存在が分からないのだ。
敵からの攻撃ならまだ対処しようがあるのだが。
それすらも分からない。
各種探知機に引っかからない見えない存在が敵なのだ。
対処しようにもどうすればいいのか分からない。
だが、何もしない訳にもいかない。
意味があるわけではないが、艦長はこの状況を少しは改善する為に策を練っていく。
「音響魚雷の準備をしろ」
「音響魚雷ですか?」
「そうだ。
前後の発射管にそれぞれ一発だ」
「…………了解」
突然の艦長の指示。
一応は従うが、副長はその意図を汲みかねた。
はっきり言えば、意味などなかった。
効果があるからやるわけではない。
だが、何かしら行動してないと、乗組員の気分が滅入っていく。
そうならないように何かしらの行動や指示を与えたのだ。
人間、何かしら作業をしている時は、他の事を考えなくなる。
そういう性質を利用して、不安を少しは解消しようという、ただそれだけの事だった。
ついでに言えば、音響魚雷で敵をおびき出せれば、と考えてのことだ。
潜水艦をゆらしてるのが何者なのかは分からない。
だが、それが音に反応するなら、魚雷についていく可能性がある。
それを狙っての事だった。
もっとも、この音響魚雷を放つ事で、より多くの敵に自分たちの位置が知られる可能性もある。
そうなった場合、越境などの問題が露見して国際的に問題が起こる可能性があった。
その前に、周囲から敵国の潜水艦が殺到、魚雷を撃ち込まれて撃沈されるかもしれない。
しかし、それを気にしてる場合でもない。
今は自分たちにくり返し衝撃を与えてくる存在をどうにかするのが先だった。
その音響魚雷の用意が終わった。
すぐさま艦長は「発射!」と命令。
それに従って、潜水艦の前後に音響魚雷が発射された。
音響魚雷は文字通り音を発するものだ。
これを発射する事で、敵の聴音を攪乱。
音をたどって接近する敵や魚雷を避ける事を目的としている。
光の届かぬ海の中、スクリューの音をたよりにしてる海中戦では、こうした音の攪乱も効果的な手段だった。
それがどれだけ効果があるのか分からない。
分からないが、これで衝撃を与えてくるものが音響魚雷を追ってくれればと思った。
ついでに、探知機がそんな存在を拾ってくれればと。
あまり期待は出来ないが、艦長はそう願いながら潜望鏡から外を見る。
見えるとは思わないが、何かが見えるかもしれないと期待して。
幸い、衝撃は音響魚雷が発射されると同時に消えた。
そして、ある程度進んだ所で音響魚雷が自爆。
その瞬間、
────ひゅうひいいいいいるうううううううう!
そんな音が潜水艦内部に伝わってきた。
「なんだ?」
「何の音だ!」
正体不明の音に、多くの者が怖気をおぼえた。
ただ、何となく誰もが察した。
それはこの潜水艦にまとわりついてた何かの悲鳴なのだろうと。
音響魚雷の自爆に巻き込まれて叫んだのだろうと。
確証は無い。
だが、状況から考えて、おそらくそうだろうと誰もが考えた。
「…………助かった」
ぼそりと誰かが呟く。
その声に、誰もが無言で頷いた。
脅威は去った。
そう、誰もが思った。
これで安心して通信可能な所まで行けると。
しかし、思いもすぐに打ち砕かれる。
どおおおおおおおおん!
先ほど以上の衝撃が潜水艦を襲う。
それこそ、右に左に、上に下に動くほどに。
「何があった!」
叫ぶ副長に潜水艦各所から報告があがる。
その中に絶望的なものが含まれていた。
「底部、へこみが発生!」
潜水艦の底の部分に、それと分かるほどはっきりとした凹みが出来ていた。
巨大な水圧に耐えるほど潜水艦は頑丈だ。
その潜水艦の船体を凹ますほどの打撃。
いったい誰がどうやってそんな事をしたのか?
答えは無い。
だが、そんな事をする存在がすぐそこにいるのは確かだった。
「急速浮上!」
艦長が叫ぶ。
「急げ、急いで海の上に出るんだ!」
それは命令というより悲鳴に近かった。
危険な場所から逃げだしたいという生存本能だった。
恐怖にかられて逃げるだけとなった弱者の叫びだった。
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