1時間小説シリーズ - 解析度
ブラウン管テレビ
そんなものがまだある家はあるのだろうか。いや、ある家はあるんだろう。
でも、テレビとして使ってるところは日本ではもうないだろう。
雑貨屋に並べられる財布を眺めながらポッケにしまっているスマホのことを考える。
ブラウン管どころか薄型テレビすらつけなくなった。
財布を持つどころか開きもしなくなった。
この薄い万能機はいろんな物の役目を奪っていく。
それがいいことなのか、悪いことなのか。それは自分ではわからない。そんなこと普段は考えもしない。
財布を手に取り、開く。
子供の頃は小銭ばかりでずっしりと重たくなっていく財布が誇らしかった。バイトして手に入れた紙幣をしまうとき、大人になった気がした。カードを作り財布にしまったとき、お金の重さを感じた。
スマホに思い出がないわけではない。
だが、財布を開く動作一つ一つの思い出に重さを感じた。
「いかがですか。そちらもセール品で大変安くなっていますよ。」
ニコニコ笑い、購入を促してくる店員。その向こうに閉店の文字が見える。
「ブラウン管テレビってありますか?」
思わず口に出てしまった言葉に店員はポカンとした顔をした。
「いえ、すみません。これください。」
帰り道、中身が空っぽの軽い財布の感触を確かめながら空をぼんやりと眺める。軽いはずなのにスマホより存在感や重さを感じる。
スマホより明らかに非効率なこの道具。また使わなくなるのだろう。ブラウン管テレビのように存在すら思い出しにくくなっていくのだろう。
でも、そういったものは一度思い出してしまえば、その一時だけは重さを手にする。
赤く染まった空は何だかいつもより鮮やかではなく。解析度の低い、だが安心する色をしていた。