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「あたし、先にこの子を布団に寝かせてくるね」
どう答えようか迷っているセレナを置いて、アイリは空き部屋に入って行った。残されたセレナは額に冷や汗が流れるのを感じた。
「えーと、その、屍鬼人に襲われていた所を助けましたわ」
「なるほど? それで服に血が付いていると?」
レオンはなるほどと言いながら全く信用していない顔でセレナの服を見る。
「既に親御さんが殺されていたのですわ。屍鬼人を私とアイリで殺した後、保護しましたの」
「なぜ親だと気がついた?」
「気絶するまであの子が死体をずっと眺めていましたもの。親であると推測できますわ」
「死体は二人分あったか?」
「……えぇ、暗くてしっかり確認出来なかったけれど恐らく二人分あったわ」
「なぜ親族とかに託さずに攫おうとした?」
「それは……」
詰問してくるレオンに対してセレナは次第に腹が立ってきた。
「どうした、黙り込んで。早く答えろ」
「レオン様、はっきり仰ってください。どうして私を悪くしようとしていらっしゃるのですか?」
セレナの言葉を聞いたレオンはすこし目を見開いた。
「はっきり言っていいのか?」
「えぇ、はっきり仰ってくださったほうが良いですわ」
「お前の汚点を見つけることで、この婚約をさっさと破棄してやろうと思ってね。さぁ、俺を嫌いになってくれ。嫌いになって早く別の男に乗り換えろ」
レオンの言葉を聞いたセレナは唇を噛んだ。その様子を見たレオンは大いに笑顔を見せたが、次の瞬間、その笑顔が消えた。
なぜならセレナが口角を上げ、不敵に笑い返していたからだ。思いもよらぬ表情を見せられたレオンは眉間にシワを寄せた。
「いいわよ。そっちがその気ならこっちにも考えがあるあるわ。いい? レオン、絶対に私の事を好きになってもらうからね」
レオンは知らなかった。セレナは困難があればあるほどより燃える女だったということを。
「あの子が起きたら聞いてみなさい。私とアイリが無実だと言うことを証明してくれるわ」
セレナはグッと顔を近づけレオンの目を見ながら言う。その気迫に押され、レオンは目が泳ぎ始め口を開けたり閉じたりした。
「ところでレオン様はどうして夜にお出かけしていらして?」
令嬢モードに戻ったセレナは気になっていたことを問いかけた。
「……あぁ、マカロンを買いに行ただけだ」
そう言って紙袋の中からマカロンの入った包み紙を取りだした。
「あら、わたくしたちも買いに行ってましたわ。偶然ですわね」
「そうなのか? 見たところ何も買っていないようだが」
セレナは肩をすくめた。
「アイリが道を間違えてスラムの方に行ったのよ」
「それは……災難だったな」
レオンは椅子から立ち上がり、扉に手をかけた。しかし、紙袋を机の上に置きっぱなしであった。
「レオン様、お荷物を忘れていますわよ」
「いい、食う気が失せた」
ぶっきらぼうに答え、さっさと出ていく。レオンの頬は少し赤く染っていた。
「話し合い終わったみたいだね」
ちらりと顔を覗かせたアイリに対してセレナは顔をしかめた。
「なに逃げてんのよ! お陰でこっちは冷や汗だらだらよ!」
「ごめんごめん」
悪びれた様子の無い謝罪にセレナはため息をついた。
「頂いたマカロン、早く食べないと」
「その前にお風呂入らない?」
「そうね、すっかり忘れてたわ」
お風呂上がりに食べたマカロンはほんのりと優しい甘さだった。
────
セレナたちがマカロンを食べていた頃、メリルは街をウロウロしていた。
「あーもー! どうしてレオンが来ないのよ!」
苛立ちのあまり、手に持ったマカロンを貪り食うように口に詰める。
「もごもご……始業式直後のイベントでかなり大事なのに! 私の好感度をどうしてくれるのよ!」
マカロンを買いに来たレオンと偶然帰り道で出会ってしまう。そしてお菓子が好きだということを秘密にする条件で自室に招くことが出来るイベントであっあ。しかし、想定外の立ち回りでセレナはこのイベントを妨害することに成功したのだった。
「お嬢ちゃんは一人か? 夜道は危ないぜ。俺たちが送ってやるよ」
「そうそう、危ないから俺たちが送るぜ」
「「ゲヘッヘッヘッヘ」」
二人組の男がメリルを誘う。その欲望に塗れた顔を見たメリルはただでさえ苛立っていたのに、気分は最悪になった。
「プリズム・レイ」
メリルは男の一人を指差し、呟いた。すると指先からビームのような光が飛び出し、男の頬を焼き焦がした。
「あ゛っ゛づ!?」
「どうした弟!?」
焼かれた男は突然の痛みに頬を押さえ、地面に崩れ落ちる。もう一人の男はなにがなんやらわからない様子で慌て出す。
「今ね、私物凄いイライラしてるの。さっさと消えろ、モブ野郎。目ん玉燃やすぞ」
メリルに鬼のような形相で凄まれた二人は逃げるように走り去っていく。
「まだ好感度は上げられるわ。一度失敗したって諦めちゃダメよ、私」
メリルは鼻息荒く歩き去る。